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池田 政武(いけだ まさたけ)は、播磨福本池田家の第2代当主。7000石の交代寄合である。

 
池田政武
時代 江戸時代前期
生誕 慶安2年(1649年
死没 貞享4年5月7日1687年6月16日
別名 久馬助(通称
墓所 東京都豊島区巣鴨の本妙寺
兵庫県神崎郡神河町福本の徹心寺
幕府 江戸幕府
氏族 池田氏
父母 父:池田輝澄、母:生駒正俊の娘
兄弟 政直政武公侃政済武憲
正室:安部信之の娘
政森政親政職、男、娘(九鬼隆律室)、
娘(鵜殿長春室)、娘、娘、娘

慶安2年(1649年)、池田輝澄の五男として生まれる。寛文5年(1665年)に福本藩主だった兄・政直が死去すると、寛文6年(1666年)3月15日に家督は弟の政武が継ぐこととなったが、このときに政武に7000石、弟・政済に3000石(屋形池田家)を分与したため、交代寄合となった。

貞享4年(1687年)5月7日に死去。享年39。長男の政森が幼少のため6000石で跡を継ぎ、次男の政親に1000石が分与された(吉富池田家)。その後、喜以喜生喜生と続き、慶応4年(1868年)に喜通が、1万573石となり再び大名となった。