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清原 万里江 (きよはら まりえ、1987年1月12日 - )は、滋賀県出身の元女子サッカー選手・指導者。現役時代のポジションはディフェンダーおよびミッドフィールダー

清原 万里江 Football pictogram.svg
名前
愛称 まりえ
カタカナ キヨハラ マリエ
ラテン文字 KIYOHARA Marie
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1987-01-12) 1987年1月12日(32歳)
出身地 滋賀県
身長 165cm
選手情報
ポジション DFMF
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2005
2006-2008

2011-2012
2013-2015
2016
宝塚バニーズレディースSC
TASAKIペルーレFC
KICKIT鹿児島
福岡J・アンクラス
伊賀フットボールクラブくノ一
バニーズ京都SC
19 (1)
37 (3)

30 (2)
23 (3)
18 (2)
1. 国内リーグ戦に限る。2016年9月11日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

経歴

中学生時代は滋賀県所在のクラブチーム、おおつヴィクトリーズSCでプレー。

中学校卒業時、家庭の都合で鹿児島県に転居。神村学園高等部に進学し、サッカー部に入部した。同級生に有馬静佳伊藤美菜子口木未来齋田由貴らがいる。全日本高等学校女子サッカー選手権大会に3年連続出場し、3年時にはキャプテンとして優勝を経験。

高校卒業後、立命館大学進学のために単身関西に戻り、宝塚バニーズレディースサッカークラブに入団。翌年非社員選手として、河上恵実子とともにTASAKIペルーレFCに加入した。

2008年度をもってTASAKIが休部し、日本女子サッカーリーグからの脱退と同時にLリーガーとしては一度現役を引退[1]

翌年神村学園高等部に社会科教諭として赴任。[2] 同時に中等部および高等部女子サッカー部コーチに就任した。

2011年、神村学園高等部を退職し福岡J・アンクラスに入団。2013年、伊賀フットボールクラブくノ一に移籍。

2016年、バニーズ京都SCへ移籍。宝塚バニーズ以来、10年ぶりの復帰となった[3]。同シーズン終了後、現役を引退した[4]

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯 皇后杯 期間通算
2005 宝塚バニーズレディースSC 4 L・リーグ1部(L1) 19 1 - 1 0 20 1
2006 TASAKIペルーレFC 14 3 0 - 3 4 6 4
2007 20 1 3 1 3 0 26 2
2008 13 2 - 0 0 13 2
2011 福岡J・アンクラス 4 なでしこ 15 2 - 1 0 16 2
2012 8 15 0 4 0 2 0 21 0
2013 伊賀FCくノ一 22 9 1 8 0 0 0 17 1
2014 8 1 - 2 0 10 1
2015 なでしこ1部 6 1 - 0 0 6 1
2016 バニーズ京都SC 3 チャレンジWEST 18 2 - 2 0 20 2
通算 日本 1部 108 9 15 1 12 4 135 14
日本 3部 18 2 - 2 0 20 2
総通算 126 11 15 1 14 4 155 16

タイトル

代表・選抜歴

指導歴

  • 神村学園中等部・高等部女子サッカー部コーチ (2009年 - 2010年)
  • 鹿児島県女子サッカー連盟 トライアルFA・フェルティバル関係 O-13担当コーチ (2009年 - 2010年)[6]

脚注

  1. ^ 2009年国民体育大会九州ブロック大会 (長崎) (PDF) 鹿児島県サッカー協会技術委員会ニュースリリース (2009年8月17日 04:13 (UTC) 閲覧) によると、KICKIT鹿児島というチームに所属し、選手としての活動を続けているとある。
  2. ^ TASAKIペルーレFCの移籍先チーム・進路決定のお知らせ (PDF) 田崎真珠株式会社公式サイト 2009年1月21日付ニュースリリースページ 2009年8月17日 03:41 (UTC) 閲覧
  3. ^ 来季新加入選手のお知らせ - バニーズ京都SC公式サイト、2016年1月11日付。
  4. ^ 引退選手のお知らせ - バニーズ京都SC公式サイト、2017年1月13日付。
  5. ^ バンコク大会日本代表選手団名簿 (PDF) 2009年8月17日 02:23 (UTC)閲覧
  6. ^ 平成21年度 鹿児島県女子サッカー連盟組織図 (PDF) 2009年8月17日 04:21 (UTC) 閲覧

外部リンク