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牧村 利貞(まきむら としさだ)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将大名。別名:政治、政吉、高虎。通称:長兵衛。兵部大輔。子に牛之助、おなあ(後の祖心尼)。

 
牧村利貞
Makimura Toshisada.jpg
牧村利貞像(妙心寺雑華院蔵)
時代 戦国時代 - 安土桃山時代
生誕 天文15年(1546年
死没 文禄2年7月10日1593年8月6日
別名 政治、政吉、高虎
長兵衛(通称)
官位 従五位下兵部大輔
主君 織田信長豊臣秀吉
氏族 稲葉氏牧村氏
父母 父:稲葉重通
養父:牧村政倫
兄弟 利貞稲葉通重稲葉道通 ほか
牛之助祖心尼

生涯編集

天文15年(1546年)、稲葉重通の子として生まれる。外祖父が牧村政倫であったことから、政倫の跡を継いで美濃国牧村城主となる。

織田信長の死後、豊臣秀吉に仕えて馬廻となる。天正12年(1584年)、高山右近の勧めを受けてキリシタンとなる。小牧・長久手の戦い四国征伐九州平定にも参加した。天正18年(1590年)、秀吉より伊勢国内において2万650石を与えられ岩出城主となる。

文禄元年(1592年)からの文禄・慶長の役にも舟奉行として参加するが、文禄2年(1593年)7月10日、朝鮮において48歳で病死した。

実子の牛之助は幼少のため、家督は弟の稲葉道通が継いだ。

利休七哲の一人でもある。