「フライベルク工科大学」の版間の差分
Onverwacht (会話 | 投稿記録) en:Freiberg University of Mining and Technology oldid=944173248 を翻訳。日本語版用に少し補足・加筆。ドイツ語版・公式サイトを参照して諸元を更新し、合わせて画像と外部リンクを追加。更に注釈を施し参考文献をあげる。 |
(相違点なし)
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2020年3月22日 (日) 15:01時点における版
フライベルク工科大学(ドイツ語: Technische Universität Bergakademie Freiberg)は、ドイツ、ザクセン州のフライベルクにある、およそ4,000名の学生を擁する規模の工科大学である。
モットー |
Die Ressourcenuniversität. (1765年の設立時より) 日本語訳「資源大学」 |
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設立年 | 1765年 |
総長 | Jens Then |
学長 | Klaus-Dieter Barbknecht |
学生総数 | 4,016 (2019/20冬学期時点)[1] |
所在地 |
ドイツ ザクセン州フライベルク 北緯50度55分05秒 東経13度20分27秒 / 北緯50.91806度 東経13.34083度座標: 北緯50度55分05秒 東経13度20分27秒 / 北緯50.91806度 東経13.34083度 |
公式サイト | tu-freiberg.de |
1765年の設立以来長く、単に’’Bergakademie Freiberg’’(ベルクアカデミー・フライベルク)と称し[注 3]、日本語では、フライベルク鉱山学校[2]あるいは、フライベルク鉱山専門学校と表現された。1990年のドイツ再統一後、’’Technische Universität Bergakademie Freiberg’’に名称が変更された[3]。フライベルク鉱山大学あるいはフライベルク鉱山工科大学とも。
概要
フリードリッヒ・ヴィルヘルム・フォン・オッペルとフリードリヒ・アントン・フォン・ハイニッツによる構想に基づきザクセン選帝侯家公子フランツ・クサーヴァーによって1765年に、鉱業と冶金に関しての世界最古の大学として設立された[注 4][注 5][注 6][注 7]。
化学元素のインジウムの発見(1863年)および、同じくゲルマニウムの発見(1886年)は、本学の科学者によるものである。また、博物学者のアレクサンダー・フォン・フンボルトは、1791年から1792年にかけて本学で鉱業を学んだ。
こんにち、フライベルク工科大学は、数学・情報科学、化学・生物学・物理学、地球科学・地球工学・採鉱、機械工学、材料科学、および経済学の6つのの学部から構成される高度に専門化された工科大学である。
課程
課程はドイツ語で提供されるほか、国際課程では英語で全ての課程が提供される。学士課程から博士課程まで全ての課程への入学条件については、成績に基づくだけで、ドイツの公立大学での一貫した就学の条件と同様に授業料は掛からず、学生は、学期毎に登録料の84ユーロのみを支払う。
修士課程を含み英語で提供される課程としては次の課程がある。
- 持続可能で革新的な天然資源管理(SINReM)
- 先端鉱物資源開発
- 地下水管理
- 持続可能な採鉱と修復管理
- 計算材料科学
- 計算科学・計算工学
- 機械プロセス工学
- 金属材料工学
- 発展途上・新興市場における国際商取引(IBDEM)
留学生とダブル・ディグリー
フライベルク工科大学は、非常に国際性に富んだ大学で、2018年時点では全学生4,061名のうちの24%がドイツ外からの留学生です。中国、フランス、イタリア、ポーランド、ロシア、タイなどの大学との間に複数学位(ダブル・ディグリー)の協定が結ばれています。授けられる博士号の約30%が外国人学生に対してのものである[1]。
関係者
注釈
- ^ de:Himmelfahrt Fundgrube、de:Montanregion Erzgebirgeも参照。
- ^ ゲオルク・アグリコラに因む。
- ^ ’’Bergakademie’’の’’Berg’’(ベルク)は「山」の意で、’’akademie’’(アカデミー)は’’academie’’とも綴り、ギリシア語の’’Ἀκαδημ(ε)ια’’(アカデメイア)を起源とする語。
- ^ ここで最古の鉱山学校(英: mining school)とした場合には異論もある。例えば金光男 (2011)は、小林貞一(1962)と佐々木正勇一(1985)を引いて、「ロシア・エカテリンブルクやボヘミア・アヒミスタールの鉱山学校,あるいはノルウェー・コングスベルク鉱山学校」がフライベルク鉱山学校に先立つとしている。
- ^ ボヘミアのヤーヒモフ(チェコ語: Jáchymov、ドイツ語では’’Joachimsthal’’(ヨアヒムスタール)とも)の鉱山学校(独: Bergschule)は1716年に開設された(Veselovský & Komínek 1997、円城寺守 1998、ドイツ語版のBergschule#Bergschulenも参照。)[4]。ノルウェーのコングスベルグの鉱山学校(ノルウェー語: Bergseminaret(ベルグ・セミナール)あるいはノルウェー語: Det Kongelige Norske Bergseminarium(「ノルウェー王立鉱山学校」の意))は1757年に設立された(Store norske leksikon 2015、渡辺武男 1961)[5][6]。なお、なるべく現地の発音を優先する立場でのカタカナ転写から、本文で’’Freiberg’’の語末の"g"は清音で「ク」としているが、ノルウェーの’’Kongsberg’’の語末の"g"は慣用されている濁音表現の「グ」としていることに留意。
- ^ 中西哲也 (2008)は、1762年に設立されたスロヴァキアのバンスカー・シュチャヴニツァの鉱山学校(スロバキア語: Banícka akadémia、洪: Selmeci Akadémia)に次いで世界で2番目に古い鉱山学校とされているとした。
- ^ ちなみに、18世紀からヨーロッパ各地で鉱山技術者のための教育機関の設立が相次ぎ、ロシアのサンクトペテルブルクの鉱山学校(露: Горное училище、後のサンクトペテルブルク国立鉱山大学)が1773年に[7][8]、フランスのパリ国立高等鉱業学校が1783年に[9][10]、やや遅れてイギリスの王立鉱山学校(後にインペリアル・カレッジ・ロンドンを構成した3つの組織の1つ)が1851年に[11]設置された。
- ^ レスリー・ハーバート=ガスト & パトリック・ノット 1982, p. 16に「ドイツのザクセン州フライブルクの有名な鉱山学校での聴講を命じられ、その機会に西ヨーロッパのかなり広い部分を旅することができた。」とある。
出典・参考文献
- ^ a b Kennzahlen und Rankings | TU Bergakademie Freiberg(ドイツ語)(英語)(2020年3月21日閲覧)
- ^ 世界大百科事典 第2版『フライベルク鉱山学校』 - コトバンク
- ^ Aus der Geschichte der TU Bergakademie Freiberg | TU Bergakademie Freiberg(ドイツ語)(英語)
- ^ Jáchymov Mining Cultural Landscape(英語)(ドイツ語)(チェコ語)
- ^ Kirketorget 3, Bergseminaret - ウェイバックマシン(2007年9月28日アーカイブ分)(ノルウェー語)
- ^ Bergseminaret på Kongsberg: 1757 - 1814 - ウェイバックマシン(2018年9月13日アーカイブ分)(ノルウェー語)
- ^ История Горного | Санкт-Петербургский горный университет(ロシア語)
- ^ History < Saint-Petersburg Mining University(英語)
- ^ Histoire - MINES ParisTech(フランス語)
- ^ MINES ParisTech heritage - MINES PARISTECH(英語)
- ^ History – Royal School of Mines(英語)
- ^ QS World University Rankings for Engineering - Mineral & Mining 2019 | Top Universities(英語)(2020年3月21日閲覧)
- ^ Michael Bartsch: Geldsegen für Freiberg.(ドイツ語)ディー・ターゲスツァイトゥング紙、2007年1月24日(2020年3月21日閲覧)
- 木本忠昭「ベルクアカデミー・フライベルクと日本人留学生たち ドイツの科学アカデミー,その(3)」『学術の動向』第13巻第3号、公益財団法人日本学術協力財団、2008年、82-89頁、doi:10.5363/tits.13.3_82、ISSN 1342-3363。
- 金光男「お雇い外国人地質学者の来日経緯(7) : 独人鉱山地質学者ネットー-後編-」『地学教育と科学運動』第65巻、地学団体研究会、2011年、51-62頁、doi:10.15080/chitoka.65.0_51、ISSN 0389-3766。
- 小林貞一 著「地質調査時所創立80周年を祝して 一この機会に世界の地質調所の創設を顧みる一」、地質調査所80周年記念出版物編集委員会 編『地質調査所略史』工業技術院地質調査所、1962年、55頁。 NCID BB04867077。
- 佐々木正勇一「フライベルク鉱山学校の日本人留学生」『日本大学人文社会学研究所紀要』第31巻、日本大学人文社会学研究所、26−44頁、1985年。doi:10.11501/1730720。ISSN 0286-6447。(日本大学文理学部 人文科学研究所 研究紀要 第31号(1985年)目次)
- Veselovský, František; Komínek, P Ondruš (1997). “History of the Jáchymov (Joachimsthal) ore district”. Journal of the Czech Geological Society (Czech Geological Society) 42 (4): 127-132. ISSN 1802-6222 .
- 円城寺守「チェコ共和国の鉱床」『地質ニュース』第530号、地質調査総合センター、1998年、42-48頁、ISSN 0009-4854。
- Godal, Anne Marit [in ノルウェー語] (ed.). "Kongsberg bergseminar". Store norske leksikon (ノルウェー語). Oslo: Norsk nettleksikon. 2015年10月6日閲覧。(ノルウェー百科事典のウェブサイト版の記事)
- 渡辺武男「Norway南部および西部の鉱物資源(I)」『鉱山地質』第11巻第29号、資源地質学会、1961年、565-569頁、doi:10.11456/shigenchishitsu1951.11.49_565、ISSN 0026-5209。(’’The Kongsberg Mining Academy’’と表現している。)
- 中西哲也「九州大学総合研究博物館ニュース」第11号、九州大学総合研究博物館、2008年。
- レスリー・ハーバート=ガスト、パトリック・ノット『明治日本を支えた英国人―地震学者ミルン伝』宇佐美龍夫(監訳)、日本放送協会出版、1982年、16頁。ISBN 4140082690。
- Rabich, Waltraud; Albrecht, Helmuth; TU Bergakademie Freiber (2007) (ドイツ語). Wissenschaft vor Ort: Bilder zu Geschichte und Gegenwart der TU Bergakademie Freiber. Technische Universität Bergakademie Freiberg. ISBN 3860123041
関連項目
- ドイツの教育#大学
- 鉱山学校の一覧
- 秋田鉱山専門学校 (旧制) - 本学を範にとって1910年に設置された。
- エルツ山地
外部リンク
- TU Bergakademie Freiberg | Die Ressourcenuniversität. Seit 1765.(ドイツ語)(英語) - 公式サイト
- terra mineralia - Technische Universität Bergakademie Freiberg(ドイツ語)
- Studentenrat der TU Bergakademie Freiberg – Deine Studentenvertretung(ドイツ語)(英語)
- Graduiertenkolleg. Institut für Industriearchäologie, Wissenschafts- und Technikgeschichte - ウェイバックマシン(2015年10月11日アーカイブ分)
- フライベルク鉱山大学コレクション Freiberg mining academy 鉱物たちの庭
- 美しい標本に目が眩みそうなフライベルクの鉱物博物館、Terra Mineralia |