特定農林水産物等の名称の保護に関する法律
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特定農林水産物等の名称の保護に関する法律(とくていのうりんすいさんぶつとうのめいしょうのほごにかんするほうりつ、平成26年6月25日法律第84号)とは、農林水産物等の地理的表示の保護について定める日本の法律である[1]。地理的表示法(ちりてきひょうじほう)[2][1]、特定農林水産物名称保護法(とくていのうりんすいさんぶつめいしょうほごほう)[2]、GI法(ジーアイほう)[注 1][2][3]、地理的表示保護法(ちりてきひょうじほごほう)[4]とも呼ばれる。主務官庁は農林水産省輸出・国際局知的財産課。本項目では本法に基づく制度である地理的表示保護制度および本法で規定されるGIマークについてもあわせて説明する。
特定農林水産物等の名称の保護に関する法律 | |
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日本の法令 | |
通称・略称 | 地理的表示法、特定農林水産物名称保護法、GI法 |
法令番号 | 平成26年法律第84号 |
種類 | 知的財産法 |
効力 | 現行法 |
成立 | 平成26年6月18日 |
公布 | 平成26年6月25日 |
施行 | 平成27年6月1日 |
所管 | 農林水産省 |
主な内容 | 特定農林水産物等の名称(地理的表示)の保護 |
関連法令 |
酒税の保全及び酒類業組合等に関する法律 不正競争防止法 商標法 など |
条文リンク | e-Gov法令検索 |
概要
編集本法は、特定農林水産物等の名称の保護に関する制度(地理的表示保護制度)を確立することにより、特定農林水産物等の生産業者の利益の保護を図り、もって農林水産業及びその関連産業の発展に寄与し、併せて需要者の利益を保護することを目的とする(1条)。
本法は「世界貿易機関を設立するマラケシュ協定附属書一Cの知的所有権の貿易関連の側面に関する協定」(TRIPS協定)に基づくとされており(1条)、本法における「地理的表示」の定義はTRIPS協定に倣っている。しかし、本法における地理的表示は、産品の性質・社会的評価・確立した特性の全てが生産地等に帰せられるものである必要があり(2条2項・3項)、TRIPS協定での定義より厳格な規定となっている[4]。
本法では、EUの原産地名称保護制度と同様に、地理的表示を独立した知的財産権として保護を図っている。具体的には、生産者団体(農協・漁協など)が産品の特性と生産基準を策定した書面などを添付して申請し、農林水産大臣が地理的表示の登録と監督を行う(6条・第7条など)。
本法による地理的表示の登録第1号は、あおもりカシス(登録生産者団体:あおもりカシスの会)である。2024年(令和6年)3月27日時点で150産品[注 2]が本法により地理的表示の登録がされている[5]。
沿革
編集- 2014年(平成26年)
- 2015年(平成27年)
- 2017年(平成28年)
- 9月15日 - 最初の日本国外の産品としてプロシュット・ディ・パルマ(パルマハム)が登録[5][6]。
- 2018年(平成29年)
- 11月30日 - 日本・EU経済連携協定(日欧EPA)の発効に伴い、第197回国会で改正法(平成30年法律第88号)が成立[7]。主な改正内容は、先使用権の制限・広告における使用の規制・誤認のおそれのある表示の規制など[8][9]。
- 2019年(令和元年)
- 2月1日 - 改正法が施行[10]。
地理的表示保護制度
編集地理的表示保護制度(ちりてきひょうじほごせいど)とは、地域に由来する自然的・人文的・社会的な要因によって育まれた(風味、香り、外観などの)品質、社会的評価等の特性を有する産品の名称を、地域の知的財産(地理的表示)として保護する制度である[11]。
地理的表示は、産品の性質・社会的評価・確立した特性の全てが生産地等に帰せられるものである必要があると定められている(2条2項・3項)ため、産品や生産地を特定できない名称の登録は拒否される(13条1項4号イ)が、いぶりがっこ(登録番号第79号)のように地名を含んでいない表示でも登録された事例がある。また、登録商標と同一または類似する名称であって、申請にかかる農林水産物等又はこれに類似する商品または役務に使用するもの[注 3]の登録も拒否される(13条1項4号ロ)。保護を受けられる対象産品は、酒類[注 4]・医薬品などを除く食用に供される農林水産物および飲食料品であると規定されている(2条1項)が、法令[どれ?]で工芸作物など食用でない農林水産物をも対象とされており[4]、例えば伊予生糸(登録番号第10号)が登録されている。
登録を受ける主体は生産者団体である(6条)。本法における生産者団体とは、生産業者を直接又は間接の構成員とする団体であって、農林水産省令で定めるものをいう(2条5項)。ここで、生産者団体はいわゆる加入の自由のある団体(事業協同組合など)でなければならない(同項かっこ書)。なお、生産者団体は法人格を有していなくてもよく[4]、この点において地域団体商標制度の主体要件(商標法7条の2第1項柱書)より緩和されている。
生産者団体は、産品の生産基準などを定めた明細書の作成または変更を行い、さらに産品について当該生産者団体の生産業者が当該明細書に適合して生産するために必要な指導、検査その他の業務(生産行程管理業務)を行うとされる(2条6項)。したがって、生産者団体は地理的表示の中核的な役割を果たすことが期待されており、この点においてINAOなどの準政府機関が指導や監督を行うフランスの制度と異なっている[4]。なお、生産者団体に代わって生産業者への指導などの業務を第三者に委託することも可能である[4]。
地理的表示の保護を受けるには、生産者団体による農林水産大臣への申請が必要である(7条)。申請においては、農林水産物等の名称などを記載した申請書のほか、産品の特性などを定めた明細書および生産行程管理業務の方法に関する規定を記載した生産行程管理業務規程などを提出しなければならない(同条)。申請された地理的表示は公示され(8条)、専門家を交えた登録要件の判断を経て登録(GI登録)または登録の拒否がされる(11条ないし13条)。登録可否を判断するにあたり、産品やその名称が地理的表示の保護の対象になるかだけでなく、生産者団体の管理計画や経理能力についてもチェックされる(13条各号)[4]。
登録された地理的表示は、生産者団体の生産業者以外が産品に使用することが禁止される(3条2項)。また、それに類似する表示や誤認させるおそれのある表示についても使用が禁止される(同項)。この規定に違反した使用に対しては、農林水産大臣がこうした表示を除去または抹消するよう命じることができ(5条1号)、これに従わない場合は刑事罰が科せられる(39条)。なお、生産者団体の生産業者の産品を原料として製造加工された製品(例えば、夕張メロンを使用したゼリーなど)については、生産者団体の生産業者以外でも使用できる(3条2項1号)。
登録された地理的表示は、商標権と異なり、更新の手続き・費用が不要である[12]。また、日欧EPAなどに基づき、日本国外と同様の制度を有する外国とのGIリストを交換することで、日本国外においても地理的表示の保護を図ることが可能となる[13]。例えば、スペインのレストランにおいて南米産の牛肉に使用されていた「TROPICAL KOBE BEEF」の表示について、日本からの要請でEU当局が名称の削除を指導した事例がある[13]。
GIマーク
編集GIマーク(ジーアイマーク)とは、地理的表示の登録がされた産品またはその包装などに使用することができる標章である(4条)。GIマークに同一または類似する標章を登録されていない産品に付す行為は禁止される(同条2項)。このような行為に対しては、農林水産大臣が標章を除去抹消するよう命じることができ(5条2号)、これに従わない場合は刑事罰が科せられる(40条)。
GIマークのデザインは、特定農林水産物等の名称の保護に関する法律施行規則(平成27年農林水産省令第40号)で定められており[14]、⼤きな⽇輪を背負った富⼠⼭と⽔⾯をモチーフに、⽇本国旗の⽇輪の⾊である⾚や伝統・格式を感じる⾦⾊を使⽤し、⽇本らしさを表現しているデザインとなっている[15]。
GIマークは農林水産省食料産業局長を商標権者とする日本の登録商標(商標登録第5756405号)である[14][16][17]。また、2024年現在、GIマークは台湾・香港・EU・韓国・オーストラリア・ニュージーランド・カナダ・インド・フィリピン・ラオス・インドネシア・マレーシア・カンボジア・タイ・ミャンマーでも商標登録がされている[17]。中国ではGIマークの著作権登録を行っており[17]、第三者による商標出願の阻止を図っている。
評価
編集元国連食糧農業機関日本事務所長の高橋梯二氏は、「日本は、地域ごとの特徴ある自然・風土条件を生かし、それぞれに特徴のある高品質の農作物・食品をつくり、付加価値を高めていく農業を追求していくことが本道」だとしたうえで、「地理的表示保護法は、日本がヨーロッパ型の農業の方向に舵を切ったと受け止めることができ、画期的な法律であろう」と評価している[4]。
また、元特許庁審判部長で明治大学法科大学院客員教授の高倉成男氏は、「大雑把な言い方をすれば」と断ったうえで「欧州のGI制度が起源的には『著名GI生産者の既得権益の保護』を目的として『下』からの突き上げによって創設されたものであるのに対し, 日本のGI制度は『地域農業の振興の機会の創出』を目的として『上』から提供されたものである」と分析している[18]。
注釈
編集出典
編集- ^ a b “地理的表示法とは”. 農林水産省. 2024年7月26日閲覧。
- ^ a b c d e f “特定農林水産物等の名称の保護に関する法律 平成26年6月25日法律第84号”. 国立国会図書館. 2024年7月28日閲覧。
- ^ “地理的表示(GI 登録)とは”. 日本弁理士会. 2024年7月26日閲覧。
- ^ a b c d e f g h 『農林水産物・飲食品の地理的表示―地域の産物の価値を高める制度利用の手引き―』農山漁村文化協会、2015年3月20日。
- ^ a b c “登録産品一覧”. 農林水産省. 2024年7月28日閲覧。
- ^ 「パルマハムを地理的表示に登録 農水省、海外食品で初」『日本経済新聞』2017年9月22日。
- ^ “日本法令索引”. 国立国会図書館. 2024年7月28日閲覧。
- ^ “特定農林水産物等の名称の保護に関する法律の一部を改正する法律”. 衆議院. 2024年7月28日閲覧。
- ^ “平成31年改正地理的表示法(GI)が施行されました”. 弁護士・弁理士 佐藤 孝丞(井澤・黒井・阿部法律事務所). 2024年7月28日閲覧。
- ^ “e-Gov 法令検索”. デジタル庁. 2024年7月28日閲覧。
- ^ “地理的表示(GI)保護制度”. 農林水産省. 2024年7月28日閲覧。
- ^ 秋山豊延 (2018). “地理的表示保護制度 (GI制度)について”. 畜産の情報: 2-5 .
- ^ a b “地理的表示(GI)保護制度について”. 農林水産省 輸出・国際局. 2024年7月28日閲覧。
- ^ a b “GIマークの活用促進に向けた使用方法のガイドライン(令和4年11月版)”. 農林水産省 輸出・国際局 知的財産課. 2024年7月27日閲覧。
- ^ “地理的表示及びGIマークの表示について”. 農林水産省. 2024年7月27日閲覧。
- ^ “J-PlatPat”. 特許庁. 2024年7月27日閲覧。
- ^ a b c “GIマークの国内外における商標登録等状況について”. 農林水産省. 2024年7月27日閲覧。
- ^ 高倉成男 (2020-03-31). “地理的表示制度の運用の現状と課題”. 法科大学院論 (明治大学法科大学院) 23: 41-62 .
関連項目
編集- 地域ブランド
- 地理的表示
- 日本の地理的表示一覧
- 八丁味噌#地理的表示ブランドの登録をめぐる問題 - GI登録をめぐって生産業者間で係争が起きた問題。
- 地域団体商標
- 地域団体商標の一覧
- 種苗法
- 知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(TRIPS協定)
- ヨーロッパにおける地理的表示の保護制度
外部リンク
編集- 地理的表示(GI登録)とは(日本弁理士会)