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生出村(おいでむら)は、昭和31年(1956年)まで宮城県名取郡北部にあった村。現在の仙台市太白区茂庭・坪沼および茂庭台など(一部青葉区域)にあたる。

生出村
廃止日 1956年4月1日
廃止理由 編入合併
生出村仙台市
現在の自治体 仙台市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 東北地方
都道府県 宮城県
名取郡
面積 48.74km2.
総人口 4,453
国勢調査、1955年10月1日)
隣接自治体 名取郡名取町秋保村
宮城郡宮城村
柴田郡川崎町村田町
仙台市
生出村役場
所在地 宮城県名取郡生出村
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地理編集

歴史編集

初期の村政(地方改良運動)編集

明治22年(1889年)4月1日、町村制の施行にともない生出村が発足。長尾四郎右衛門が初代村長に就任する。四郎右衛門は茂庭の旧領主である生出小学校校長・茂庭秀福の助力を得て、村の振興策を推し進めていく。

明治25年(1892年)、馬越石トンネルを開削。明治26年(1893年)、村会において「本村養蚕業奨励法」を成立させ、明治29年(1896年)に製糸工場を設立、原料生産から製品販売までを一貫して行う体制を整えた。また、山林資源の主な利用法を薪炭利用から木材利用へ転換。針葉樹の植林事業を展開し、明治40年には150万本を植樹した。これらの産業振興策によって村民所得は大幅に増加し、補助金に依存しない自立した村政運営を達成した。さらに、村民の生活水準が向上したことと、校舎の整備などで施設面を充実させたことで、学童就学率をほぼ100%に近づけることに成功している。

明治35年(1902年)2月に策定された「宮城県名取郡生出村村是調査書」は、明治36年(1903年)の第五回内国勧業博覧会において好評を博した。これが前田正名の目にとまり、生出村の村是は郡是・市町村是の模範的事例として紹介され、生出村は千葉県山武郡源村静岡県賀茂郡稲取村と共に日本三模範村として盛んに宣伝された。

明治38年(1905年)5月1日には「行道会」を設立。役場と学校が一体となって社会教育・農事改良にあたり、女子部では家事・看護・育児などの指導にあたった。

沿革編集

  • 明治22年(1889年)4月1日 - 町村制施行にともない、茂庭村と坪沼村が合併して生出村が発足。村名は太白山の別名・生出森(おいでもり)より命名。
  • 昭和31年(1956年)4月1日 - 仙台市に編入。

行政編集

首長編集

  • 歴代村長
氏名 就任 退任 備考
1 長尾四郎右衛門 明治22年(1889年)4月25日
2 佐藤甚七郎 明治44年(1911年)9月16日
3 長尾文太夫 大正4年(1915年)11月8日
4 嶺岸泰助 大正9年(1920年)1月29日
5 太田万五郎 大正13年(1924年)3月22日
6 菅野太郎吉 昭和3年(1928年)11月2日
7 長尾文之助 昭和7年(1932年)11月20日
8 菅野太郎吉 昭和11年(1936年)11月13日 再任
9 太田久三郎 昭和15年(1940年)12月9日
10 庄司吉治 昭和21年(1946年)2月23日
11 太田太蔵 昭和23年(1948年)5月 昭和31年(1956年)3月31日

地域編集

教育編集

交通編集

鉄道編集

参考文献編集

  • 平成『仙台市史』(宮城県仙台市)
    • 通史編6〔近代1〕(2002年)
    • 資料編8〔近代現代4〕別冊資料(2006年)

関連項目編集

外部リンク編集