メインメニューを開く

田口 長治郎(たぐち ちょうじろう、1893年6月-1979年5月4日)は、日本政治家参議院議員(1期)。衆議院議員(7期)。勲二等旭日重光章1965年)。

来歴・人物編集

長崎県島原市に生まれる。長崎県立島原中学校を経て、農林省水産講習所(後に東京水産大学を経て現東京海洋大学)本科卒業。長崎県、山形、滋賀、茨城各県の水産試験場勤務。1937年農林省水産局に入る。1941年、華中水産株式会社に転職し、取締役副社長となる。戦後は長崎で共和水産株式会社を設立して社長になる。

1949年第24回衆議院議員総選挙長崎1区に民主自由党から出馬し、初当選(当選同期に池田勇人佐藤栄作前尾繁三郎橋本龍伍麻生太賀吉小渕光平西村英一橋本登美三郎福永健司塚原俊郎木村俊夫藤枝泉介稲葉修河本敏夫森山欽司床次徳二有田喜一など)。以後7期連続当選。1958年、衆議院海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員長[1]。1960年7月、第1次池田内閣農林政務次官1967年第31回衆議院議員総選挙で落選。

1968年第8回参議院議員通常選挙全国区当選。1974年の参院選には出馬せず、政界引退。

1979年5月4日、死去。同年5月16日、長崎市名誉市民。

その他編集

脚注編集