統一世界ヘビー級王座


統一世界ヘビー級レスリング王座(とういつせかいヘビーきゅうおうじゃ、The World Heavyweight Wrestling Championship)は、1905年に創設された最初のプロレスキャッチ・アズ・キャッチ・キャンスタイル世界ヘビー級王座。当時世界最高峰の選手権者の称号。

統一世界ヘビー級王座
詳細
創立 1905年5月4日 (116年前) (1905-05-04)

選手権は1948年に発足したNational Wrestling Alliance(NWA)が結成されるまで、さまざまなプロモーションの間で行われていた。その後の王座の系譜は決して直系ではないのであるが、NWA世界ヘビー級王座歴代としてNWAによって認識されていく[1]

世界ヘビー級レスリングチャンピオンとして最初に認定されたのはジョージ・ハッケンシュミットである。ハッケンシュミットはヨーロッパからの世界王者として1905年5月4日にニューヨーク市でアメリカ王者トム・ジェンキンスを破って公式に世界王者を統一した[2]。王座はその後51年にわたり繰り広げられたとし、最後に選手権として認定されているのは1957年のルー・テーズエドワード・カーペンティアの一戦(世界ヘビー級王者 (オマハ版)参照)で、両者の試合は無効試合となる。

歴史編集

ジョージ・ハッケンシュミットは世界選手権トーナメントで優勝し、世界最初の王座に載冠。ハッケンシュミットは、フランスのパリで開催された幾つかのトーナメントや、同じ年にサンクトペテルブルク(ロシア)ハンブルク、エルバーフェルト、ベルリン(以上ドイツ)の大会でも優勝してきた。

彼はまた、1902年9月4日にイギリスのリバプールでトム・キャノンからヨーロッパ・グレコローマン・ヘビー級王座のタイトルを獲得した。1904年1月30日にはイギリスのロンドンでアーメド・マドラリを破り、世界ヘビー級レスリング王者であるという認定を勝ち取る。ハッケンシュミットは1905年5月4日にニューヨーク市でアメリカのヘビー級王者ジェンキンスを破り、北米でも認定された世界王座に君臨した[3]

フランク・ゴッチは1908年4月3日にハッケンシュミットからタイトルを獲得し、1913年4月1日に引退するまで5年間タイトルを保持した。これはブルーノ・サンマルチノ、ジム・ロンドス、ルー・テーズ、バーン・ガニア(すべて7年以上世界タイトルを保持)、ボブ・バックランド(6年近く保持)に次ぐ、史上6番目に長い世界ヘビー級王者であった[4]

ジョー・ステッカーは、フランク・ゴッチの引退後、アメリカのヘビー級チャンピオンであるチャーリー・カトラーを破り、世界最初に広範に認定されたヘビー級王者になった[5]

その後ステッカーが試合放棄によるカウントアウトによってジョン・オリンがタイトルを奪取したとして、オリンは防衛戦を開始し、王座は二つ存在することになった。エド・ルイスはオリンを破り、アール・キャドックはステッカーを破った。ルイスとウラデック・ズビスコは1917年から1919年の間に何度もタイトルを反復し合っているのでどの選手権が公式と見なされたか不明瞭で、ズビスコは3回の非公式王者、ルイスは2回の非公式王者になっていた。その後ステッカーが1920年にウラデック・ズビスコとエド・ルイス両者を破ることで、両方のタイトルを統一することができた。

1925年4月15日、スタニスラウス・ズビスコは王者のウェイン・マンを破り、王座を奪取。しかし、マンはミシガン州とイリノイ州で世界ヘビー級王者として認定され続けた[6]。その間エド・ルイスは1928年2月2日インディアナ州ミシガンシティでのミシガン州/イリノイ州バージョンの世界ヘビー級レスリング選手権でウェイン・マンを破った。ステッカーがズビスコを破り広範に認定された王者に君臨した後、ルイスが1928年2月21日にステッカーを破ったことで解決した[7]

1929年1月4日にガス・ソネンバーグはルイスを破りタイトルを獲得したが、その後管理団体の全米ボクシング協会のレスリング部門により、世界チャンピオンであるという認定は、実際のタイトル候補にふさわしい対戦者と王座戦を行っていると認識できなかったとして、ソネンバーグから王座を剥奪した[8]

こうしてルイスが1931年4月13日に再びタイトルを獲得。ルイスは当時ボストン版AWA世界ヘビー級王者でもあったが、1931年5月4日にカナダのケベック州モントリオールで対アンリ・ドグラー戦で敗戦となり、そのタイトルを失う。しかしルイスはイリノイ州で依然として世界ヘビー級レスリング王座として認定されていた。ルイスはその後、1931年11月2日にイリノイ州シカゴでウラデック・ズビスコ(世界ヘビー級レスリング王者と広範にわたり認定されていた)を破り、論争を終わらせた。ルイスはその後、1932年10月10日にジャック・シェリーを破り、空位のタイトルであったニューヨーク州体育委員会の世界ヘビー級選手権を獲得[9]。しかしその後ジム・ブラウニングに敗戦した[10]

1935年6月27日ダノ・オマホニーはボストンでニューヨーク州体育委員会の世界タイトル保持者ジム・ブラウニングを破った世界ヘビー級王座 (旧NWA版)ジム・ロンドスを破り、さらに1935年7月30日にマサチューセッツ州ボストンでエド・ダン・ジョージを破り(ボストン版の)AWA認定世界タイトルも獲得し、誰もが認める統一世界ヘビー級レスリングチャンピオンになる[11]。1936年3月2日、ディック・シカットはニューヨークでオマホニーを破ったが、AWAタイトルはオマホニーをチャンピオンとして認定し続け、「議論の余地のない」事であった世界タイトルを再び分裂させた。

1936年4月25日の選手権でアリ・ババがニューヨーク州体育委員会タイトルを獲得。4日後、ニューヨーク・タイムズ紙は、ババが委員会によってニューヨーク州の世界ヘビー級レスリングチャンピオンとしては認められないことを発表。しかし、1936年5月5日にマディソン・スクエア・ガーデンでババとシカットが世界タイトルを争うことが発表された。試合はババが勝利し、結果世界ヘビー級レスリングチャンピオンとして認定された[12] [13] [14]

1937年6月29日にブロンコ・ナグルスキーがタイトルを獲得。ナグルスキーは、リングマガジンによって誰もが認める世界ヘビー級レスリングチャンピオンであると認められた[15]

1938年11月18日にジム・ロンドスが再びタイトルを獲得し、1946年1月28日に世界ヘビー級レスリングチャンピオンのまま引退した[16]。ロンドスはこの日にアルバート・ミルズ卿との防衛戦が最後の試合となった。

 
ルー・テーズが最後のチャンピオンとなった

1952年5月21日にルー・テーズが3つ目のタイトルを獲得。これでテーズはレスリングで誰もが認める世界ヘビー級王座になるために3つの王座を統合した。それは全米レスリング協会世界ヘビー級王座(1948年7月20日にビル・ロンソンを破っての獲得)[17]、ロンドス返上後空位となっていた王座の後進とされる全米レスリングアライアンス世界ヘビー級王座(1949年11月27日付けで授与された)[18]、さらに世界タイトルのロサンゼルス版(彼がバロン・ミケーレ・レオーネを破って1952年5月21日に獲得したロサンゼルスオリンピックオーディトリアム世界ヘビー級王座)である[19]

1956年3月15日にはホイッパー・ビリー・ワトソンがカウントアウトでテーズを破ってタイトルを獲得[20]

テーズは1956年11月9日にワトソンからタイトルを取り戻す。

ところが1957年6月14日、イリノイ州シカゴでのエドワード・カーペンティアとの防衛戦で背中を負傷し試合を続けることができなくなり、失格によりテーズは破れることとなった。NWAの規則では、失格時にタイトルを移動することはできないとなっており、カーペンティアはNWA世界タイトルはテーズに譲ったが、カーペンティア自身はその後もネブラスカ州オマハとマサチューセッツ州ボストンで世界ヘビー級王座 (オマハ版)として認定され続けた後、カリフォルニア州ロサンゼルスのワールドワイドレスリングアソシエイツ(WWWF)によって世界ヘビー級王者として認定された。

こうして統一世界ヘビー級レスリング王座は終了し、今日まで完全に統一されることはない。

なお、世界ヘビー級王座のオマハバージョンは、後にAWA世界ヘビー級王座と統合された。テーズは、1957年7月24日、カナダのケベック州モントリオールで行われたタイトル戦は反則となるが、再戦ではカーペンティアを破った。

タイトルは1957年7月24日に非公式であるが封印され[21] 、その系譜はNWA世界ヘビー級王座に引き継がれた。

タイトル履歴編集

1956年11月9日までの間、合計28代の治世と3つの空位時期がある。最初に認定された世界ヘビー級レスリングチャンピオンはジョージ・ハッケンシュミット。ハッケンシュミットは1905年5月4日にニューヨーク州ニューヨーク市でトム・ジェンキンスを破って公式に認定された[4]

エド・ルイスは4度世界ヘビー級レスリングチャンピオンとして君臨した記録を保持しているが、ルイスはまたチャンピオンとして3073日と、最多載冠合計日数の記録も保持。ジム・ロンドスは2628日で最長載冠記録を保持している。スタニスラウス・ズビスコは45日で最短統治記録を保持の他、46歳15日で獲得した最年長のチャンピオンでもあり、一方ジョー・ステッカーの獲得は22歳103日で最年少のチャンピオン記録である。

最終戦はエド・ルイスとエドワード・カーペンティアで争われ、後者は彼の最初の防衛戦であり、したがって唯一の防衛戦であった。すべての試合はハウス・ショーで開催された。

No. Champion Championship change Reign statistics Notes 備考
Date Event Location Reign Days
1 ジョージ・ハッケンシュミット May 4, 1905 ハウス・ショー ニューヨーク 1 1,065 Hackenschmidt won a world championship tournament to become the first champion, as well as several other tournaments in Paris, Saint Petersburg, Hamburg, Elberfeld, Germany and Berlin in the same year. He also won the European Greco-Roman Heavyweight Championship title from Tom Cannon on September 4, 1902 in Liverpool, England. He won the recognition of being the World Heavyweight Champion on January 30, 1904 in London by defeating Ahmed Madrali. Hackenschmidt defeated American Heavyweight Champion, Tom Jenkins, on May 4, 1905 in New York City to become the recognized World Heavyweight Champion in North America. [3]
2 Frank Gotch April 3, 1908 ハウス・ショー Chicago, Illinois 1 1,824 Gotch held the title for five years until April 1, 1913. He was the sixth longest reigning world heavyweight champion in history behind Bruno Sammartino, Jim Londos, Lou Thesz, Verne Gagne (who all held their world titles for over seven years) and Bob Backlund (who held his for nearly six years). [4][22]
Vacated April 1, 1913 ハウス・ショー Kansas City, Missouri Vacated due to Gotch's retirement.
3 Americus March 13, 1914 ハウス・ショー Kansas City, Missouri 1 55 Upon his retirement and vacancy, Frank Gotch recommended Gus Schoenlein/Americus and Fred Beell compete for the vacant title. Schonelein won.
4 Stanislaus Zbyszko May 7, 1914 ハウス・ショー Kansas City, Missouri 1 147-176
Vacated October 1914 Vacated the title to enlist in the Austro-Hungarian Army in October 1914
5 Charlie Cutler January 8, 1915 ハウス・ショー N/A 1 178 After defeating American Heavyweight Champion Dr. Benjamin Roller, Cutler claimed the title. He was recognised in Omaha, Des Moines, Chicago and New York.
6 Joe Stecher July 5, 1915 ハウス・ショー Omaha, Nebraska 1 644 Stecher defeated Charlie Cutler to become the first widely recognized World Heavyweight Champion after the retirement of Frank Gotch. [5]
John Olin December 11, 1916 ハウス・ショー Springfield, Massachusetts 1 142 Defeated Stecher by count-out, was awarded championship by referee.
7 Earl Caddock April 9, 1917 ハウス・ショー Omaha, Nebraska 1 1,026 Defeated Stecher for the title in spite of John Olin already claiming ownership. [23]
Ed Lewis May 2, 1917 ハウス・ショー Chicago, Illinois 1 34 Defeated Olin for the title in spite of Caddock's claim to Stecher's line.
Wladek Zbyszko June 5, 1917 ハウス・ショー San Francisco, California 1 29 Defeated Ed Lewis for title.
Ed Lewis July 4, 1917 ハウス・ショー Chicago, Illinois 1/2 625 Won title from Zbyszko.
Wladek Zbyszko December 22, 1917 ハウス・ショー ニューヨーク 1/2 148 Zybszko defeats Lewis for the title, but Lewis continues to claim the title. Caddock defeats Zbyszko on February 8, 1918 in Des Moines, Iowa to unify Zybyszko's part of the Olin line, but Zybyszko still claims ownership. Lewis defeats Zybszko on May 19, 1918 in New York, New York to make him the undisputed champion of the John Olin line, but not the Joe Stecher line. Champion of the Stecher line, Earl Caddock defeats Lewis on June 21, 1918 in Des Moines, Iowa, but Lewis still claims the title.
Wladek Zbyszko March 21, 1919 ハウス・ショー ニューヨーク 1/2/3 59 Defeated Lewis for the title.
Joe Stecher May 19, 1919 ハウス・ショー Louisville, Kentucky 2 256 Won title from Zbyszko.
8 Joe Stecher January 30, 1920 ハウス・ショー ニューヨーク 2 318 Defeated Earl Caddock to unify both the Olin and the Stecher lines. The lineage of the Stecher line was carried forward, so Stecher's title win is recognised as starting on January 30, 1920 as opposed to May 19, 1919. [24]
9 Ed Lewis December 13, 1920 ハウス・ショー ニューヨーク 1 144 [25][26]
10 Stanislaus Zbyszko May 6, 1921 ハウス・ショー ニューヨーク 2 301 [27][28]
11 Ed Lewis March 3, 1922 ハウス・ショー Wichita, Kansas 2 1,042 [29][30]
12 Wayne Munn January 8, 1925 ハウス・ショー Wichita, Kansas 1 97 [31]
13 Stanislaus Zbyszko April 15, 1925 ハウス・ショー Philadelphia, Pennsylvania 3 45 Though Zbyszko defeated Munn to win the championship, Munn continued to be recognized as World Heavyweight Champion in Michigan and in Illinois. [6]
14 Joe Stecher May 30, 1925 ハウス・ショー St. Louis, Missouri 3 997 [32][33]
15 Ed Lewis February 21, 1928 ハウス・ショー St. Louis, Missouri 3 318 Lewis defeated Wayne Munn on February 2, 1928 in Michigan City, Indiana for the Michigan/Illinois World Heavyweight Championship version. Lewis defeated Stecher on February 21, 1928 to end the dispute. [7]
16 Gus Sonnenberg January 4, 1929 ハウス・ショー Boston, Massachusetts 1 705 The recognition of being the World Heavyweight Champion was withdrawn from Gus Sonnenberg by the wrestling section of the National Boxing Association in 1929 for failing to meet real title contenders. [8]
17 Ed Don George December 10, 1930 ハウス・ショー Los Angeles, California 1 124
18 Ed Lewis April 13, 1931 ハウス・ショー Los Angeles, California 4 1,569 Lewis lost the AWA World Heavyweight Championship by disqualification to Henri Deglane on May 4, 1931 in Montreal, Quebec, Canada, but still recognized as World Heavyweight Champion in Illinois. Lewis also defeated the title claimer, Wladek Zbyszko, on November 2, 1931 in Chicago, Illinois for the title. Lewis continued to win the New York State Athletic Commission World Heavyweight Championship by defeating Jack Sherry on October 10, 1932. [9]
19 Danno O'Mahoney July 30, 1935 ハウス・ショー Boston, Massachusetts 1 216 O'Mahoney defeated Jim Londos to win the New York State Athletic Commission World Heavyweight Championship. Mahoney continues to win the AWA World Heavyweight Championship (Boston version) by defeating Ed Don George (who had beat Deglane on February 9, 1933) on July 30, 1935 in Boston, Massachusetts to become the undisputed World Heavyweight Champion. [11]
20 Dick Shikat March 2, 1936 ハウス・ショー ニューヨーク 1 54 [34]
21 Ali Baba April 25, 1936 ハウス・ショー Detroit, Michigan 1 48 On April 29, 1936 it was announced by the New York Times that Ali Baba would not be recognized as World Heavyweight Champion in the New York State by The New York Athletic Commission; however, it was announced that Ali Baba and Dick Shikat would face each other on May 5, 1936 at Madison Square Garden for the World Heavyweight Championship. Baba went on to win the professional wrestling bout and thus be recognized as the World Heavyweight Champion. [12][13][14]
22 Dave Levin June 12, 1936 ハウス・ショー Newark, New Jersey 1 109 Wins by disqualification. Recognized by The Ring magazine as the true world champion. Baba continues to claim the title but loses to Everette Marshall on June 26, 1936 in Columbus, OH. Levin also wins Los Angeles version, defeating Vincent Lopez on August 19, 1936 in Los Angeles, CA. [35]
23 Dean Detton September 29, 1936 ハウス・ショー Philadelphia, Pennsylvania 1 273 Recognized by The Ring magazine as the true world champion. Has also defeated Ed Strangler Lewis in a title tournament final earlier in the year in Philadelphia, PA. [36]
24 Bronko Nagurski June 29, 1937 ハウス・ショー Minneapolis, Minnesota 1 507 Nagurski was recognized as the undisputed World Heavyweight Champion by The Ring magazine. [15]
25 Jim Londos November 18, 1938 ハウス・ショー Philadelphia, Pennsylvania 1 2,628 Londos retired as World Heavyweight Champion in 1946. [16]
Vacated January 28, 1946 ハウス・ショー Denver, Colorado Londos wrestled his last match on this date, defeating Lord Albert Mills.
26 ルー・テーズ May 21, 1952 ハウス・ショー Los Angeles, California 1 1,394 Thesz unified three championships to become the undisputed world heavyweight champion, the National Wrestling Association World Heavyweight Championship which he won on July 20, 1948 by defeating Bill Longson,[17] the National Wrestling Alliance World Heavyweight Championship which was awarded to him on November 27, 1949[37] and the Los Angeles Olympic Auditorium World Heavyweight Championship which he won on May 21, 1952, by defeating Baron Michele Leone.[19]
27 Whipper Billy Watson March 15, 1956 ハウス・ショー Toronto, Ontario, Canada 1 239 Watson defeated Lou Thesz by countout to win the world title. [20]
28 ルー・テーズ November 9, 1956 ハウス・ショー セントルイス 2 257 Édouard Carpentier defeated Lou Thesz by disqualification on June 14, 1957 in Chicago, Illinois when Thesz could not continue the match due to a back injury. The NWA rules stated that a title could not change on a disqualification, and Carpentier gave the title back to Thesz. Carpentier was then recognized as World Heavyweight Champion in Omaha, Nebraska and in Boston, Massachusetts. He was then later recognized as the World Heavyweight Champion by the World Wrestling Association in Los Angeles, California. This was the last time the World Heavyweight Championship has been unified and to date has never been fully unified again. The Omaha version of the World Heavyweight Championship was later unified with the AWA World Heavyweight Championship. Thesz defeated Carpentier in a rematch by disqualification on July 24, 1957 in Montreal, Quebec, Canada for the title.
Deactivated July 24, 1957 ハウス・ショー Montreal, Quebec Lineage continued over to the NWA World Heavyweight Championship.
 
エド・ルイスは最多獲得と最長君臨記録を持っていた
 
ジム・ロンドスは保持期間が最も長かった

系譜編集

 
さまざまな世界ヘビー級王座の進化を示す図。

さまざまなプロモーションの認定する世界ヘビー級王座の本拠であり、その起源はこの世界ヘビー級レスリング選手権にまでさかのぼることができる。

NWA世界ヘビー級王座編集

全国レスリング同盟(以下NWA)世界ヘビー級選手権は、卓越したレスリング選手権として当該の世界選手権の地位を引き継ぎ、その系統を主張。その他の世界王座のほとんどはすべて北米を拠点としており、そしてNWAから生みだされた。日本、メキシコ、米国の独立系プロレス団体での「世界」ヘビー級王座は、新たなプロモーションが開始されたのに伴って、新たに創設されたものである。

AWA世界ヘビー級王座編集

AWA世界ヘビー級王座は、NWAのミネソタメンバーのプロモーターらがNWAから脱退し、アメリカン・レスリング・アソシエーション(以下AWA)を設立した後、1960年5月に創設された。最初のチャンピオンはパット・オコーナーであったが、オコーナーは1959年1月9日にNWA世界ヘビー級王座を獲得した後、AWAがNWAから離脱したことで認定されたもの。 NWA世界ヘビー級王座と一緒にAWA世界ヘビー級王座も創設することはその後他のレスリングプロモーションで以降多くの世界王座を創設する道を開くことになる。AWAとタイトルは1990年に休止し、組織は1991年に正式に閉鎖され、タイトルも廃止された。

WWE王座編集

WWE王座の起源は、当時のキャピトルレスリングコーポレーションがNWAを離れてワールド・ワイド・レスリング・フェデレーション(WWWF)になった一件からで、NWA世界ヘビー級王座にまでさかのぼることができる。これはWWWFがある秋の試合でバディ・ロジャースを破ったルー・テーズをNWA世界ヘビー級王者として認定することを拒否したことからであったが、WWWFの所有者はWWWF世界ヘビー級王座を創設し、ロジャースにブラジルでの(黙示録的な)トーナメントで優勝したとして王者ベルトを授与した[38]。彼は1か月後の1963年5月17日に試合直前に心臓発作を起こし、ブルーノ・サンマルチノに敗れチャンピオンシップを失ったが、ロジャーズの状態を考慮し試合は1分は続くように仕向けられた。サンマルチノはイワン・コロフに敗れるまで7年8か月(2803日)タイトルを保持、男子レスリング史上最長の継続的世界選手権者となる[39][40]

WCW世界ヘビー級選手権編集

WCW世界ヘビー級王座の起源は1991年1月11日に行われた試合にさかのぼる。そこではリック・フレアーがNWA世界ヘビー級王座としてスティングを破るが、1991年の初めにWCWがNWAを封印したとき、フレアは最初のWCW世界ヘビー級チャンピオンとして認定される[41][42]。WCW国際世界ヘビー級王座は鞍替えしたフレアのNWA世界ヘビー級王座で、WCW国際世界ヘビー級王座として認定され続けた1993年のWCWのNWAとの最終分割の事件にまでさかのぼることができる[43]。2つのタイトルは1994年6月に統一される。このタイトルは2001年にWWFがWCWを買収した後、WWFで一時的に擁護された後、 WWF世界ヘビー級王座に統合されて封印された。クリス・ジェリコがWWFの復讐2001でWCW世界ヘビー級選手権をWWF選手権と統合[44]

ECW世界ヘビー級王座編集

ECW世界ヘビー級王座の起源は、1994年にNWA東部選手権レスリングで新しいNWA世界ヘビー級王座を決定するために開催されたトーナメントに起因している。1994年8月27日、シェーン・ダグラスがトーナメントに参加して優勝するが、NWA世界ヘビー級王座を破棄して新しいエクストリーム・チャンピオンシップ・レスリング世界ヘビー級王者を宣言した。このイベントの後、ECWはNWAから撤退し、Extreme Championship Wrestlingと改名した。このタイトルは、2001年のECWの破産と、その後のWWEによる買収の後に廃止され、 2006年から2010年にかけて、ECWブランドで再復活して競われたが、最終的に封印された[45][46]

WWEの世界ヘビー級王座編集

WWEは、最初のブランド分割に続いて新たに世界ヘビー級王座 (WWE)を創設した。当時WWEの「誰もが認める」チャンピオンのブロック・レスナースマックダウンブランドに独占的になり、Rawブランドのメンバーであったナンバーワンの候補トリプルHとの対戦を拒否。トリプルHは新たに設立されたタイトルを授与された。この王座はWWEチャンピオンシップを介して分割されたWCW世界ヘビー級王座の後継とされた。これはかつてWCWおよびNWA王座に使用されたものと同じビッグゴールドベルトで、WCWの前社長であるRaw ゼネラルマネージャーのエリック・ビショフによって授与された[47] [48][49]。WWEはその歴史が1905年に創設された王座にまで遡ると主張している[50]。元の世界ヘビー級レスリング選手権のように、物理的なベルトにはWWEのロゴが付いていたが、タイトル前にプロモーションの名前は付いていなかった。 2013年12月15日にランディ・オートンによってWWE世界王座と再統一される[51]

インパクト世界選手権編集

インパクト・レスリングインパクト世界選手権(以前はトータル・ノンストップ・アクション・レスリング(以下TNA))も、世界ヘビー級レスリング選手権にまでさかのぼることができる。TNAは2002年5月に結成され、NWAとのパートナーシップを確立し、TNAがNWA世界ヘビー級王座とNWA世界タッグ王座を管理できるようにした。2002年6月19日、ケン・シャムロックがTNAによる最初のゴールドマッチであるペイ・パー・ビューのガントレットで獲得した後、TNAはこの旗の下で最初のNWA世界ヘビー級王者を認定した[18]。2007年5月13日、当時のNWA世界ヘビー級王者であるクリスチャン・ケージが他のNWA加盟地域のレスラーからNWA世界ヘビー級王座戦を拒否した後、NWAはTNAとの関係を解消[52]。そこで真新しいTNA世界ヘビー級王座は、2007年版のサクリファイスでケージとスティングを破って優勝したカート・アングルが初優勝した。しかしこのタイトルは、元の世界ヘビー級王座への系譜を主張したり、リンクさせたりしてはいない[53]。タイトルはTNAの複数のレスラーの間で保持され、現在はインパクト世界選手権(Impact WorldChampionship)として知られている。その後プロレスリング・イラストレーテッド2015年8月号で世界選手権として認定しなくなることを発表した[54]

関連項目編集

参考文献編集

  1. ^ NWA World Heavyweight Championship”. National Wrestling Alliance. 2009年6月15日閲覧。
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