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歴史編集

創業者の荒井庄兵衛は農家を継ぐのを嫌い、1895年明治28年)に東京・板橋[1]から横浜に移り、荒井屋を創業した。「開化のお味は路面電車のお値段で」のキャッチコピーで、牛めし・牛そばの価格を路面電車の運賃と同額の4銭[注 1]の大衆価格とし、甘さを控えた醤油味で煮込んだ牛鍋をビヤ酒とともに楽しみ、その後に米飯を食べる流行を創り出した。二代目の登良吉は婿養子で、戸塚の農家の出身。1923年の関東大震災で店は倒壊したが、いち早く再建させた。大正末期から昭和の初めごろ、まだ電気が珍しく他店では炭火を使っていた頃にいち早く電気コンロを導入。夏場の来店客に涼んでもらおうと、モーターを使って庭にを出現させ人々を驚かせるなどアイデアマンぶりを発揮した[2]。1945年5月29日、横浜大空襲により店は焼失。二代目女将は大岡川に飛び込み一命を取り留めたが、町内会長として避難誘導にあたった登良吉はそのまま行方知れずとなった。戦後はすいとん屋として店を開け、シベリアから復員した長男の精一が三代目として牛鍋を復活させた。

店舗編集

本店は伊勢佐木町4丁目の商店街と国道16号の間に位置し、市営地下鉄伊勢佐木長者町駅から徒歩5分、京浜急行日ノ出町駅から7分、JR根岸線関内駅からは8分ほど[3]。現在の本店は2017年(平成29年)3月に創業120周年を記念して新築した建物で[4]、本店のほか中区海岸通の万國橋店、神奈川区鶴屋町の「ARAIYA NEST」の計3店舗を有する。

近隣には、伊勢佐木町5丁目の「じゃのめや」(1893年 明治26年創業)、末吉町1丁目の「太田なわのれん」(1868年 明治元年創業)の牛鍋の老舗が所在する。

特徴編集

荒井屋では牛鍋とすき焼きの双方を提供している。すき焼きは割下を使った関東風である[5]

脚注編集

注釈編集

  1. ^ 横浜電気鉄道が路面電車の運行を開始したのは、開店の9年後の1904年[1]

出典編集

  1. ^ a b 荒井屋の軌跡”. 荒井屋. 2019年1月2日閲覧。
  2. ^ (横浜のれん会 2001, pp. 10-11)
  3. ^ 荒井屋”. 店舗詳細. 2019年1月2日閲覧。
  4. ^ “牛鍋の老舗「荒井屋本店」が2017年3月25日にリニューアルオープン!”. はまこれ横浜. (2017年3月13日). https://hamakore.yokohama/araiya-yokohama-renewal-open-201703/ 2019年1月2日閲覧。 
  5. ^ 横浜発祥の「牛鍋」と「すき焼き」の違いは何?”. はまれぽ.com. p. 2 (2014年5月31日). 2019年1月2日閲覧。

参考文献編集

  • 横浜のれん会『わたしの好きな味』、2001年1月30日。

外部リンク編集