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経歴編集

生い立ち編集

三重県警部長従七位西久保紀林の子、肥前国佐賀郡鍋島村八戸に生まれる。東京帝国大学法科大学卒

官職編集

内務省に出仕し官吏として累進した弘道は福島県知事、北海道長官、警視総監を歴任する。その後大礼使参与を務め、その功により勲二等瑞宝章を受章。1916年10月5日に貴族院議員に勅選され[1]、後に東京市長を務める。卒去の同日付で勲一等瑞宝章を受章。

剣道編集

山岡鉄舟に私淑して無刀流剣道を学び、1919年(大正8年)から大日本武徳会副会長嘱託、武術専門学校校長に就任。人を殺すものではない、心身錬磨のための武道を主唱し、武術を「武道」へ名称変更した[2]1929年(昭和4年)5月、大日本武徳会より剣道範士号を授かる[3]

栄典編集

親族編集

脚注編集

  1. ^ 『官報』第1256号、大正5年10月6日。
  2. ^ 西久保氏武道訓
  3. ^ 武道範士教士錬士名鑑』302頁、大日本武徳会本部雑誌部
  4. ^ 『官報』第558号「叙任及辞令」1914年6月11日。
  5. ^ 『官報』第1058号「叙任及辞令」1930年7月10日。
  6. ^ 『官報』第8257号「叙任及辞令」1910年12月28日。
  7. ^ 『官報』第1310号・付録「辞令」1916年12月13日。
  8. ^ 『官報』第1038号「叙任及辞令」1916年1月20日。
  9. ^ 『官報』第1218号「叙任及辞令」1916年8月21日。
  10. ^ 『官報』第2858号・付録「辞令」1922年2月14日。
  11. ^ 『官報』第1058号「叙任及辞令」1930年7月10日。
  12. ^ 『官報』第1499号・付録「辞令二」1931年12月28日。

参考文献編集