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谷口正朋

日本のバスケットボール選手

谷口 正朋(たにぐち まさとも、1946年2月6日 - )は、日本の元男子バスケットボール選手である。サウスポーシューター。ミュンヘンオリンピック日本代表。2016年設立の一般社団法人日本バスケットボール推進協議会の会長を務めている[1]

谷口正朋
MASATOMO Taniguchi
日本バスケットボール推進協議会
役職 会長
ポジション(現役時) スウィングマン(SG/SF)
身長(現役時) 186cm (6 ft 1 in)
--
シュート
基本情報
本名 谷口正朋
ラテン文字 MASATOMO Taniguchi
誕生日 (1946-02-06) 1946年2月6日(72歳)
日本の旗 日本
出身地 東京都
出身 中央大学杉並高等学校
中央大学
ドラフト  
選手経歴
1968-1976 日本鋼管

目次

来歴編集

東京都出身。

中央大学杉並高等学校(現:中央大学附属高等学校)でバスケを始め、3年次に全日本に選ばれ、世界選手権に出場した。

その後中大に進み、4年次にはインカレ優勝に貢献する。

卒業後、日本鋼管に入社。チームの日本リーグ4連覇などタイトルに多大に貢献し同年の第4回日本リーグでは初代MVPなど個人タイトルも獲得。1970年のユニバーシアードでは旗手を務めた。

1972年ミュンヘンオリンピックに主将として出場[2]。チームは14位の成績に終わったものの得点王を獲得した。

サウスポーであることを活かすとともに、ポンプフェイクからのプルアップジャンパーなど多彩なプレーでフィールドゴールを得るピュアーシュータタイプの選手であった。

1976年現役引退。MVP2回・9年連続ベストファイブ・5年連続得点王を獲得した。

引退後は日本バスケットボール協会の専務理事を歴任。全日本のコーチも務め、JBL指導者研修、JBLバスケットボールドリームプロジェクトなどで後進の指導に携わる。

2016年に設立された一般社団法人日本バスケットボール推進協議会の初代会長も務める[3][4]

経歴編集

  • 中大杉並高校 - 中央大学 - 日本鋼管(1968年〜1976年)

代表歴編集

  • 1965年ユニバーシアード
  • 1967年世界選手権
  • ミュンヘンオリンピック
  • 1970年ユニバーシアード

脚注編集

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  1. ^ 一般社団法人 日本バスケットボール推進協議会 公式サイト”. 日本バスケットボール推進協議会 (2017年2月19日). 2017年2月19日閲覧。
  2. ^ 男子日本代表オリンピック全戦績”. 2015年3月25日閲覧。
  3. ^ “日本バスケ推進協議会が日本協会に質問状提出”. 日刊スポーツ. (2016年3月17日). http://www.nikkansports.com/sports/news/1617956.html 
  4. ^ 川淵会長“独裁”に反旗まで バスケ協会に燻ぶる新たな火種”. 日刊ゲンダイDegital (2016年6月26日). 2017年2月19日閲覧。

関連項目編集

外部リンク編集