財政法第三条の特例に関する法律

日本の法律

財政法第三条の特例に関する法律(ざいせいほうだいさんじょうのとくれいにかんするほうりつ、昭和23年法律第27号)は、経済緊急事態の存続中において、財政法第3条(独占している事業における価格料金及び課徴金の決定は、法律又は国会議決によらなければならないと定める規定)の特例(例外)を定める法律。

財政法第三条の特例に関する法律
日本国政府国章(準)
日本の法令
法令番号 昭和23年法律第27号
種類 行政手続法
効力 現行法
成立 昭和23年(1948年)4月7日
公布 昭和23年(1948年)4月14日
施行 昭和23年(1948年)4月16日[1]
所管 財務省
主な内容 経済緊急事態の存続中における財政法第3条の規定の空文化
関連法令 財政法、物価統制令
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本法は制定当初、財政法第3条の適用の対象を煙草定価郵便料金・電話料金・国有鉄道の基本賃率に限定するものであったが、数次の改正を経て、郵政民営化以降は、本来は財政法第3条の規定により法律又は国会の議決で定めるべき価格、料金等であっても、すべからく法律又は国会の議決を不要とすることを定める法律となった。つまり本法は、財政法第3条の規定を空文化し、本来国会で決めるべき国の独占事業の価格、料金等の決定について、政府への白紙委任を可能とするものである[2]

なお、条文上は「現在の経済緊急事態の存続する間に限り」との期間の限定が定められているが、現行法であり、現在も効力を有する[3]

沿革

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財政法第3条の理念と戦後経済の現実

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戦前日本では、大日本帝国憲法第62条第1項により租税法律主義が採用されていたものの、同条第2項により、行政上の手数料、収納金等については法律で定めることを要しないとの規定が置かれており、当時国の独占事業であった煙草等の価格、電話料金、鉄道運賃について、法律の形式を取ることなく、政府が国会の関与なしに自由に定めることが許されていた[4][5]

◯大日本帝国憲法
第六十二條 新ニ租稅ヲ課シ及稅率ヲ變更スルハ法律ヲ以テ之ヲ定ムヘシ
但シ報償ニ屬スル行政上ノ手數料及其ノ他ノ收納金ハ前項ノ限ニ在ラス〔以下略〕

しかし戦後財政民主主義を採用する日本国憲法の下では、国民の経済生活に密接な関連を有するこれらの価格は、反対給付無しに強制的に賦課徴収する租税とは性格を異にするとはいえ、国民が国の独占事業等を利用するに当たり一方的に国が定めた金額を支払うことが事実上強制されるのであるから、準租税的な性格を有するものとして、その価格等の決定は国会の意思に基づくべき、すなわち法律又は国会の議決によるべきと考えられた[6][7][8]。このような考え方から、財政法第3条の規定を設けることとなったものである。日本国憲法第84条と財政法第3条の合せ技により、日本の収入面での財政民主主義は完全なものになったものと評価された[9]

◯財政法(昭和22年法律第34号)
第三条 租税を除く外、国が国権に基いて収納する課徴金及び法律上又は事実上国の独占に属する事業における専売価格若しくは事業料金については、すべて法律又は国会の議決に基いて定めなければならない。

しかし、財政法案が国会に提出された昭和22年は敗戦直後のハイパーインフレーションの真っ最中であって、物価統制令によって食糧石炭衣類等、極めて広範な範囲の民間物資の価格を政府が統制しており、その価格は政府の責任において適宜改定していた。そのような状態で財政法第3条の規定を施行してしまえば、民間物資の物価と密接に関連している貨物運賃、通信料金等を改定するに当たり毎回法律又は国会の議決を経ることになるが、急激なインフレ下でそのような時間のかかる手続を求めるとすれば、インフレに改定が追いつかなくなり、売り惜しみや買溜めが起こるなど、政府運営に支障が生じることは明らかといえた。そのため、財政法附則第1条の規定により、同法第3条の施行日は政令で別に定めることとされ、一旦保留されることとなった[10][11]

国会方面からの要望と本法の成立

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このように、財政法第3条の規定は当時の経済状況を鑑みて施行がなされないままであったが、片山内閣が鉄道運賃の値上げを財源とした補正予算案を提出したことで野党と揉めて内閣崩壊のきっかけとなったり[12]第1回国会中に煙草の大幅な値上げを行った際に政府が国会の議決を求めなかったことが、いかに財政法第3条の規定が未施行であるとはいえいかがなものかとの質疑が行われたりするなど[13][14]、財政法第3条の規定を施行すべきという国会方面からの要望が強くなっていった[15]

…御承知の通りに、新財政法が九十二議會の協贊を經まして成立いたしまして、一部は效力を發生しておるのでありますが、同法第三條の規定に關しましては、今日なお不文のままに放任されておるのでございます。これは立法の精神を無視し、議會の議決を否認するのはなはだしいもののように存ずるのでございます。すなわち同法附則第一條に、第三條施行の日は政令で定めるとあるのでありますが、四月以來七箇月を經過する今日、なおその政令の公布を見ないのであります。よつて本豫算委員會におきましても、過日委員長を通じまして、しばしば政府にも注意を促しておるようなわけでございます。…今日まで附則記載の政令を公布されないというのは、内閣の怠慢の結果でありまするか、あるいは國會の議決を否認される結果でありまするのか、了解に苦しむのであります。〔略〕 — 西村久之、第1回国会衆議院予算委員会議録第19号(昭和22年11月10日)[16]

これを受け、政府は第1回国会の閉会間際である昭和22年(1948年)11月17日に[17]、物価統制令の存続期間に限り、財政法第3条の全部の効力を停止すると定める「財政法第三條の規定の特例に関する法律案」を国会に提出したが、審議未了となった。第2回国会においても国会側と政府側の調整が行われた結果、経済緊急事態の存続中は、財政法第3条の規定を、国民生活に密接な関係を有する価格等(煙草の定価・郵便料金・電話料金・国有鉄道の基本賃率)に限定することで合意し、本法案が改めて国会に提出され、成立したものである[18]

本法は財政国会中心主義の重要な例外を定めるものであり、その効力はあくまで暫定的なもので、その効力は「経済緊急事態の存続する間に限」るものとされた[19]。政府は、本法の審議の中で、本法による財政法第3条の制限はなるべく短期間であるべきで、財政法第3条が本来の形で施行される日が一日も早く訪れることを念願していると答弁している[20]

…財政法は國会を中心といたしまして財政を運営するというような、思想的な背景のもとにできておるのでありまして、國会尊重というか、國会中心の考え方を、端的に実施するという意図のもとに、無條件でこれ〔財政法第3条〕を施行する。このままの態勢でずつと行きたいというふうに考えております。ところが経済緊急事態が存続する間におきましては、物價統制令等の関係もありまして、ここに多少の例外を設けなければならぬということでありまして、これは別個の法律をもちまして特別を設けることにいたしたいというわけであります。この特例はなるべくこれを短期間にいたしたいというのがわれわれの念願でありますが、その期間といたしましては、物價統制令が必要である期間というふうに考えておるのでありまして、この物價統制令が廃止されるそのときは、財政法第三條の特例も同時に廃止されまして、そうして財政法第三條施行ということが、本然の姿において実現されるというふうに考えておるのであります。その日の一日も早からことを念願いたしておる次第であります。 — 福田赳夫、第2回国会衆議院財政及び金融委員会議録第18号(昭和23年4月6日)[20]

内容

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本則

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本法の本則は1条だけの極めて短い法律である。前述したとおり、本法制定時は財政法第3条の規制の対象を煙草の定価・郵便料金・電話料金・国有鉄道の基本賃率に限定するものであったが、これらの事業が逐次民営化される際にその内容が削除され、ついに郵政民営化の際には財政法第3条の適用の対象として列挙するものが存在しなくなり、結局、現在は財政法第3条の適用の一切を排除する趣旨の法律となっている。

なお、本法により日本国有鉄道の運賃改定に当たっては逐一国有鉄道運賃法の改正が必要となっていたが、国鉄の運賃改正は毎度政治問題が絡み、常にその改正が難航する状態であったため、結果として国鉄の財政破綻に繋がったとの指摘がある[21]

本法の改正経過(主なものに限る。)
制定時  政府は、現在の経済緊急事態の存続する間に限り、財政法第三条に規定する価格、料金等は、左に掲げるものを除き、法律の定又は国会の議決を経なくても、これを決定し、又は改定することができる。
 一 製造煙草(外国煙草及び輸出用製造煙草を除く。)の定価
 二 郵便、電信、電話、郵便貯金、郵便為替及び郵便振替貯金に関する料金
 三 国有鉄道(国有鉄道に関連する国営船舶を含む。)における旅客及び貨物の運賃の基本賃率
昭和59年法律第71号
たばこ専売制度の廃止)
〔柱書は制定時と同じ〕
 一 削除
 二 郵便、電信、電話、郵便貯金、郵便為替及び郵便振替に関する料金
 三 国有鉄道(国有鉄道に関連する国営船舶を含む。)における旅客及び貨物の運賃の基本賃率
昭和59年法律第87号
日本電信電話公社の民営化)
〔柱書は制定時と同じ〕
 一 削除
 二 郵便、郵便貯金、郵便為替及び郵便振替に関する料金
 三 国有鉄道(国有鉄道に関連する国営船舶を含む。)における旅客及び貨物の運賃の基本賃率
昭和61年法律第93号
国鉄分割民営化
 政府は、現在の経済緊急事態の存続する間に限り、財政法(昭和二十二年法律第二十四号)第三条に規定する価格、料金等は、郵便、郵便貯金、郵便為替及び郵便振替に関する料金を除き、法律の定め又は国会の議決を経なくても、これを決定し、又は改定することができる。
平成14年法律第98号
郵政民営化
 政府は、現在の経済緊急事態の存続する間に限り、財政法(昭和二十二年法律第二十四号)第三条に規定する価格、料金等は、法律の定め又は国会の議決を経なくても、これを決定し、又は改定することができる。

附則

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本法は、物価統制令の廃止とともに、その効力を失うこととされている(附則第2項)。つまり、令和6年(2024年)においても、物価統制令は現行法であるため、本法もそれに伴い現行法ということになる[3]。この点については、政府の権限を広げる本法の効力を失わせないために、本来もう不必要な物価統制令を廃止せずに生かしているのではないかとの指摘もある[22]

本法が未だ現行法であるということについては、条文上「現在の経済緊急事態の存続する間に限り」と定められていることから、経済状態の安定した後には適用がないとする説もあるが、平成28年の裁判例では本法は現行法であると判断されている[23]

関連項目

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参考文献

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  • 大蔵大臣官房文書課編『国会経過主計銀行理財専売局関係法律解説』大蔵財務協会、1948年。NDLJP:1079150 
  • 前田泰男『財政法会計法基礎知識』全国会計職員協会、1967年。NDLJP:3447198 
  • 我妻栄編『新法令の研究』 (9・10)、有斐閣、1949年。NDLJP:2995055 
  • 石井昭正「瓢箪から駒の出た話―国有鉄道運賃法制定のいきさつ―」『公労委季報』第23巻、公共企業体等労働委員会、1975年4月、9-12頁、NDLJP:1389559 
  • 谷村裕「あるOBの回顧的随想―7―経済事犯に対する罰金と行政的制裁金の重課」『ファイナンス』第248号、大蔵省大臣官房文書課、1986年10月、84-88頁、NDLJP:2798592 
  • 小村武『予算と財政法』(5訂版)新日本法規、2016年。 
  • 長島弘「租税法律主義の趣旨と射程 : NHK受信料事件を素材に」『税法学』第581号、日本税法学会、2019年5月、91-114頁。 

脚注

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