鋸山 (千葉県)

地理編集

標高は329.4m。 房総丘陵の一部分を占めるが、内陸部よりも海岸線(東京湾)に近い。山は凝灰岩から成り、建築などの資材として適している。そのため古くは房州石と呼ばれ、良質石材の産地として、江戸時代から盛んに採石が行われた(石切場跡は現在も残存する)。結果、露出した山肌の岩がの歯状に見えることからこの名で呼ばれるようになった。

採取された石材は、幕末から明治大正昭和にかけて、主に横須賀軍港横浜の港湾設備、東京湾要塞の資材として利用された。また、靖国神社早稲田大学の構内にも利用されている。自然保護規制の強化により1982年を最後に採石を終了し、現在鋸山は観光資源として利用されている。

正式な名称は乾坤山(けんこんざん)という。乾坤は天地の意。江戸期には谷文晁が日本名山図会において日本80の名山のうちに数えたが、深田久弥が改めて日本百名山を選んだときに選に漏れ、現在では名山という認識はあまり広まっていない(小林泰彦選の「日本百低山」には入っている)。眺望は素晴らしく、東京湾一帯から伊豆大島まで見渡すことができる。また近隣の安房三名山「富山」「御殿山」「伊予ヶ岳」を臨むこともできる。

鋸山が国道127号の上から東京湾へ落ち込むところは明鐘岬(みょうがねみさき)と呼ばれ、磯遊び、夕日観賞の観光ポイントである。

美術における鋸山編集

嘉永5年(1852年)頃に刊行された浮世絵師歌川広重の連作『不二三十六景』では「安房鋸山」が描かれている。「安房鋸山」は手前に鋸山、奥に浦賀水道越しの富士山を描いた図で、広重は嘉永5年2月に房総半島を旅行して鋸山を訪れ、『房総行日記』を記している。

交通編集

観光編集

  • 日本寺 - 鋸山全体が境内である。拝観有料。
    • 日本寺大仏
    • 百尺観音
    • 千五百羅漢
    • 地獄のぞき - 頂上付近にあり、石切場跡の絶壁の上に突き出した岩盤上から約100m下を望むことができる。

外部リンク編集