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長崎造船短期大学(ながさきぞうせんたんきだいがく、英語: College of Naval Architecture of Nagasaki[1])は、長崎県長崎市綱場町536に本部を置いていた日本私立大学である。1950年に設置。大学の略称は造船短大。学生募集は1964年度まで。1965年より長崎造船大学となり短期大学は1968年廃止。現在は校名変更により長崎総合科学大学となっている。

長崎造船短期大学
大学設置 1950年
創立 1943年
廃止 [[{{{廃止年}}}]]
学校種別 私立
設置者 学校法人長崎造船短期大学
本部所在地 長崎県長崎市綱場町536
学部 造船科
機械科
電気科
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概要編集

大学全体編集

  • 1950年(昭和25年)に設置された日本私立短期大学で経営母体は、学校法人長崎造船短期大学。長崎県長崎市にキャンパスを置き、最終的には3つの学科を置いていた。全学科、修業年限が昼間部3年制となっていた。

教育および研究編集

  • 全国で唯一、造船工学に関する専門教育をおこなっていたところに特色がある[2]

学風および特色編集

  • 男子学生のみ在籍していたようである[3]。 但し、男女共学だったようである[4]

沿革編集

  • 1942年(昭和17年)12月8日 - 川南高等造船学校の設立が認可される。
  • 1943年(昭和18年)4月1日 - 川南高等造船学校を長崎港外 香焼島[5]に開校(造船工学科、機械工学科を設置。)
  • 1944年(昭和19年)10月1日 - 川南造船専門学校に改称。
  • 1945年(昭和20年)3月1日 - 長崎造船専門学校に改称。
  • 1950年(昭和25年)4月1日 - 長崎造船専門学校を発展・改組し、長崎造船短期大学に昇格[6]
    • 造船科
      • 造船専攻:後の造船科
      • 機械専攻
  • 1951年(昭和26年)3月6日 - 財団法人長崎造船専門学校を学校法人長崎造船短期大学へ変更
  • 1962年(昭和37年)3月23日 - 機械専攻を機械科に改組:在学者数は275(全て男子)となっている[7]
    • 電気科を増設:在学者数は37(全て男子)となっている[7]。長崎市網場町へキャンパス移転
  • 1964年(昭和39年)度をもって学生募集を最後とする:学生数は造船科で男子214、機械科で男子293、電気科で男子81[8]。翌年、長崎造船大学に移行。
  • 1968年(昭和43年)- 廃止。廃止寸前の1967年(昭和42年)10月における学生総数は造船科で男子3、機械科で男子5、電気科で男子3となっている[9]

基礎データ編集

所在地編集

  • 長崎県長崎市綱場町536

教育および研究編集

組織編集

学科編集

  • 造船科:40名
  • 機械科:70名
  • 電気科:40名

専攻科編集

  • なし

別科編集

  • なし

研究編集

大学関係者と組織編集

大学関係者一覧編集

大学関係者編集

歴代学長

対外関係編集

系列校編集

附属学校編集

参考文献編集

脚注編集

  1. ^ CiNiiより。
  2. ^ ちなみに、明治大学短期大学部には工科の専攻課程として造船専攻が設置されていたが、学生募集を一度も行うこともなく廃止されてしまったので、造船工学に関する専門教育を行ったことがある短期大学は、事実上この長崎造船短期大学だけである。
  3. ^ 開学から閉学まで年度別に『全国学校総覧』で調べたところ記録上、女子学生が在籍していないことが判明。
  4. ^ 短期大学教育1961年度版99頁
  5. ^ 現在は1960年代後半の埋め立てを経て陸続きになっているが、その当時は離島であった。
  6. ^ 当初は西彼杵郡香焼村450にあった。
  7. ^ a b 昭和38年度版『全国学校総覧』32頁より
  8. ^ 昭和40年度版『全国学校総覧』35頁より
  9. ^ 昭和43年度版『全国学校総覧』44頁より

関連項目編集

関連サイト編集