雷部屋(いかづちべや)は、日本相撲協会に所属する出羽海一門相撲部屋。ここでは前身の入間川部屋(いるまがわべや)についても説明する。

歴史

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入間川部屋

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外観(入間川部屋時代)
 
稽古場

1992年5月場所を最後に現役を引退して、以降は春日野部屋の部屋付き親方となっていた年寄・16代入間川(元関脇栃司)が、1993年1月に内弟子3人を連れて春日野部屋から分家独立して入間川部屋を創設した。1993年9月場所後に埼玉県与野市(現在のさいたま市)で部屋開きを行った。

学生相撲出身の力士が多く、1994年1月場所において新十両へ昇進した大倭を最初として、5人の関取を誕生させた。師匠の現役時の四股名から取った「司」という字が付けられた力士が多い。

2011年に発覚した大相撲八百長問題では、所属力士である十両・将司が日本相撲協会からの引退勧告処分、幕下・恵那司が出場停止2年の処分を受けて引退し、師匠である16代入間川は監督責任として委員から主任への降格処分を受けた。

2020年9月28日には17代(元小結・垣添)が武蔵川部屋から転籍した。

雷部屋

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2012年4月25日に現役を引退して、藤島部屋の部屋付き親方となった年寄・17代(元小結・垣添)は、2013年8月29日に武蔵川部屋に転籍した後、前述の通り2020年9月28日に入間川部屋に再転籍した。

2023年4月に16代入間川の停年を控えて、同年2月1日に17代雷が部屋を継承し、同時に部屋名称は「雷部屋」に改称された。これにより雷部屋の名称が62年ぶりに復活した[1]が、かつての雷部屋とは別系統である。なお、部屋付きの15代若藤(元幕内・皇司)は同日付で木瀬部屋に転籍となった[1]

同年7月場所では、入間川部屋時代に入門した獅司が新十両となり、雷部屋改称後初の関取誕生となった。

所在地

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師匠

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入間川部屋時代
  • 16代:入間川 哲雄(いるまがわ てつお、関脇・栃司愛知県
雷部屋時代
  • 17代:雷徹(いかづち とおる、小結・垣添、大分

部屋付き親方

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力士

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現役の関取経験力士 

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幕内

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前頭

十両

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脚注

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  1. ^ a b 元垣添の雷親方が入間川部屋継承、名称変え「雷部屋」62年ぶり復活 入間川親方4月定年 - 日刊スポーツ 2023年1月26日
  2. ^ 「令和元年度版 最新部屋別 全相撲人写真名鑑」『相撲』2019年5月号別冊付録、ベースボール・マガジン社、10頁。  ※入間川部屋時代(2019年4月)のデータ

参考文献

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  • 能見正比古『相撲部屋物語』(講談社)

外部リンク

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座標: 北緯35度52分57.2秒 東経139度36分41.2秒 / 北緯35.882556度 東経139.611444度 / 35.882556; 139.611444