相撲部屋

大相撲の協会員が所属する集団

相撲部屋(すもうべや)は、大相撲の協会員が所属する集団。および、その集団が生活の拠点とする施設。

部屋を応援する幟の一例

概要編集

江戸時代に起源をもつ大相撲は、指導者である年寄(親方)と、力士(弟子)との間で疑似的な大家族制を持っており、その"家族"の生活の場として、部屋が存在する。部屋では、相撲の稽古のみならず、年寄を中心とした共同生活を営んでいる。

そのため、現在でも日本相撲協会の年寄・力士・行司呼出床山は全員いずれかの相撲部屋に所属しており、所属していない者は本場所に出場できない。また、全ての部屋には年寄・力士がそれぞれ1人以上所属している必要がある。

相撲部屋の運営編集

名称

該当部屋に所属する年寄の中の責任者(師匠)の年寄名跡が部屋名に冠せられる。そのため、同じ部屋の部屋名のみ変更になる例、逆に、組織的つながりはなくても部屋名が同一になる例がある。

部屋の日常

相撲部屋の構成員は、部屋を代表する年寄(師匠)を中心に寝食を共にしており、幕下以下の力士(取的)は、大部屋で共同生活をする。関取になると個室が与えられるが、結婚するまでは部屋に住むことが基本のルールである。ただし、関取を多く擁している部屋では個室が足りなくなり、やむを得ず関取にマンション暮らしを許す場合がある(春日野部屋や九重部屋など)[1]

各部屋は、それぞれ自前の稽古場を持つ。以前は、稽古場を構えず、一門の部屋への出稽古を常態としていた部屋もあったが、1965年1月場所からの部屋別総当たり制を機に、稽古土俵を持たなければ部屋の新設・存続は認められなくなった。部屋の創立から施設の完成までに時間がかかる場合は、仮施設をOBから受けることが原則である。

どれだけ所属力士が多くても、ほとんどの部屋では稽古土俵は1つである。「他人の相撲を見るのも稽古のうち」という意味合いと、「他人を押しのけて土俵に上がるようでなくてはならない(それくらいの稽古に対する積極性と気概が必要だ)」という考え方による。ただし、稽古の効率化を図って2つの土俵を備える例も少数ながら存在する(前田山の高砂部屋、照國の伊勢ヶ濱部屋、琴櫻の佐度ヶ嶽部屋、稀勢の里の二所ノ関部屋)。

協会からの独立性

相撲部屋は一種の"イエ"であり、日本相撲協会からも基本的に独立して運営されている。協会からは所属力士数等に応じて補助金が交付されるが、これだけでは部屋の運営を賄うことはできず[注釈 1]、師匠自身にも、自前で必要経費を調達する資金力が求められる。不動産としての部屋の施設も、師匠(当代、あるいは先代以前およびその遺族)、後援者などが資金を出して構える(あるいは、賃貸物件を構える)必要がある。また、部屋の立地自治体や近隣住民との繋がりも重視し、町興しの一環として相撲部屋が運営されている面もある[3][注釈 2]

同部屋の力士は疑似的な「家族」であることから、本割では対戦しない(部屋別総当たり制[注釈 3]。そして、入門時に所属した部屋から、他部屋への移籍は原則認められない[注釈 4]

部屋の継承、増減

相撲部屋も、通常の"イエ"のように、師匠から弟子へと、年寄名跡に付随する形で継承される。更に、古くからの慣例として、師匠の娘を有力な弟子と結婚させて養子縁組を行い、婿入りの形で民法上も親子関係を築いたうえで師匠の座を継承する事例が今もある。そのため、「部屋持ち親方は娘が生まれると赤飯炊いて喜ぶ」「相撲部屋に男児はいらぬ」[5]と俗に言われる[注釈 5]

そして、一つの部屋から部屋の創設の資格および意志を持った力士が複数名いた場合は、分家独立をして新しい部屋を構える。逆に、後継者に恵まれなかった部屋や、年寄・力士がいなくなった部屋は閉鎖され、"イエ"の系統は途絶える(残っていた部屋の構成員は、他部屋に移籍する[注釈 6][注釈 7]

部屋数は昭和まではおおむね30前後で安定していたが、平成になると若乃花貴乃花兄弟の活躍によって相撲人気が高まり総力士数が増え、それに合わせて部屋の新設が相次ぎ、2004年には史上最高の55部屋にまで到達した。しかし、新しい部屋の乱立によって所属力士が数人しかいない小規模な部屋が多くなり、部屋の運営に支障をきたしたり、歴史の浅い部屋が大相撲の伝統をうまく継承できずに力士が問題を起こすケースが出てきた。これを受けて、これまで明文化されていなかった部屋創設の要件として、師匠の現役時の成績を設けることによって(後述)、分家独立を抑制させた。平成後期以降は入門者の減少と合わせて、部屋数は減少しつつある。

一門との関係

部屋の分離独立が進むと、同一の部屋から分離独立した部屋の系統が発生する。これらの系統に基づく部屋の集まりを「一門」と呼び、現在でも冠婚葬祭や合同稽古などを実施、協会の役員選挙も慣例的に一門別に頭数が割り振られている[注釈 8]。かつては無所属の部屋も許されていたが、2018年の貴乃花一門の解散を機に、いずれかの一門への所属が義務付けられるようになった(一門制度)。

相撲部屋を取り巻く環境編集

近年では核家族化の傾向も手伝って、力士志願の若者の中にも従来の大家族的な大所帯での生活になじめない者も多く、多数の兄弟子がいる大部屋をむしろ避ける傾向も見られる。出羽海や高砂などといった名門部屋でも、大部屋としてまとまっていくのは難しくなってきている。元横綱の栃ノ海は停年退職後に相撲部屋の小規模化の弊害について「稽古相手が少ないから強くならない。少ない弟子が部屋を去ることを恐れて親方が弟子に甘くなりがちである」とする趣旨の指摘を行ったことがある[6]

かつて相撲部屋の女将は旅館や料亭の娘や花柳界の女性らがなる例も多かったというが、現在は結婚前に1人の女性として職を持ちながら関取と恋愛結婚して女将になるケースが多い[5]

平成時代からはウエイトトレーニング設備を備えた部屋も多い。昭和時代までは器具で作った筋肉は相撲では役に立たないと敬遠される傾向があった(隆の里霧島など昭和世代の力士にもウエイトトレーニングを取り入れた例はあった)が、平成に入って貴乃花や武双山[注釈 9]らの成功もあって、力士が他のトレーニングジムへ通う煩を避けるためもあり、こうした傾向が進んでいる。入門時の基準にこうした設備の充実を挙げる新弟子も少なくない。2010年代では九重部屋や伊勢ヶ濱部屋が筋力トレーニングを行う部屋の代表となっている。

多くの相撲部屋は、一般人の希望があれば稽古の見学を受け入れている。ただし、多くの部屋では見学者が守らなければならないルールを設けているのが実情である。一般に、相撲部屋の稽古見学では、私語、喫煙、飲食、席の途中移動、携帯電話の電源をONにすること、無断撮影、着帽・サングラスの着用、土俵や力士に足を向けること、土俵や稽古スペースに入り込むこと、体調不良時の見学が禁止されている[8]

2020年以降に日本で新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が流行した際、相撲部屋による共同生活が感染拡大防止のために避けるべき「密閉・密集・密接」という“3密”の最たる例でもあると指摘された[9]。2021年には荒汐部屋[10]や九重部屋[11]からそれぞれ12人以上の感染者が確認されクラスター化した。2022年2月には幕内42人中過半数が感染した[12]

嘉風は現役終盤期に御嶽海正代との鼎談で「基本的には名門大学ほどラインが強い。しかも有能な人材ほど、好きに部屋を選ばせてもらえない」と、大学の相撲部と相撲部屋の間にある人材供給のパイプの存在について語っている[13]

部屋一覧編集

  地図外部リンク
大相撲
  相撲部屋の所在地

2022年9月23日現在の相撲部屋(5大一門、計43部屋)。すべて所在地が関東であり、特に両国国技館周辺の東京都墨田区に集中立地している。

部屋名 開祖 師匠 部屋付き親方 一門 創設年月日 これまでの出世頭(十両以上、太字は現役力士) 現役の出世頭(十両以上) 独立した部屋 合併した部屋 旧部屋名 備考
出羽海部屋 3代出羽ノ海
(幕下・桂川
11代出羽海
(前2・小城ノ花
14代中立(小結・小城錦
16代高崎(前6・金開山
出羽海一門
総帥
1862年 01横綱・常陸山
横綱・大錦
横綱・栃木山
横綱・常ノ花
横綱・武藏山
横綱・安藝ノ海
横綱・千代の山
横綱・佐田の山
横綱・三重ノ海
02大関・御嶽海 春日野部屋
九重部屋[注釈 10]
武蔵川部屋
中立部屋
田子ノ浦部屋
田子ノ浦部屋[注釈 11]
春日野部屋 8代春日野
(横綱・栃木山
11代春日野
(関脇・栃乃和歌
9代富士ヶ根(小結・大善
15代二十山(小結・栃乃花
24代竹縄(関脇・栃乃洋
12代三保ヶ関(前1・栃栄
18代岩友(前7・木村山
13代清見潟(関脇・栃煌山
出羽海一門 1925年 01横綱・栃錦
横綱・栃ノ海
02大関・栃ノ心 玉ノ井部屋
入間川部屋
千賀ノ浦部屋
田子ノ浦部屋[注釈 11]
二所ノ関部屋[注釈 12]
三保ヶ関部屋[注釈 13]
玉ノ井部屋 13代玉ノ井
(関脇・栃東
14代玉ノ井
(大関・栃東
不在 出羽海一門 1990年1月 02大関・栃東 05-04前4・富士東 なし なし
入間川部屋 16代入間川
(関脇・栃司
15代若藤(前4・皇司
17代(小結・垣添
出羽海一門 1993年1月 05-04前4・皇司 不在 なし なし
山響部屋 一代北の湖
(横綱・北の湖
20代山響
(前1・巌雄
29代小野川(前2・北太樹 出羽海一門 1985年12月1日 04小結・臥牙丸 05-15前15・北磻磨 なし 二十山部屋
木瀬部屋[注釈 14]
三保ヶ関部屋[注釈 13]
2015年11月30日までは北の湖部屋。
式秀部屋 9代式守秀五郎
(小結・大潮
10代式守秀五郎
(前9・北桜
不在 出羽海一門 1992年4月 06-14十14・千昇 不在 なし なし 2013年1月4日までは時津風一門所属。
木瀬部屋 11代木村瀬平
(前1・肥後ノ海
13代稲川(小結・普天王 出羽海一門 2003年12月1日 04小結[注釈 15]臥牙丸
小結・常幸龍
04前1・宇良 なし なし 2010年5月31日から2012年4月1日まで部屋閉鎖処分[注釈 14]
尾上部屋 17代尾上
(小結・濱ノ嶋
22代千賀ノ浦(前12・里山
23代音羽山(前8・天鎧鵬
出羽海一門 2006年8月1日 02大関・把瑠都 不在 なし なし
藤島部屋 14代武蔵川
(横綱・三重ノ海
18代藤島
(大関・武双山
15代大鳴戸(大関・出島
14代山分(前1・武雄山
13代待乳山(前3・武州山
19代錦島(前2・翔天狼
出羽海一門 1981年8月 01横綱・武蔵丸 06-01十1・武将山 武蔵川部屋
二子山部屋
なし 2010年9月30日までは武蔵川部屋。
武蔵川部屋 15代武蔵川
(横綱・武蔵丸
不在 出羽海一門 2013年4月1日 不在 なし なし
二子山部屋 14代二子山
(大関・雅山
不在 出羽海一門 2018年4月1日 不在 なし なし
境川部屋 12代中立
(小結・両国
13代境川
(小結・両国
18代関ノ戸(小結・岩木山
15代山科(前2・豊響
17代振分(前14・寶千山
16代出来山(前2・佐田の富士
出羽海一門 1998年5月 02大関・豪栄道 03関脇・妙義龍 武隈部屋 なし 2003年1月までは中立部屋。
武隈部屋 14代武隈
(大関・豪栄道
不在 出羽海一門 2022年2月1日 06-12十12・豪ノ山 なし なし
立浪部屋 4代立浪
(小結・緑嶌
7代立浪
(小結・旭豊
不在 出羽海一門 1915年 01横綱・双葉山
横綱・羽黒山
横綱・双羽黒
03関脇・明生
関脇・豊昇龍
中川部屋
時津風部屋
春日山部屋
大島部屋
武隈部屋
追手風部屋 2012年5月までは伊勢ヶ濱一門所属。
2018年5月までは貴乃花一門所属。
2018年9月までは無所属。
二所ノ関部屋 16代荒磯
(横綱・稀勢の里
13代二所ノ関
(横綱・稀勢の里
13代中村(関脇・嘉風 二所ノ関一門
総帥
2021年8月1日 05-03前3・友風[注釈 16] なし 尾車部屋[注釈 17] 2021年12月23日までは荒磯部屋。
放駒部屋 9代松ヶ根
(大関・若嶋津
18代放駒
(関脇・玉乃島
10代松ヶ根(前8・玉力道
13代湊川(小結・大徹
17代荒磯(大関・若嶋津
二所ノ関一門 1990年2月18日 04小結・松鳳山 05-13前13・一山本 なし 二所ノ関部屋[注釈 12] 2014年12月1日までは松ヶ根部屋。
2021年12月23日までは二所ノ関部屋。
佐渡ヶ嶽部屋 11代佐渡ヶ嶽
(小結・琴錦
13代佐渡ヶ嶽
(関脇・琴ノ若
13代粂川(小結・琴稲妻
16代白玉(前3・琴椿
18代浜風(前3・五城楼
14代秀ノ山(大関・琴奨菊
12代君ヶ濱(関脇・琴勇輝
二所ノ関一門 1955年 01横綱・琴櫻 05-02前2・琴ノ若 尾車部屋
鳴戸部屋
なし
押尾川部屋 22代押尾川
(関脇・豪風
8代尾車(大関・琴風 二所ノ関一門 2022年2月7日 05-10前10・矢後[注釈 16] なし 尾車部屋[注釈 17]
鳴戸部屋 15代鳴戸
(大関・琴欧洲
不在 二所ノ関一門 2017年4月1日 06-13十13・欧勝馬 なし なし
片男波部屋 12代片男波
(関脇・玉乃海
14代片男波
(関脇・玉春日
17代熊ヶ谷(前9・玉飛鳥 二所ノ関一門 1961年5月 01横綱・玉の海 03関脇・玉鷲 なし 中川部屋[注釈 18]
田子ノ浦部屋 13代鳴戸
(横綱・隆の里
15代田子ノ浦
(前8・隆の鶴
不在 二所ノ関一門 1989年2月1日 01横綱・稀勢の里 02大関・髙安 西岩部屋
荒磯部屋
なし 2013年12月25日までは鳴戸部屋。
西岩部屋 12代西岩
(関脇・若の里
不在 二所ノ関一門 2018年2月1日 不在 なし 峰崎部屋[注釈 19]
高田川部屋 8代高田川
(大関・前の山
9代高田川
(関脇・安芸乃島
15代花籠(関脇・太寿山 二所ノ関一門 1974年4月 04小結・前乃臻
小結・剣晃
小結・竜電
04小結・竜電 なし 峰崎部屋[注釈 19] 1998年1月までは高砂一門所属。
2011年1月17日までは無所属。
芝田山部屋 12代芝田山
(横綱・大乃国
7代峰崎(前2・三杉磯 二所ノ関一門 1999年6月 06-07十7・若乃島 不在 なし 放駒部屋
峰崎部屋[注釈 19]
大嶽部屋 一代大鵬
(横綱・大鵬
17代大嶽
(十4・大竜
不在 二所ノ関一門 1971年12月 03関脇・巨砲 05-13前13・王鵬 阿武松部屋 押尾川部屋[注釈 20] 2004年1月1日までは大鵬部屋。 2010年1月までは二所ノ関一門所属。
2018年6月までは貴乃花一門所属。
2018年9月までは旧貴乃花一門所属扱い。
阿武松部屋 12代阿武松
(関脇・益荒雄
13代阿武松
(前8・大道
12代不知火(小結・若荒雄 二所ノ関一門 1994年10月 04小結・若荒雄
小結・阿武咲
04小結・阿武咲 なし なし 2010年1月までは二所ノ関一門所属。
2018年6月までは貴乃花一門所属。
2018年9月までは旧貴乃花一門所属扱い。
常盤山部屋 19代千賀ノ浦
(関脇・舛田山
17代常盤山
(小結・隆三杉
不在 二所ノ関一門 2004年9月27日 02大関・貴景勝 なし 貴乃花部屋 2020年11月26日までは千賀ノ浦部屋。 2016年4月8日までは出羽海一門所属。
2018年6月までは貴乃花一門所属。
2018年9月までは旧貴乃花一門所属扱い。
湊部屋 22代
(小結・豊山
23代
(前2・湊富士
不在 二所ノ関一門 1982年12月 03関脇・逸ノ城 なし なし 2017年12月17日までは時津風一門所属。
2018年9月までは無所属。
錣山部屋 20代錣山
(関脇・寺尾
19代立田川(小結・豊真将 二所ノ関一門 2004年1月27日 03関脇・阿炎 なし なし 2017年12月17日までは時津風一門所属。
2018年9月までは無所属。
時津風部屋 一代双葉山
(横綱・双葉山
17代時津風
(前1・土佐豊
13代枝川(前1・蒼樹山
15代中川(前14・旭里
16代井筒(関脇・豊ノ島
時津風一門
総帥
1941年5月 01横綱・鏡里 02大関・正代 立田川部屋
湊部屋
式秀部屋
荒汐部屋
中川部屋[注釈 18] 1945年11月までは双葉山相撲道場。
荒汐部屋 8代荒汐
(小結・大豊
9代荒汐
(前2・蒼国来
不在 時津風一門 2002年6月1日 03関脇・若隆景 なし 中川部屋[注釈 18]
伊勢ノ海部屋 不明 12代伊勢ノ海
(前3・北勝鬨
8代鏡山(関脇・多賀竜
13代勝ノ浦(前2・起利錦
10代甲山(前11・大碇
13代立川(関脇・土佐ノ海
24代春日山(関脇・
13代高島(関脇・髙望山
時津風一門 1757年以前[注釈 21] 01横綱・谷風
横綱・柏戸
05-02前2・錦木 鏡山部屋 中川部屋[注釈 18]
鏡山部屋
1942年5月再興。
陸奥部屋 7代井筒
(横綱・初代西ノ海
9代陸奥
(大関・霧島
17代浦風(前1・敷島
鶴竜(第71代横綱)
12代立田山(前1・薩洲洋
時津風一門 1900年頃 01横綱・2代西ノ海
横綱・3代西ノ海
横綱・鶴竜
04小結・霧馬山 君ヶ濱部屋 立田川部屋
井筒部屋
1974年4月までは井筒部屋。
追手風部屋 11代追手風
(前2・大翔山
不在 時津風一門 1998年10月1日 03関脇・追風海
関脇・大栄翔
03関脇・大栄翔 中川部屋 春日山部屋[注釈 22]
中川部屋[注釈 18]
2016年12月22日までは伊勢ヶ濱一門所属。
高砂部屋 初代高砂
(前1・高砂
8代高砂
(関脇・朝赤龍
15代若松(前1・朝乃若 高砂一門
総帥
1880年頃 01横綱・初代西ノ海
横綱・初代小錦
横綱・前田山
横綱・東富士
横綱・3代朝潮
横綱・朝青龍
02大関・朝乃山 大山部屋
若松部屋
高田川部屋
東関部屋
中村部屋
錦戸部屋
大山部屋
若松部屋
錦戸部屋 10代錦戸
(関脇・水戸泉
20代千田川(小結・闘牙 高砂一門 2002年12月1日 05-16前16・水戸龍 なし 押尾川部屋[注釈 20]
九重部屋 11代九重
(横綱・千代の山
14代九重
(大関・千代大海
13代谷川(関脇・北勝力
23代佐ノ山(小結・千代鳳
高砂一門 1967年1月31日 01横綱・北の富士
横綱・千代の富士
横綱・北勝海
04小結・千代大龍 井筒部屋
八角部屋
井筒部屋
八角部屋 8代八角
(横綱・北勝海
19代陣幕(前1・富士乃真
14代東関(小結・高見盛
高砂一門 1993年10月 03関脇・北勝力
関脇・隠岐の海
03関脇・隠岐の海 なし 東関部屋
伊勢ヶ濱部屋 3代安治川
(関脇・陸奥嵐
9代伊勢ヶ濱
(横綱・旭富士
8代安治川(関脇・安美錦
17代楯山(前6・誉富士
伊勢ヶ濱一門
総帥
1979年4月 01横綱・日馬富士
横綱・照ノ富士
01横綱・照ノ富士 なし 間垣部屋
朝日山部屋[注釈 23]
2007年11月までは安治川部屋
大島部屋 8代高嶋
(前4・八甲山
6代大島
(関脇・旭天鵬
18代玉垣(小結・智乃花
13代友綱(関脇・魁聖
21代桐山(前11・旭日松
伊勢ヶ濱一門 1922年 01横綱・吉葉山 03前8・旭大星 追手風部屋
浅香山部屋
武隈部屋
大島部屋
中川部屋[注釈 18]
1961年5月までは高嶋部屋。
2022年1月31日までは友綱部屋。
宮城野部屋 一代吉葉山
(横綱・吉葉山
13代宮城野
(横綱・白鵬
22代間垣(前13・竹葉山 伊勢ヶ濱一門 1958年1月 01横綱・白鵬 05-04前4・炎鵬 なし 中川部屋[注釈 18] 1960年までは吉葉山道場。
浅香山部屋 15代浅香山
(大関・魁皇
不在 伊勢ヶ濱一門 2014年2月1日 06-02十2・魁勝 なし 朝日山部屋[注釈 23]
朝日山部屋 19代朝日山
(関脇・琴錦
不在 伊勢ヶ濱一門 2016年6月1日 不在 なし 中川部屋[注釈 18] 2017年1月12日までは二所ノ関一門所属。

過去に存在した部屋編集

平成以降編集

デフォルトでは消滅年月の昇順。部屋名は50音順ソート、師匠の列は番付順ソート。

部屋の閉鎖によるもの編集

部屋名 師匠 一門 消滅年月 理由 移籍先
(特記外は全員同一部屋)
備考
かすかやま/春日山部屋 05-前頭1・大昇 立浪・伊勢ヶ濱 1990年7月 16代春日山が停年直前に部屋を閉鎖したため 安治川部屋 1997年7月再興
おおなると/大鳴戸部屋 03-関脇高鉄山 立浪・伊勢ヶ濱 1995年1月 11代大鳴戸が廃業したため 桐山部屋
くまかたに/熊ヶ谷部屋 05-前頭8・芳野嶺 立浪・伊勢ヶ濱 1996年5月 12代熊ヶ谷が停年直前に部屋を閉鎖したため 立浪部屋
きせ/木瀬部屋 05-前頭9・清ノ森 立浪・伊勢ヶ濱 2000年2月 10代木瀬が停年直前に部屋を閉鎖したため 桐山部屋
たつたかわ/立田川部屋 03-関脇・青ノ里 時津風 2000年9月 14代立田川が停年直前に部屋を閉鎖したため 陸奥部屋
かふとやま/甲山部屋 05-前頭1・大雄 時津風 2002年7月 所属力士が0人となったため 湊部屋
たけくま/武隈部屋 03-関脇・黒姫山 立浪・伊勢ヶ濱 2004年3月 所属力士が0人となったため 友綱部屋
おしおかわ/押尾川部屋 02-大関大麒麟 二所ノ関 2005年3月 17代押尾川が停年前に部屋を閉鎖したため *尾車部屋[注釈 24]
* 大嶽部屋 [注釈 25]
* 錦戸部屋 [注釈 26]
はたちやま/二十山部屋 02-大関・北天佑 出羽海 2006年6月 13代二十山死去のため 北の湖部屋
いせかはま/伊勢ヶ濱部屋 05-前頭1・和晃 立浪 2007年01月 8代伊勢ヶ濱が停年前に部屋を閉鎖したため * 桐山部屋[注釈 27]
* 高島部屋[注釈 28]
あらいそ/荒磯部屋 04-小結二子岳 二所ノ関 2008年9月 12代荒磯が停年直前に部屋を閉鎖したため * 松ヶ根部屋[注釈 29]
* 花籠部屋[注釈 30]
きせ/木瀬部屋 05-前頭1・肥後ノ海 出羽海 2010年5月 11代木瀬の不祥事により部屋閉鎖処分となったため 北の湖部屋 2012年4月処分解除に伴い再興
きりやま/桐山部屋 04-小結・黒瀬川 立浪 2011年1月 20代桐山が停年前に部屋を閉鎖したため * 朝日山部屋[注釈 31]
* 追手風部屋[注釈 32]
* 友綱部屋[注釈 33]
たかしま/高島部屋 03-関脇・高望山 立浪 2011年6月 所属力士が0人となったため 春日山部屋
たこのうら/田子ノ浦部屋 05-前頭1・久島海 出羽海 2012年02月 14代田子ノ浦死去のため * 出羽海部屋[注釈 34]
* 春日野部屋[注釈 35]
平成以降で初めて所属力士が2部屋以上に分かれて移籍
おおしま/大島部屋 02-大関・旭國 立浪 2012年04月 2代大島が停年のため 友綱部屋
はなかこ/花籠部屋 03-関脇・太寿山 二所ノ関 2012年05月 15代花籠が停年前に部屋を閉鎖したため 峰崎部屋
なかむら/中村部屋 03-関脇・富士櫻 高砂 2012年12月 10代中村が停年直前に部屋を閉鎖したため * 東関部屋[注釈 36]
* 八角部屋[注釈 37]
にしよのせき/二所ノ関部屋 03-関脇・金剛 二所ノ関 2013年01月[注釈 38] 所属力士が0人となったため * 松ヶ根部屋[注釈 39]
* 春日野部屋[注釈 40]
はなれこま/放駒部屋 02-大関・魁傑 二所ノ関 2013年02月 17代放駒が停年直前に部屋を閉鎖したため 芝田山部屋
まかき/間垣部屋 01-横綱若乃花 貴乃花 2013年03月 18代間垣が停年前に部屋を閉鎖したため 伊勢ヶ濱部屋
みほかせき/三保ヶ関部屋 02-大関・増位山 出羽海 2013年10月 10代三保ヶ関が停年直前に部屋を閉鎖したため * 春日野部屋[注釈 41]
* 北の湖部屋[注釈 42]
あさひやま/朝日山部屋 02-大関・大受 伊勢ヶ濱 2015年1月 18代朝日山が停年直前に部屋を閉鎖したため * 伊勢ヶ濱部屋[注釈 43]
* 浅香山部屋[注釈 44]
かすかやま/春日山部屋 05-前頭11・濵錦 伊勢ヶ濱 2016年10月 21代春日山の師匠不適格処分に伴い部屋が一時閉鎖処分となったため 追手風部屋 2017年中川部屋として再興
たかのはな/貴乃花部屋 01-横綱・貴乃花 無所属
(旧貴乃花)
2018年10月 一代年寄貴乃花が相撲協会を退職したため 千賀ノ浦部屋
いつつ/井筒部屋 03-関脇・逆鉾 時津風 2019年9月[注釈 45] 15代井筒死去のため 陸奥部屋 15代井筒の死去が本場所中のため、本場所終了までは鏡山部屋の一時預かりとなり本場所終了後陸奥部屋へ移籍
なかかわ/中川部屋 05-前頭14・旭里 時津風 2020年7月 15代中川の不適切指導による懲戒処分(部屋閉鎖)のため * 時津風部屋[注釈 46]
* 友綱部屋[注釈 47]
* 片男波部屋[注釈 48]
* 宮城野部屋[注釈 49]
* 朝日山部屋[注釈 50]
* 追手風部屋[注釈 51]
* 荒汐部屋[注釈 52]
* 伊勢ノ海部屋[注釈 53]
あすませき/東関部屋 04-小結・高見盛 高砂 2021年4月 14代東関が停年前に部屋を閉鎖したため 八角部屋
みねさき/峰崎部屋 05-02前頭2・三杉磯 二所ノ関 2021年4月 7代峰崎が停年直前に部屋を閉鎖したため * 芝田山部屋[注釈 54]
* 高田川部屋[注釈 55]
* 西岩部屋[注釈 56]
かかみやま/鏡山部屋 03-関脇・多賀竜 時津風 2021年7月 8代鏡山が停年前に部屋を閉鎖したため 伊勢ノ海部屋
おくるま/尾車部屋 02-大関・琴風 二所ノ関 2022年2月 8代尾車が停年直前に部屋を閉鎖したため * 押尾川部屋[注釈 57]
* 二所ノ関部屋[注釈 58]

部屋名の変更によるもの編集

部屋名 師匠 一門 消滅年月 変更後の部屋名 変更理由 備考
ふししま/藤島部屋 02-大関貴ノ花 二所ノ関 1993年2月 名跡変更/二子山部屋 藤島部屋と二子山部屋が合併し、12代藤島が11代二子山に名跡変更したため
わかまつ/若松部屋 02-大関・朝潮 高砂 2002年2月 名跡変更/高砂部屋 若松部屋と高砂部屋が合併し、11代若松が7代高砂に名跡変更したため
なかたち/中立部屋 04-小結両国 出羽海 2003年1月 名跡変更/境川部屋 12代中立が13代境川に名跡変更したため
たいほう/大鵬部屋 01-横綱大鵬 二所ノ関 2004年1月 名称変更/大嶽部屋 一代年寄大鵬から16代大嶽へ部屋を継承したため
ふたこやま/二子山部屋 02-大関・貴ノ花 二所ノ関 2004年2月 名称変更/貴乃花部屋 11代二子山から一代年寄貴乃花へ部屋を継承したため
あしかわ/安治川部屋 01-横綱・旭富士 立浪 2007年11月 名跡変更/伊勢ヶ濱部屋 4代安治川が9代伊勢ヶ濱に名跡変更したため
むさしかわ/武蔵川部屋 01-横綱・三重ノ海 出羽海 2010年9月 名称変更/藤島部屋 14代武蔵川から18代藤島へ部屋を継承したため
なると/鳴戸部屋 05-前頭8・隆の鶴 二所ノ関 2013年12月 名跡変更/田子ノ浦部屋 14代鳴戸が16代田子ノ浦に名跡変更したため
まつかね/松ヶ根部屋 02-大関・若嶋津 二所ノ関 2014年12月 名跡変更/二所ノ関部屋 9代松ヶ根が12代二所ノ関に名跡変更したため
きたのうみ/北の湖部屋 01-横綱・北の湖 出羽海 2015年11月 名称変更/山響部屋 一代年寄北の湖の死去に伴い、20代山響が部屋を継承したため 一代年寄北の湖の死去が本場所中だったため本場所終了までは20代山響が師匠代行を務めた
ちかのうら/千賀ノ浦部屋 04-小結・隆三杉 二所ノ関 2020年11月 名跡変更/常盤山部屋 20代千賀ノ浦が17代常盤山に名跡変更したため
にしよのせき/二所ノ関部屋 02-大関・若嶋津 二所ノ関 2021年12月 名称変更/放駒部屋 12代二所ノ関から18代放駒へ部屋を継承したため 名称変更時に床山1人が片男波部屋へ移籍
あらいそ/荒磯部屋 01-横綱・稀勢の里 二所ノ関 2021年12月 名跡変更/二所ノ関部屋 16代荒磯が13代二所ノ関に名跡変更したため
ともつな/友綱部屋 03-関脇旭天鵬 伊勢ヶ濱 2022年2月 名跡変更/大島部屋 11代友綱が6代大島に名跡変更したため

平成以前編集

左から閉鎖した部屋名、閉鎖した年、閉鎖時点の師匠の現役名。

以下は存在時期及び、師匠が不明な部屋である。

部屋の創設・継承資格編集

もともと部屋の分離独立に関する基準はなく、理事会で承認されればどの年寄でも部屋を新設することができたが、上述の部屋数の急増を受けて、平成中期に部屋創設の要件に該当年寄の現役時代の成績の制限を加えた。

部屋創設(分家独立)の要件

2006年9月28日制定。以下の要件を満たし、引退から1年以上経過した後、師匠の了承と理事会の承認を得ること[14]

  1. 横綱もしくは大関(大関から陥落した力士も含む)
  2. 三役関脇小結)通算25場所以上
  3. 幕内通算60場所以上(番付制限なし)
既存の部屋の継承に限定した要件

1998年5月1日制定。現役力士が理事会で相撲部屋継承者と認められれば、通常の年寄襲名条件(年寄名跡#襲名条件を参照)ではなく、例外規定を適用し、現役を引退して部屋を継承することが可能となった。条件は以下。

  1. 幕内通算12場所以上[15]
  2. 幕内・十両(関取)通算20場所以上[15]

現在の有資格者編集

部屋付きの年寄で部屋創設の条件を満たしたもの
年寄名 現役時代の四股名 条件 備考
鶴竜力三郎
かくりゅう りきさぶろう
鶴竜力三郎 第71代横綱 モンゴル出身
現役名年寄(横綱5年)のため部屋創設には年寄名跡の取得が条件
大鳴戸武春
おおなると たけはる
出島武春 元大関
秀ノ山和弘
ひでのやま かずひろ
琴奨菊和弘 元大関
清見潟雄一郎
きよみがた ゆういちろう
栃煌山雄一郎 三役通算25場所
(最高位関脇)
安治川竜児
あじがわ りゅうじ
安美錦竜児 幕内通算97場所
(最高位関脇)
竹縄泰一
たけなわ たいいち
栃乃洋泰一 幕内通算81場所
(最高位関脇)
立川敏生
たてかわ としお
土佐ノ海敏生 幕内通算80場所
(最高位関脇)
中村雅継
なかむら まさつぐ
嘉風雅継 幕内通算79場所
(最高位関脇)
中村部屋を創設予定[注釈 76]
井筒大樹
いづつ だいき
豊ノ島大樹 幕内通算71場所
(最高位関脇)
一時的襲名のため部屋創設には年寄名跡の取得が条件
花籠忠明
はなかご たかあき
太寿山忠明 幕内通算64場所
(最高位関脇)
過去に部屋創設経験あり[注釈 77]
友綱一郎
ともづな いちろう
魁聖一郎 幕内通算60場所
(最高位関脇)
ブラジル出身
粂川佳弘
くめがわ よしひろ
琴稲妻佳弘 幕内通算60場所
(最高位小結)

規定が適用された例編集

この規定になって以降、部屋を新設したのは9例である。

部屋名 創設年月 年寄名
(現役時代の四股名)
条件
(独立時の所属部屋)
備考
武蔵川部屋 2013年4月 武蔵川光偉
(武蔵丸光洋)
第67代横綱
(藤島部屋)
アメリカ合衆国出身
浅香山部屋 2014年2月 浅香山博之
(魁皇博之)
元大関
(友綱部屋)
朝日山部屋 2016年6月 朝日山宗功
(琴錦功宗)
三役通算34場所(最高位関脇)
(尾車部屋)
出身部屋は佐渡ヶ嶽部屋
鳴戸部屋 2017年4月 鳴戸勝紀
(琴欧洲勝紀)
元大関
(佐渡ヶ嶽部屋)
ブルガリア出身
西岩部屋 2018年2月 西岩
(若の里忍)
三役通算26場所(最高位関脇)
(田子ノ浦部屋)
二子山部屋 2018年4月 二子山雅高
(雅山哲士)
元大関
(藤島部屋)
荒磯部屋 2021年8月 荒磯
(稀勢の里寛)
第72代横綱
(田子ノ浦部屋)
2021年12月24日、二所ノ関部屋に改称
武隈部屋 2022年2月 武隈豪太郎
(豪栄道豪太郎)
元大関
(境川部屋)
押尾川部屋 2022年2月 押尾川
(豪風旭)
幕内通算86場所(最高位関脇)
(尾車部屋)

なお、この規定が制定されて以降木瀬部屋が2012年4月に北の湖部屋から独立、中川部屋が2017年1月に追手風部屋から独立が承認されているが、木瀬部屋は2010年5月31日の閉鎖処分の解除による再興のため[注釈 78]、中川部屋は2016年10月17日に閉鎖処分を受けて一時的に消滅した旧春日山部屋の再興のため[注釈 79][注釈 80][注釈 81]新設には当たらないとされている。

また、現役を引退して部屋を継承したのは2例である。

部屋名 継承年 四股名
(最高位)
条件 備考
宮城野部屋 2004年8月 金親和憲
(十両2)
関取通算24場所 2010年12月に15代熊ヶ谷(元幕内竹葉山)と名跡交換をして部屋の師匠から退く。
2015年10月日本相撲協会を解雇。
春日山部屋 2012年1月 濱錦竜郎
(前頭11)
関取通算27場所 2016年10月師匠辞任勧告により春日山部屋が閉鎖となり追手風部屋へ移籍したため[注釈 82]部屋の師匠から退く。
2017年1月日本相撲協会を退職。

なお、部屋の師匠が停年もしくは逝去したことに伴い部屋付きの親方が師匠になる場合は条件等の制限はない。

各種部屋別記録編集

最多横綱昇進
出羽海部屋 8人(大錦卯一郎栃木山守也常ノ花寛市武藏山武安藝ノ海節男千代の山雅信佐田の山晋松三重ノ海剛司
最多幕内最高優勝
九重部屋 52回(北の富士勝昭10回、千代の富士貢31回、北勝海信芳8回、千代大海龍二3回)
  • 元千代の山の旧九重部屋は師匠の死で消滅、独立して井筒部屋を興していた元北の富士がこれを吸収して、新九重部屋となったもので、ふたつの九重部屋は厳密には別の部屋という見方もある。同様に、千代の富士引退とともに、元北の富士は部屋を譲り、独立した八角部屋(元北勝海)に所属したので、これも別の部屋という考え方も可能になる。北の富士の10回および千代大海の3回の優勝を数えないとすれば、39回になる。そうなると、出羽海部屋の49回が最多にみえるが、出羽海部屋も、1922年6月の常陸山死去のあと、独立して入間川部屋を興していた元両国が吸収したともいえるので、常陸山時代の常陸山1回、両国1回、大錦5回、栃木山5回、常ノ花1回を減らせば36回になる。すると、白鵬1人のみで45回優勝の宮城野部屋が最多となる。
最多連続幕内最高優勝
出羽海部屋 10場所連続(大正6年1月~大正10年5月、栃木山守也5回、大錦卯一郎4回、常ノ花寛市1回)
九重部屋 10場所連続(昭和60年9月~昭和62年3月、千代の富士貢8回、北勝海信芳2回)
同一部屋力士による三賞独占(受賞者3人以上)
出羽海部屋(昭和24年5月、殊勲賞:千代の山雅信、敢闘賞:羽島山昌乃武、技能賞:五ツ海義男
優勝も同部屋の増位山大志郎
藤島部屋(平成3年5月、殊勲賞:貴花田光司、敢闘賞:安芸ノ島勝己:貴闘力忠茂、技能賞:該当者なし)
二子山部屋(平成5年5月、殊勲賞:若ノ花勝、敢闘賞:貴ノ浪貞博、技能賞:貴闘力忠茂
優勝も同部屋の貴ノ花光司

相撲部屋を題材としたテレビドラマ編集

脚注編集

[脚注の使い方]

注釈編集

  1. ^ 2021年の報道によると、力士養成費などが協会から支給されることが考慮されて「力士が10人いて黒字」と言われる[2]
  2. ^ 2021年の『週刊ポスト』の調査によると、部屋施設の所有者が親方本人であるのは、全42部屋のうち28部屋であり、親方の親族名義の物件が2部屋、民間企業などからの賃貸が6部屋とのこと[4]
  3. ^ ただし優勝決定戦では同部屋でも対戦させる。
  4. ^ ただし、所属していた部屋が何らかの理由で閉鎖された場合には、他の部屋への移籍を認められる。また、分家独立によって新たな部屋が創設された場合にも、希望者は新たな部屋への移籍を認められる。なお親方については師匠の許可があれば閉鎖・独立の場合でなくても移籍は認められる。
  5. ^ 師匠の子供が男児だった場合は、その息子本人が実力で力士として大成せねばならないため
  6. ^ 全員まとめて同じ部屋へ移籍するのが原則だが、平成以降は別々の部屋に移籍する例も現れるようになった(旧田子ノ浦部屋中川部屋など)。
  7. ^ 本場所中や直前に師匠が不在になった場合、師匠が急死した場合などの緊急事態においては、部屋付き親方が師匠代行を務めたり、一門の別の部屋の師匠を師匠代行としてその部屋の預かりとして、旧部屋の処遇が決まるまでの暫定措置とする場合も増えている(北の湖部屋)、井筒部屋東関部屋など)。
  8. ^ 巡業が協会単位で行われるようになる前は、これも一門単位で行っていた。
  9. ^ 武蔵川大島の対談では、武蔵川が「リハビリ用であってこれを主体として稽古を行うつもりはなかった。」と積極的な利用の意図が無かったことを話していた[7]
  10. ^ 独立時に出羽海一門を破門となっており、高砂一門へ移籍。
  11. ^ a b 所属力士8人が出羽海部屋(5人)と春日野部屋(3人)へ分割移籍。
  12. ^ a b 年寄(3人)・行司・床山は松ヶ根部屋へ、年寄(1人)は春日野部屋へ分割移籍。
  13. ^ a b 力士・年寄・世話人・呼出は春日野部屋へ、床山は北の湖部屋へ分割移籍。
  14. ^ a b 11代木瀬の不祥事により部屋が閉鎖処分。木瀬及び所属力士は北の湖部屋へ移籍。その後処分解除にともない部屋再興。
  15. ^ 閉鎖処分中の北の湖部屋在籍時代に在位
  16. ^ a b 尾車部屋在籍時代に在位
  17. ^ a b 年寄(2人)・力士(3人)・世話人・床山は押尾川部屋へ、年寄・力士(8人)・呼出は二所ノ関部屋へ分割移籍。
  18. ^ a b c d e f g h 時津風部屋(親方1人、力士2人)・友綱部屋(力士2人)・片男波部屋(力士1人、呼出1人)・宮城野部屋(力士1人、世話人1人)・朝日山部屋(力士1人)・追手風部屋(力士1人)・荒汐部屋(床山1人)・伊勢ノ海部屋(床山1人)の8部屋へ分割移籍。
  19. ^ a b c 年寄(1人)・行司(1人)・力士は芝田山部屋へ、年寄(1人)・行司(1人)は高田川部屋へ、行司(1人)・呼出・床山は西岩部屋へ分割移籍。
  20. ^ a b 力士・年寄・呼出(1人)は尾車部屋へ、呼出(2人)は大嶽部屋へ、床山は錦戸部屋へ分割移籍。
  21. ^ ただし、1934年と1946年に一旦閉鎖したことがある。
  22. ^ 21代春日山の師匠不適格処分により部屋が閉鎖処分。春日山及び所属力士は追手風部屋へ移籍。その後15代中川を師匠として中川部屋として再興したが、15代中川の懲戒処分に伴う部屋閉鎖処分により中川部屋は閉鎖された。
  23. ^ a b 年寄・力士・世話人・床山(1人)は伊勢ヶ濱部屋へ、若者頭・呼出・床山(1人)は浅香山部屋へ分割移籍。
  24. ^ 親方・力士・呼出(1人)
  25. ^ 呼出(2人)
  26. ^ 床山
  27. ^ 親方・力士・世話人
  28. ^ 行司
  29. ^ 親方・呼出
  30. ^ 力士
  31. ^ 親方・力士・若者頭・世話人・呼出、床山の一部
  32. ^ 行司、床山の一部
  33. ^ 呼出の一部
  34. ^ 力士(海龍ら5名)
  35. ^ 力士(碧山ら3名)
  36. ^ 親方・力士・床山
  37. ^ 行司
  38. ^ これ以前も1931年に閉鎖している。
  39. ^ 親方(10代二所ノ関19代北陣13代湊川
  40. ^ 親方(9代富士ヶ根
  41. ^ 親方・力士・世話人・行司・呼出
  42. ^ 床山
  43. ^ 親方・力士・世話人、床山の一部
  44. ^ 若者頭・呼出、床山の一部
  45. ^ これ以前も1944年に閉鎖している。
  46. ^ 親方、力士(2人)
  47. ^ 力士(2人)
  48. ^ 力士(1人)、呼出
  49. ^ 力士(1人)、世話人
  50. ^ 力士(1人)
  51. ^ 力士(1人)
  52. ^ 床山(1人)
  53. ^ 床山(1人)
  54. ^ 力士、親方・行司の一部
  55. ^ 親方・行司の一部
  56. ^ 呼出・床山、行司の一部
  57. ^ 親方・力士の一部、世話人、床山
  58. ^ 親方・力士の一部、呼出
  59. ^ これ以前も1960年に閉鎖している。
  60. ^ これ以前も1934年、1944年に閉鎖している。
  61. ^ これ以前も1941年に閉鎖している。
  62. ^ なお、この部屋が存在している間、伊勢ヶ濱部屋は一旦閉鎖していた。
  63. ^ これ以前も1927年に閉鎖している。
  64. ^ なお、この部屋が存在している間、若松部屋は一旦閉鎖していた。
  65. ^ これ以前も1947年に閉鎖している。
  66. ^ これ以前も1933年に閉鎖している。
  67. ^ これ以前も1938年、1947年に閉鎖している。
  68. ^ これ以前も1931年、1951年に閉鎖している。
  69. ^ これ以前も1941年に閉鎖している。
  70. ^ これ以前も1938年に閉鎖している。
  71. ^ これ以前も1931年に閉鎖している。
  72. ^ これ以前も1936年に閉鎖している。
  73. ^ これ以前も1935年に閉鎖している。
  74. ^ これ以前も1937年に閉鎖している。
  75. ^ これ以前も1933年に閉鎖している。
  76. ^ 尾車部屋閉鎖から創設までは二所ノ関部屋に部屋付きとして所属。
  77. ^ 1992年10月に二子山部屋から独立し花籠部屋を創設(再興)したが、2012年5月に経営難を理由に峰崎部屋へ吸収合併されて消滅している。
  78. ^ 木瀬部屋の師匠である肥後ノ海直哉は幕内通算53場所で部屋新設の条件を満たしていない。
  79. ^ 2016年10月の閉鎖処分の際に新たな師匠が就任する場合に部屋の再興が認められることになっていた。
  80. ^ その後、2020年7月に中川親方の弟子への暴力行為が発覚し、理事会で部屋閉鎖処分が下されたため中川部屋は消滅。中川親方は時津風部屋へ、力士・床山・呼出・世話人は時津風部屋など8部屋へ転籍した。
  81. ^ 中川部屋の師匠だった旭里憲治は幕内通算4場所のため部屋新設の条件を満たしていない。
  82. ^ その後、追手風部屋の部屋付き親方だった15代中川(元幕内旭里)が旧春日山部屋の力士を引き取り中川部屋として再興されたが、2020年7月に15代中川の弟子への暴力行為により部屋閉鎖処分を受けて消滅した。

出典編集

  1. ^ ベースボールマガジン社『大相撲名門列伝シリーズ(1) 出羽海部屋・春日野部屋 』(2017年、B・B・MOOK)p66
  2. ^ 峰崎部屋と東関部屋が閉鎖 大相撲は部屋運営受難の時代に 日刊ゲンダイDIGITAL 2021/04/07 06:00 (2021年4月7日閲覧)
  3. ^ 田中亮『全部わかる大相撲』(2019年11月20日発行、成美堂出版)pp.110-111
  4. ^ 週刊ポスト2021年5月21日号
  5. ^ a b 大関貴景勝が“親方”の娘と婚約 相撲部屋のおかみさんとは?――2020 BEST5 Number Web 2021/01/04 11:00 (2021年1月5日閲覧)
  6. ^ 大相撲:第49代横綱・栃ノ海の花田茂広さんに聞く”. 2014年8月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年8月2日閲覧。
  7. ^ 『相撲』2012年5月号
  8. ^ 田中亮『全部わかる大相撲』(2019年11月20日発行、成美堂出版)p.19
  9. ^ “3密”そろう相撲部屋 一気にクラスター化する恐れも… Sponichi Annex 2020年4月11日 05:30(2020年4月11日閲覧)
  10. ^ 白鵬以外の宮城野部屋力士陰性、クラスター発生の荒汐部屋は休場へ”. スポニチアネックス. スポーツニッポン新聞社. 2021年3月22日閲覧。
  11. ^ 日本放送協会 (2021年1月19日). “大相撲 九重部屋 新たに5人が新型コロナ陽性に 計14人に”. NHKニュース. 2021年3月22日閲覧。
  12. ^ 幕内・宇良と十両・平戸海が新型コロナ感染 9日には幕内42人中21人の感染判明 - 大相撲 : 日刊スポーツ” (日本語). nikkansports.com (2022年2月10日). 2022年2月14日閲覧。
  13. ^ 「大卒力士」座談会「有能な人材ほど好きに部屋を選べない!」(1/2ページ) SmartFLASH 2018.02.18 06:00 (週刊FLASH 2018年1月30日号、2021年12月20日閲覧)
  14. ^ “相撲部屋継、新設には理事会の承認が必要に”. スポニチアネックス (スポーツニッポン新聞社). (2011年9月30日). http://www.sponichi.co.jp/sports/news/2011/09/30/kiji/K20110930001725120.html 2016年1月21日閲覧。 [リンク切れ]
  15. ^ a b 日刊スポーツ 2017年3月4日

関連項目編集

外部リンク編集