中央区 (さいたま市)

埼玉県さいたま市を構成する10区のうちの一つである

中央区(ちゅうおうく)は、さいたま市を構成する10行政区のうちの一つである。

ちゅうおうく
中央区
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中央区東部の風景(中浦和駅より撮影)
日本の旗 日本
地方 関東地方
都道府県 埼玉県
さいたま市
団体コード 11105-8
面積 8.39km²
総人口 99,658
推計人口、2017年5月1日)
人口密度 11,880人/km²
隣接自治体
隣接行政区
さいたま市大宮区桜区浦和区
南区
区の花 バラ
区の色 バラ色
中央区役所
所在地 338-0002
埼玉県さいたま市中央区下落合五丁目7番10号
北緯35度53分2.1秒東経139度37分34.4秒
さいたま市中央区役所
外部リンク さいたま市中央区役所HP

中央区 (さいたま市)位置図

特記事項 世帯数:39,111世帯(2006年1月1日)
NTT市外局番:048(区内全域)
番号区画コード:254
経度・緯度は世界測地系
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参考:中央区についての情報のうち、旧与野市に直接関係あるものや区設置前の歴史については、与野市を参照されたい。

目次

概要編集

さいたま市の中央部西寄りに位置する。

現在の中央区の区域は、与野市にほぼ相当する。但し、現区域と旧与野市域はわずかに異なっており、旧与野市の全域に加えて、同市の北東側に位置する旧浦和市上木崎1丁目、及び旧大宮市北袋町1丁目、吉敷町2丁目、錦町のそれぞれ一部も中央区に含まれる(現在の中央区新都心の一部)。

これは、さいたま市が政令指定都市に移行するにあたり行政区を設定する過程で、旧3市にまたがっていた「さいたま新都心土地区画整理事業区域西側地区(さいたま新都心のうち東北本線以西の地域)」を、一体的にこの区に編入することとなったことによる[1]。このため、中央区の面積は、旧与野市の8.29km2よりもわずかに広い8.39km2である。この面積は、さいたま市の10区の中で最も小さい。

地理編集

中央区の区域は南側を先端としたくさび状をしており、南北方向に約5.5km、東西方向に約3.5kmの広がりを持つ[2]

地形編集

 
さいたま市中央区周辺の地形

関東平野の中に位置するさいたま市中央区は、区の全域にわたって標高が低く、最も低い地点で海抜4.7m(大戸2丁目)、最も高い地点でも標高16.6m(鈴谷4丁目)である[3]。区内および近隣の河川の多くは、北から南に向かって流れる。地形は、これらの河川に沿って台地低地とが南北方向に縞模様を描く形となっており、東から台地-低地-台地-低地と並んでいる。

このうち最も東に位置するのは、大宮台地(北足立台地)の浦和・大宮支台である。その西側には鴻沼川(霧敷川)を中心に形成された幅約500mの鴻沼低地が形成されている(谷底平野)。さらにその西側には大宮台地(北足立台地)の与野支台があり、区の最西部は区の西方を流れる荒川沿いに形成された荒川低地となっている[4]

土地利用編集

区内839haのうち482.9haを宅地が占め、農地や山林はきわめて少ない[5]2005年(平成17年)時点で区の全域が人口集中地区(DID)に含まれている。但し、鴻沼川(霧敷川)の両側は市街化調整区域となっており、農地や空地がみられる。南部は昭和初期に行われた浦和耕地整理によって浦和市街地と区画を一体化して整備されたため比較的早期から宅地形成が進んだ。

与野の古くからの市街地(本町)は大宮台地の与野支台にあるが、区役所やさいたま市中央消防署、市立与野図書館といった行政施設の多くは、その東側の鴻沼低地におかれている。区北東端はさいたま新都心地区に含まれており、関東甲信越地方を所掌する国の行政機関やさいたまスーパーアリーナがある。

歴史編集

区誕生前の歴史については、与野市を参照。

年表編集

  • 1889年(明治22年)4月1日 - 北足立郡与野町、小村田村、下落合村、上落合村、中里村、大戸村、鈴谷村、上峰村、八王子村、円阿弥村が合併して与野町となる。旧与野町にあたる部分は大字与野となった(現在の本町東本町西)。
  • 1958年(昭和33年)7月15日 - 市制施行により与野市となる。
  • 2001年(平成13年)5月1日 - 浦和市大宮市、与野市が合併してさいたま市となる。
  • 2001年(平成13年)10月22日 - さいたま市行政区画審議会の最終答申により、さいたま市に設置される9区の区画がおおむね決定される。現中央区の仮称は「E区」[6]
  • 2002年(平成14年)
    • 2月21日 - 第1回さいたま市区名選定委員会において、区名公募や「区名投票」の実施が了承される[7]
    • 5月1日~24日 - 市内在住・在勤・在学者を対象とした区名案の公募が行われる。E区の上位3件は1位:「与野区」882件、2位:「中央区」514件、3位「新都心区」24件[8]
    • 6月22日 - 区名検討市民の会において、E区の6つの区名案(与野区・中央区・新都心区・彩央区・埼京区・中央与野区)が選定される[9]
    • 8月1日~16日 - 市民意向調査としての位置づけで、はがきによる「区名投票」が実施される。E区は「与野区」が1,941件と全体の48.99%と占め、「中央区」1,171件、「新都心区」435件、「彩央区」267件、「中央与野区」88件、「埼京区」60件に大差をつけての1位となった[10]
    • 9月30日 - 第4回さいたま市区名選定委員会において、委員長の井原勇が「区名案についての委員長私案」として全9区の区名案を提示し、この中でE区について「さいたま新都心を擁し、地理的に市域の中央に位置していること」を理由に区名投票第2位の「中央区」を選定した。
    • 10月2日 - さいたま市行政区画審議会が、市長に対して審議結果を報告。
  • 2003年4月1日 - 政令指定都市移行に伴い、旧与野市とさいたま新都心西側地区を区域とする中央区が設置される。

人口編集

中央区成立後から毎年4月1日の人口。微増が続いている。住民基本台帳人口より(台帳法改正前の2012年以前は台帳人口+外国人登録人口の数値)[11]

2003年 87,921人
2004年 89,639人
2005年 90,562人
2006年 91,454人
2007年 91,586人
2008年 93,425人
2009年 94,560人
2010年 95,244人
2011年 95,673人
2012年 95,875人
2013年 96,473人
2014年 97,860人
2015年 98,609人

町名編集

中央区内では、一部の区域で住居表示に関する法律に基づく住居表示が実施されている。住居表示実施前の町名等欄で下線がある町名はその全部、それ以外はその一部である。

行政編集

行政機関編集

  • 中央区役所

中央区役所は、旧与野市市庁舎であった建物であるが、老朽化のため建て替え又はアルーサへの移転が検討されている。

浦和西警察署は、さいたま新都心地区周辺の新都心・大字上落合を除く中央区、桜区の全域、および浦和区の上木崎1丁目を管轄する。中央区のうち新都心・大字上落合は、大宮警察署が管轄している。

選挙区編集

中央区は、以下の選挙区に属している。

施設・名所編集

公園・寺社編集

  • 与野公園:1877年(明治10年)開園。1977年(昭和52年)に造園されたバラ園が有名であり、バラは旧与野市民の花および現中央区の花である。
  • 妙行寺:金比羅堂境内に推定樹齢1000年のカヤの巨木があり、「与野の大かや」として知られる。カヤは旧与野市の木であった。
  • 与野七福神

保健医療施設編集

経済編集

 
中央区は、東京や浦和区・大宮区に対する郊外という側面と、桜区・西区に対する中心部としての側面を併せ持つ。

企業編集

通勤・通学流動編集

東京都心部から約25kmの距離にあるさいたま市中央区は、さいたま市の他の区と同様、東京都心部への通勤・通学者が多く、東京の郊外都市としての性格が強い。同時に、さいたま市内において行政・商業・業務など都市機能の集積した浦和区大宮区への通勤・通学者も多く、これらの地域に対する郊外としての特徴も持つ。

一方で、西区桜区に対しては、中央区から流出する通勤・通学者よりも、中央区に流入する通勤・通学者の方が多い。

2010年現在、中央区の夜間人口96,055人に対して昼間人口は94,538人であり、昼夜間人口比率は98.4%である。この昼夜間人口比率は、東京の郊外としての性格が強い埼玉県(昼夜間人口比率88.6%)やさいたま市(昼夜間人口比率92.8%)の中では、比較的高い水準にある。

交通編集

鉄道編集

バス編集

道路編集

教育編集

ゆかりのある人物編集

ギャラリー編集

さいたま新都心・けやき広場のイルミネーション 
与野公園のバラ園 

関連項目編集

外部リンク編集

脚注編集

参考文献編集

  • 与野市総務部市史編さん室編 『与野の歴史』 与野市、1992年。