電流
電流(でんりゅう、英: electric current)は、電荷の流れである。またそれを表す物理量も電流という。
電流 electric current | |
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量記号 | I, J |
次元 | I |
種類 | スカラー |
SI単位 | アンペア (A) |
CGS‐emu | ビオ (単位) (Bi)・アブアンペア (abA) |
CGS‐esu | スタットアンペア (statA) |
プランク単位 | プランク電流 |
電磁気学 | ||||||||||||
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電流の担い手となるキャリアには電子・イオン・正孔などがあり、電流は電子の流れによるものとは限らない[1]。身近な反例として、人体はナトリウムイオンやカリウムイオンなどをキャリアとした導体である(活動電位)し、氷は水素イオン[2] や水酸化物イオン[3] をキャリアとして双方向の電流を流す半導体である[4]。
仮に電流の流れる向きを「電子の流れる向き」と定義してしまうと、人体や氷を流れる電流は「向きを持たない」ことになってしまうので、電流の流れる向きはキャリアと独立に定めなければならない。歴史上の経緯からそれは正電荷の流れる向きとされているので、キャリアが電子である場合には電流と電子の流れる向きは一致しないが、これは何ら矛盾した状況ではない[5][注 1]。
物理量としての電流(「電流の強さ」とも言う)は、向き付け可能な曲面 と 上の法線ベクトル を定めた上で、電流密度を面積分して「曲面 を貫く 向きを正とした電流 」と表現せねばならない[疑問点 ]。したがって、導線中に仮想的に考えたメビウスの輪を通る電流の強さは定義されない。 は特に断りがなければ導線の断面を指すが、どちら向きをプラスとするかは必ず宣言する必要があり、回路図では矢印がその役割を果たす。このように誤解の恐れがないようにすれば、面積分の値を単に と書くことができる[注 2]。
国際単位系では電流の単位はアンペアであり、電気素量 を用いて次のように定義される[6]。
時間によって流れる向きと大きさが変化しない電流を直流、流れる向きは変化せず大きさが周期的に変化する電流を脈流、流れる向きも大きさも周期的に変化する電流を交流という。直流以外の電流の大きさの指標として絶対値平均(平均値)や二乗平均平方根(実効値)が使われる。このように電流が時間変化すると、ファラデーの法則と合わせて電場と磁場が互いに直交するように電磁波(光)が伝播する。
概要編集
電荷はミクロには離散的だが、マクロには流体のように連続的なものとして近似できる。
電流編集
微小体積 の領域に含まれる電荷 が と等しくなるように電荷密度 が定義され、次のようにディラックのデルタ関数を用いて表される。
変位電流編集
アンペールの法則 は を導き、これを満たす電流を定常電流という。連続方程式より定常電流の電荷分布は時間変化しない。非定常電流を含んでいても成り立つのはマクスウェル=アンペールの法則 であり、右辺の第二項を変位電流という。このことは、コンデンサーの充電過程で導線の周りにアンペールの法則を適用する際に曲面がコンデンサーの間を通るようにするか否かで磁場が変わってしまうこと[11] からも、点電荷から放出される球対称な電流分布の「赤道」にアンペールの法則を適用する際に “北半球” と “南半球” で磁場が逆になってしまうこと[12] からも示唆される。
注意すべきこととして、非定常電流の場合は「電流がつくる磁場」や「変位電流がつくる磁場」といった表現はそもそも無意味であって、磁場との関係において電流と変位電流は不可分のものであり、ビオ=サヴァールの法則で計算される磁場には変位電流の効果が自動的に織り込まれている[13]。
束縛電流編集
物質中の電磁気学では、分極によって生じる分極電流' と、磁化によって生じる磁化電流流 から成る束縛電流を電流(自由電流)に付け加える必要がある。なお、たとえば磁化電流の場合であれば、実際の磁石の中の電流はあくまでも磁性原子の電子スピンや電子軌道などに沿って分布して流れているのであって、マクロに見れば隣接する内部電流が互いに相殺されて無視され、最外壁に出来たものは打ち消されずに漏れ出てくるという事情に注意されたい[14][15]。
回路編集
電気伝導とはマクロ系における電荷の流れであり、その代表的な対象が回路である。最もシンプルな例として、電池と抵抗が導線で繋がった回路の非平衡定常状態を考える。
実は、電流の向きを決める電池の電圧は熱力学的な電気化学ポテンシャルに他ならず、平衡状態に意味を持つ電磁気学的な電位差(静電ポテンシャルの差)とは電子密度勾配などの影響によって一般に異なっている。たとえば、平衡状態にある半導体のpn接合では、電位差こそあれ電気化学ポテンシャルがないので電流は流れず、順バイアスをかけると電気化学ポテンシャルが電位差と逆向きに生じるので電位差から予想される向きとは逆向きに電流が流れる。エントロピーは平衡状態にしか意味を持たないので電気化学ポテンシャルもそうであるはずだが、ある位置を固定した上で局所的な電気化学ポテンシャルを電圧と線形関係を成すように電位差計を設置すると一定の時間が経てば一定の測定値を示すので、この事実をもとに非平衡定常状態にも自然に定義を拡張しているのである[16]。このように回路は線形非平衡定常系の熱力学と捉えられ[17]、実際にゼーベック効果やペルティエ効果やトムソン効果のような熱流と電流が影響を及ぼし合う熱電効果が知られている。
また、一般に「抵抗に電流を流すとジュール熱が発生する」と表現されるが、実際には系に対して電流を流して仕事をしたことで系のエネルギーが上昇しているということであり、熱の移動はない。なぜ「ジュール熱が発生する」と表現されるのかというと、電流を流してから止めると流す前よりもエネルギーが増して温度が上昇した平衡状態に速やかに移行するが、そのエネルギーの増分を外部系に対する仕事として取り出す際には必ず抵抗を高温系(熱源)として熱機関を組むしかなく、熱力学第二法則より100%の効率で仕事をサイクル過程で取り出すのは不可能になってしまうからであり、つまり「抵抗に電流を流して成した仕事が熱という使い勝手の悪いエネルギーとしてしか取り出せなくなる」ということを意味している[18]。
この回路に流れる電流が平衡状態の周りに駆動力(電場、すなわち電圧)の冪級数で書ける摂動的領域[19] では
電流の速度編集
一般に「電流の速度」という語には次の3種類の意味がある[22]。
日常的に使われる導線であれば、ドリフト速度は毎秒数ミリ程度、キャリアの運動速度は高々フェルミ速度(一般的には光速の0.5%程度[23])、電場変化の伝播速度は光速である。したがって「電流の速度は光速である」という文は「電場変化の伝播速度が光速なので電流も光速で伝わる」と解釈されるべきだが、一方で「導線中の電子の速度は光速である」は明確な誤りである。実際、もし質量のあるキャリアが光速で動いているとすると相対論的エネルギー
メカニズム編集
金属編集
固体の電気伝導性のある金属には、伝導電子に由来する移動可能な自由電子がある。それらの電子は金属格子に束縛されているが、個々の原子には束縛されていない。外部から電場が適用されなくとも、それらの電子は熱エネルギーの作用で無作為に動いている。しかしそれらの動きを平均すると、単なる金属内の電流は全体としてはゼロになっている。電線を輪切りにするような方向のある面を想定したとき、その面の一方からもう一方へ移動する電子の個数(時間も任意)は平均すると逆方向に移動する電子の個数と同じになっている。
金属以外編集
真空においては、イオンや電子のビームを形成できる。他の伝導性の媒体では、正の電荷と負の電荷を帯びた両方の粒子が流れを作り、電流を生じさせる。例えば電解液における電流は、電荷を帯びた原子(イオン)の流れであり、正のイオンと負のイオンの両方が存在している。鉛蓄電池のような電気化学的な電池では、正の水素イオン(陽子)が一方向に流れ、負の硫酸イオンが反対方向に流れることで電流が生じる。火花やプラズマに生じる電流は、電子と同時に正および負のイオンも流れている。P型半導体では、電流を正孔の流れと見ることもできる。正孔は、半導体結晶内で価電子帯の電子が不足した状態を表したものである。
安全性編集
電流が人体の近くで扱われる際には感電の危険がある。
落雷や電車架線への接触のように高電圧かつ大電流[注 5] のときには熱傷を招く。
また心臓や脳に流れた場合は熱傷とは別に心停止といった機能不全を引き起こしうる。そのため、特に周波数が心拍数や脳波に近い条件の交流電源は低電圧であっても危険とされる。
感電により人体に及ぼされる損害の程度は、接触した部位や、接触部の表面積と濡れ状態、電圧/電流および周波数などに左右される。100 V 50/60 Hzの日本国内一般家庭電源は、乾いた状態で一瞬触る程度であれば触れた部分にしびれを感じる程度だが、変圧器を使っている場合や、水場では注意を要する。
また、感電とは別に、電流によって生じる熱の危険もある。送電線が過負荷に陥ると高温となり火災の原因にもなりうる。小さなボタン電池と金属製の硬貨をポケットに入れておいたために、それらの接触によって電流が生じ、焼け焦げを生じることもある。ニッケル・カドミウム蓄電池、ニッケル・水素充電池、リチウム電池は特に内部抵抗が小さいため、取り扱いに注意を要する。
送電損失編集
遠方の発電所から電気エネルギーを消費場所(各需要家)に届けるまで、送電線や配電線の抵抗により、一部の電気エネルギーがジュール熱として消費され、エネルギーの損失となる。 この損失は電流量の2乗に比例して増大するため、送電側では変圧器で電圧を高めることで電流量を減らし送電途中の損失を減らすようにしている。送電網や配電網では需要家に近づくにつれて変圧器で電圧を段階的に落としてゆく。変圧器によって容易に電圧を上げ下げできるため、現在はほとんどの送電は交流電流が使われている。 送電損失率の低減は、発電電力量の削減による発電用エネルギー資源の節約に貢献する。日本の送配電損失率は4.8%(2010年度)[24] とされる。
脚注編集
注記編集
- ^ たしかに電子の電荷を とする流儀は存在するが、それはあくまでも「電荷の正負の定め方」であって直接的には「電流の流れる向きの定め方」ではない。
- ^ は「電流の強さ」を意味する intensité du courant の頭文字から来ている。電気工学では電流を i で表すことがあり、誤解のないように虚数単位を j と書く慣習がある。
- ^ 電荷素片は実在するが電流素片は実在しない。詳しくは前野 (2010) の pp. 198-199 を参照せよ。
- ^ これを利用する電流センサや架線電流計、計器用変流器などは、電流計や検流計とは違って回路の特性を変えずに電流を測ることができる。
- ^ 「高圧電流」は誤用であり、それぞれ「高電圧」「大電流」と表現する。そもそも「高電圧で流れる電流」は大電流とは限らない。
出典編集
- ^ “The Truth About Electricity”. William Kibbe. 2021年7月29日閲覧。
- ^ de Grotthuss, C. J. T. (1806). Sur la décomposition de l'eau et des corps qu'elle tient en dissolution à l'aide de l'électricité galvanique. Ann. Chim. 58: 54–73.
- ^ Watanabe, N.; Sameera, W.M.C.; Hidaka, H.; Miyazaki, A.; Kouchi, A. (2019-12). “Ultraviolet-photon exposure stimulates negative current conductivity in amorphous ice below 50 K” (英語). Chemical Physics Letters 737: 136820. doi:10.1016/j.cplett.2019.136820 .
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- ^ 北野, 正雄 (2021). “変位電流をめぐる混乱について”. 大学の物理教育 27 (1): 22-25 .
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- ^ グローバルノート - 国際統計・ランキング専門サイト 統計データ配信
参考文献編集
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- 清水, 明. (2007). 『熱力学の基礎』. 東京大学出版会.
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