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霧立 はるみ(きりたち はるみ、1942年8月25日 - 2002年?)は、日本女優

人物編集

女優霧立のぼると俳優の佐伯秀男の一人娘として誕生し、実父の本名の鬼武の姓を名乗り鬼武治美と命名されたが、のちに両親は離婚し、母親方の祖母に育てられる。その後に母親の再婚により北竹治美となる。

東洋英和女学院卒業後、1960年3月宝塚音楽学校卒。同期に山吹まゆみ甲にしき古城都上月晃らがいる。卒業後に宝塚歌劇団入団。花組に所属し芸名は霧立みつる。1963年退団し、画家の岩田専太郎の秘書を経て、1964年4月に大映に入社し芸名を霧立はるみに改名。

1970年に引退し、1973年の結婚を機会に芸能界と縁が切れる[1]

フィルモグラフィー編集

脚注編集

  1. ^ 霧立はるみのプロフィール