須須神社

石川県珠洲市三崎町寺家にある神社
須須神社
高座宮本殿
高座宮本殿
所在地 石川県珠洲市三崎町寺家4-2[1]
位置 北緯37度29分54秒 東経137度20分48秒 / 北緯37.49833度 東経137.34667度 / 37.49833; 137.34667 (須須神社)
主祭神 天津日高彦穂瓊瓊杵尊・美穂須須美命・木花咲耶姫命 他3柱
社格 式内社、県社
創建 (伝)崇神天皇の治世(紀元前97年紀元前29年
本殿の様式 流造
例祭 9月14日
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須須神社奥宮
奥宮入口
奥宮入口
所在地 珠洲市狼煙町カ74[2]
位置 北緯37度30分42.1秒 東経137度19分48.5秒 / 北緯37.511694度 東経137.330139度 / 37.511694; 137.330139 (須須神社奥宮)
主祭神 美穂須須見命・武甕槌命経津主命[2]
創建 (伝)崇神天皇の治世[2]
別名 鈴ヶ嶽奧神社、鈴奧大明神[2]
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須須神社(すずじんじゃ)は、石川県珠洲市にある神社高座宮(たかくらぐう)・金分宮(きんぶんぐう)が珠洲市三崎町寺家[1]奥宮(おくみや)が珠洲市狼煙町に鎮座する[2]

概要 編集

珠洲市北東部に位置する。祭神は、天津日高彦穂瓊瓊杵尊・美穂須須美命・木花咲耶姫命、他3柱。高座宮の近隣に、須須神社奥宮と、須須神社金分宮がある。

国の重要文化財に指定されている木造男神像などの文化財を所蔵する。2015年平成27年)4月24日、「灯り舞う半島 能登 -熱狂のキリコ祭り-」の構成文化財として日本遺産に認定される。

 
(1) 須須神社高座宮
(2) 須須神社金分宮
(3) 須須神社奥宮
左下は道の駅すずなり(すずなり館)

歴史 編集

社伝では崇神天皇の治世(紀元前97年 - 紀元前29年)に創建、天平勝宝年間(749年 - 756年)現地に移転したとされる。

延喜式神名帳では国幣小社。近代社格制度では県社に列せられる。

境内には3つの鳥居があるが、2023年(令和5年)5月の奥能登地震では第一鳥居(高さ約9メートル)が崩れ、8月から撤去工事が行われた[3][4]。 さらに、2024年(令和6年)の能登半島地震では地震と津波の影響で第二鳥居が倒壊し、第三鳥居にも亀裂が入る被害を受けた[4]。このほか2024年の能登半島地震では手水舎が全壊して、本殿の扉が歪んだほか、灯籠や狛犬も被害を受けた[4]

文化財 編集

重要文化財
  • 木造男神坐像5躯
天然記念物
  • 須須神社社叢(しゃそう)

交通アクセス 編集

のと里山海道穴水I.C.から東に珠洲道路を通り、ライスセンター前交差点から県道287号線を通って約1時間。
  • 公共交通
金沢駅または穴水駅から北鉄奥能登バス運行の特急バス(珠洲特急線または珠洲宇出津特急線)に乗車、「すずなり館前」で、すずバス・狼煙飯田(海)ルートの「狼煙」行きに乗り継ぎ、「須須神社前」下車[5]

脚注 編集

  1. ^ a b 須須神社”. 石川県神社庁. 2024年1月12日閲覧。
  2. ^ a b c d e 須須神社奥宮”. 石川県神社庁. 2024年1月12日閲覧。
  3. ^ 須須神社の倒壊鳥居、公費で撤去開始”. 北國新聞 (2023年8月18日). 2023年8月18日閲覧。
  4. ^ a b c 石川・珠洲市の須須神社、昨年に続き被害甚大 猿女豊信禰宜「再興しかない」地域のために前向き”. 日刊スポーツ (2024年1月21日). 2024年1月21日閲覧。
  5. ^ 須須神社”. 珠洲市 (2022年1月17日). 2024年1月12日閲覧。

参考文献 編集

  • 境内の掲示板『須須神社 <<縁起>>』著者・設置年月日は記載なし
  • 『石川県神社誌』編集 石川県神社庁(発行 石川県神社庁 昭和51年10月26日)
  • 『加能郷土辞彙』著作 日置謙(発行 北国新聞社 昭和31年8月1日)

関連項目 編集

外部リンク 編集