高山 友照[1] (たかやま ともてる)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将キリシタン大名。勇猛で教養もあり、領民にも慕われ、誠実な武士の鑑として知られた。通称は図書、飛騨守[2]

 
高山友照
時代 戦国時代 - 安土桃山時代
生誕 不詳
死没 文禄4年(1595年
別名 大慮(号)、飛騨守図書通称
霊名 ダリオ
主君 松永久秀和田惟政惟長荒木村重
氏族 高山氏
父母 父:高山重利
兄弟 友照中川重清
高山マリア
重友(右近)太郎右衛門、娘(和田惟政室)
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生涯編集

はじめ、摂津国島下郡高山村(現在の大阪府豊能郡豊能町高山)の土豪であり三好氏の勢力下にあったが、摂津国滝山城主であった松永久秀大和国に侵攻し、永禄3年(1560年)に宇陀郡沢城を落すと、友照はその城主となった。

永禄6年(1563年)、イエズス会の宣教師ガスパル・ヴィレラを訪問することを知ったたちは領主の松永久秀に宣教師の追放を依頼した。久秀は宣教師と仏教についての知識のあるもので議論させた上で、なにか不審な点があれば追放しようと考え、清原枝賢に議論の相手をさせ、仏教に造詣の深い友照と結城忠正を討論の審査役とした。キリシタン側はヴィレラに代わってロレンソ了斎が議論を行ったが、議論の中で審査役の両名はキリスト教の教えに感化され、のちに友照はヴィレラを沢城に招いて嫡子の彦五郎(後の高山右近)をはじめとする家族とともに洗礼を受けた。

永禄11年(1568年)、織田信長足利義昭を奉じて上洛し、摂津国芥川山城から三好長逸を追い出し、足利義昭の側近であった和田惟政に与えられると、高山親子はその組下につけられた。その後、和田惟政は高槻城に移り、芥川山城には友照が城代として入った。しかし、和田惟政は池田氏との争いで討死し(白井河原の戦い)、高槻城は若年だった惟政の子・惟長が引き継いだ。惟長に暗殺されそうになった高山親子は元亀4年(1573年)4月に逆に惟長を追放し、高槻城主となった[3]。こうして摂津国北辺の高槻周辺は高山親子の所領となった。友照が宣教師らの布教を保護したこともあり、高槻ではキリシタンが増加した。

1576(77)年8月20日付フロイス書簡によれば、友照は高槻の「かつて神の社があった所」に自費で教会を設け、大きな十字架を立てた。そして「四名の組頭」を定め、「異教徒の改宗を進することや貧者の訪問、死者の理葬、祝祭に必要な物の準備、各地から来訪する信者の歓持」の役割を担うものとしたが 、その第一の組頭を友照自身が担った[4]。高槻城下における布教の中心は城主の右近ではなく、友照であった[5]1581年天正9年)に高槻城主の高山右近領内にいた人口2万5千人のうち1万8千人がキリシタンであったという[6]

天正6年(1578年)、荒木村重が信長に対して叛旗を翻すと、組下であった高山親子も高槻城に拠って信長に反抗した。これ以前に信長に反旗を翻すか否かの会議上において、友照が娘(右近の妹)と右近の息子を「謀反はするべきではない」という主張を通すために人質として荒木方に差し出したこと、信長が降伏しなければキリシタンを迫害すると通達したことなどにより、信長に降伏すべきとする右近派と、徹底抗戦するべきとする友照派が対立。キリシタンとしての心情と、人質を取られているという板挟みの中、結果として右近が単身城を出て降伏した。荒木村重が逃亡すると、抗戦した友照は捕縛され、処刑されるところであったが、右近らの助命嘆願もあり越前国へ追放された。越前では柴田勝家から客将として扱われ、建前上は幽閉の身であったが、相応の金子を与えられ自由に過ごしていたという。

信長死後は右近に従って各地を転々としていたようであるが、文禄4年(1595年)に京で熱心なキリシタンとしてその生涯を閉じた。

関連人物編集

  • コンスタンチノ - 花正の農夫コンスタンチノ・尾張のキリシタン第1号[7]

関連作品編集

テレビドラマ

関連項目編集

脚注編集

  1. ^ は「友照」で広く知られるが、発給文書などの裏付けはない。署名などは「高山飛騨守」としている。
  2. ^ 国史大事典「高山図書」の項
  3. ^ 摂津の実権を握りつつあった荒木村重の重臣に甥の中川清秀がいたこともあり、これらの承諾を得て追放劇は実現したと考えられる。
  4. ^ 松田毅一監訳 (1987-1998年). 『十六・七世紀イエズス会日本報告書』. 同朋舎 
  5. ^ 中西裕樹「高山飛騨守・右近」『『キリシタン大名 布教・政策・信仰の実相』』宮帯出版社、2017年、227頁。
  6. ^ 村上直次郎 (2002). 『イエズス会日本年報』. 丸善雄松堂 
  7. ^ 歴史への道 美和町 昭和59年3月発行 10-11P

参考文献編集

  • 松田毅一監訳『十六・七世紀イエズス会日本報告書』同朋舎、1987-1998年。
  • 中西裕樹「高山飛騨守・右近」『キリシタン大名 布教・政策・信仰の実相』宮帯出版社、2017年、212‐229頁。ISBN 9784801600188
  • ルイス・フロイス『完訳フロイス日本史』、松田毅一・川崎桃太訳、中央公論社、1979~1980年。