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美和町(みわちょう)は、名古屋市の西12km、海部郡の北端に位置していた人口約2万4千人のである。2010年3月22日に同郡甚目寺町七宝町と合併してあま市となり廃止した。蜂須賀正勝福島正則豊臣秀次溝口秀勝らの歴史上の人物を輩出した。

みわちょう
美和町
菊泉院
Flag of Miwa, Aichi.svg Emblem of Miwa, Aichi.svg
美和町旗 美和町章
1968年4月1日制定
廃止日 2010年3月22日
廃止理由 新設合併
七宝町美和町甚目寺町あま市
現在の自治体 あま市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 中部地方東海地方
都道府県 愛知県
海部郡
団体コード 23422-2
面積 9.92km2
総人口 23,937
推計人口
隣接自治体 津島市愛西市稲沢市
甚目寺町七宝町
町の木 カシ
町の花 三色スミレ
美和町役場
所在地 490-1291
愛知県海部郡美和町大字木田字戌亥18番地1
外部リンク 閉鎖

美和町 (愛知県)位置図

― 政令指定都市 / ― 市 / ― 町 / ― 村

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地理編集

隣接している自治体編集

地名編集

  • 富塚(とみつか)
  • 古道(ふるみち)
  • 二ツ寺(ふたつでら)
  • 木折(きおり)
  • 花長(はなおさ)
  • 花正(はなまさ)
  • 東溝口(ひがしみぞぐち)
  • 木田(きだ)
  • 中橋(なかはし)
  • 森山(もりやま)
  • 丹波(たんば)
  • 金岩(かないわ)
  • 蜂須賀(はちすか)
  • 北苅(きたがり)
  • 乙之子(おとのこ)
  • 小橋方(こばしがた)
  • 篠田(しのだ)

歴史編集

沿革編集

  • 1906年(明治39年) - 正則村蜂須賀村篠田村が合併して美和村発足。
  • 1958年(昭和33年) - 町制施行され美和町に。
  • 2004年(平成16年)
    • 4月 - 七宝町、大治町と3町で研究会「名古屋市との合併研究会」設置。名古屋市に合併協議を申入れたが、名古屋市からは3町の申入れを拒否された。しかし美和町、七宝町、大治町は、以後も将来的な名古屋市との合併を視野に、3町での先行合併を検討しはじめた。また甚目寺町からは美和町、七宝町、大治町との合併の参加申入れがあったが、この申入れを拒否している。
    • 7月 - 七宝町、大治町と3町で法定協議会「大治・七宝・美和町合併協議会」設置
  • 2005年(平成17年)
    • 2月 - 七宝町が合併協議から離脱を表明 したために、法定協議会「大治・七宝・美和町合併協議会」を解散
  • 2008年(平成20年)[1]
    • 5月 - 七宝町、甚目寺町、大治町との間に、東部四町合併研究会設置。
    • 11月 - 大治町の離脱により研究会を解散、七宝・美和・甚目寺町合併研究会設置。
  • 2009年(平成21年)
    • 2月 - 住民に対して合併に関するアンケートを実施。美和町では「賛成」が43.6%、「どちらかといえば賛成」が22.0%であった[2]
    • 4月 - アンケート結果を受け、七宝・美和・甚目寺町合併協議会を設置[3]
    • 7月24日 - 新設される市名として公募多数と委員会選出の計6つを候補とし、協議会での投票の結果「あま市」と決定された。同時に本町役場を市役所の本庁舎とし、七宝と甚目寺の各町役場を分庁舎とすることが決定された[4]

行政編集

歴代町長編集

  • 林一雄
  • 山田正三
  • 近藤隆(1989年 - 1995年)
  • 加藤龍夫(1995年 - 2007年)
  • 石塚吾歩路(2007年 - 2010年)

経済編集

企業編集

商業編集

公共施設編集

警察編集

文化施設編集

福祉施設編集

  • 美和総合福祉センターすみれの里

郵便局編集

  • 美和郵便局
  • 美和篠田郵便局
  • 富塚郵便局

教育編集

高等学校編集

中学校編集

  • 美和町立美和中学校

小学校編集

姉妹都市・提携都市編集

海外編集

フレンドシップ相手国

2005年に開催された愛知万博で、愛知県内の市町村(名古屋市を除く。)が120の万博公式参加国をそれぞれ「一市町村一国フレンドシップ事業」としてフレンドシップ相手国として迎え入れた。[5]

交通編集

町内にバス路線はない。また、町内を一般国道、高速道路は通っていない。 高速道路の最寄りインターは東名阪自動車道蟹江インターなど。

鉄道路線編集

主要地方道編集

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事編集

著名な出身者・関係者編集

脚注編集