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高知県立中村中学校・高等学校(こうちけんりつ なかむらちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、高知県四万十市中村丸の内にある県立中学校高等学校中高一貫教育を行っている。高知県西部の進学重点校。なお、四万十市内には市立の同名校である四万十市立中村中学校(旧・中村市立)があるため、混同されやすく、注意を要する。

高知県立中村中学校・高等学校
国公私立の別 公立学校
設置者 高知県の旗 高知県
併合学校 高知県立中村高等学校
高知県立中村女子高等学校
設立年月日 1900年
共学・別学 男女共学
中高一貫教育 併設型
分校 西土佐分校
課程 全日制課程
単位制・学年制 学年制
設置学科 普通科
学期 3学期制
高校コード 39130B
中学校コード 390175[1]
所在地 787-0003
高知県四万十市中村丸の内24番地
外部リンク 公式サイト
Portal.svg ウィキポータル 教育
Project.svg ウィキプロジェクト 学校
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高知県立中村中学校・高等学校の位置(高知県内)
高知県立中村中学校・高等学校

高等学校の設置学科編集

  • 普通科
    • 2年次より人文型・自然型に分かれる。

沿革編集

旧制中学校編集

高等女学校編集

  • 1908年(明治41年) - 私立幡多郡実業女学校として開校。
  • 1909年(明治42年) - 幡多郡立実業女学校と改称。
  • 1912年(明治45年) - 幡多郡立実科高等女学校と改称。
  • 1917年(大正6年) - 幡多郡立裁縫女学校を併設。
  • 1918年(大正7年) - 幡多郡立実科高等女学校を廃止、幡多郡立高等女学校を設置。
  • 1920年(大正9年) - 幡多郡高等女学校と改称。
  • 1922年(大正11年) - 高知県立中村高等女学校と改称。

新制高等学校編集

  • 1948年昭和23年) - 新学制実施により、高知県立中村中学校が高知県立中村高等学校に、高知県立中村高等女学校が高知県立中村女子高等学校となる。
  • 1949年(昭和24年) - 高知県立中村高等学校と高知県立中村女子高等学校が統合され、男女共学の高知県立中村高等学校となる。
  • 1977年(昭和52年) - 第49回選抜高等学校野球大会に部員12人で初出場。エース右腕の山沖之彦を擁して準優勝。「二十四の瞳」と称された。
  • 2002年平成14年) - 高知県立中村中学校が開校。
  • 2005年(平成17年) - 定時制課程の募集を停止。
  • 2007年(平成19年) - 英語科廃止。
  • 2008年(平成20年) - 定時制課程および通信制課程廃止。
  • 2017年(平成29年) - 第89回選抜高等学校野球大会21世紀枠として40年ぶり2回目の出場。初戦敗退するも、市を挙げての大応援団が応援団最優秀賞を受賞した。

出身者編集

旧制中学校卒業
  • 幸徳秋水(思想家、日本の社会主義思想の父)
  • 宮川竹馬(初代四国電力社長、旧制中学校第1期生、戦後の電力事業構想(電力九分割案)を作成した一人)
  • 上林暁(小説家、戦後期を代表する私小説作家。中村中学校・高等学校校歌の作詞は友人の草野心平による)
  • 依光好秋(政治家、旧制中学4年修了で専修大学に進学)
  • 京極純一(政治学者、日本の政治分析に計量分析を取り入れたパイオニア) 
  • 永野耐造(法医学者、元警視庁科学捜査研究所長)
  • 岡村勲(弁護士、元日本弁護士連合会副会長、全国犯罪被害者の会の設立者(代表幹事)の一人で犯罪被害者等基本法の成立に大きく貢献)
高等女学校卒業
  • 北見志保子(女流歌人、幡多実業女学校卒業、大正 - 昭和時代の女流歌人。北原白秋、古泉千樫に師事)
新制高等学校卒業

関連項目編集

外部リンク編集

脚注編集

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  1. ^ 高知県所属中学コード表 - 教育開発ONLINE (PDF)”. 教育開発出版株式会社. 2018年12月13日閲覧。