鶴山公園(かくざんこうえん)は、津山市にある歴史公園である。明治廃城令で民間に払い下げられていた津山城の中心部を当時の津山町が町有とし、1900年(明治33年)に鶴山公園として公開した[1]。津山城址鶴山公園ともいう。古地名としては「つるやま」だが、城の通称、および公園名は「かくざん」である。

鶴山公園
津山城 備中櫓と桜.jpg
桜の季節の備中櫓
鶴山公園の位置(岡山県内)
鶴山公園
所在地
座標 北緯35度3分41.5秒 東経134度0分20.2秒 / 北緯35.061528度 東経134.005611度 / 35.061528; 134.005611座標: 北緯35度3分41.5秒 東経134度0分20.2秒 / 北緯35.061528度 東経134.005611度 / 35.061528; 134.005611
面積 8.5ヘクタール
前身 津山城
運営者 津山市
公式サイト 津山市観光協会公式サイト つやま小旅
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概要編集

平山城だった旧津山城の主要部分を整備した公園で、石垣の連なりは地上から45mに及ぶ。公園化後に植えられた約1000本のサクラが花開く季節には「津山さくらまつり」が催され、夜間ライトアップもされる。日本さくら名所100選にも選ばれ、西日本有数のサクラの名所として知られる[2][3]

公園内はサクラをはじめ四季折々に様々な花が見られ、11月には「津山城もみじまつり」が行われる[4][5]

  • サクラ(桜) 4月上旬‐4月中旬 
  • フジ(藤)  4月下旬‐5月上旬
  • ツツジ   4月下旬‐5月上旬
  • 紅葉    10月下旬‐11月中旬 

 

歴史編集

津山城跡を整備し1900年(明治33年)以降、鶴山公園として開放、1963年(昭和38年)9月28日、国の文化財保護法による史跡に指定された。天守閣などは1874年(明治7年)の売却後、直ちに取り壊されたが、本丸・二の丸・三の丸の石垣はほぼ完全な形で残り、当時の面影を伝えている[6]

 
表鉄門(おもてくろがねもん)跡付近から城東地区を見下ろす

桜の植樹編集

1873年(明治6年)の廃城令以降、桑畑と雑草の広がる荒地となっていた。1890年(明治23年)本丸西北にある腰巻櫓の石垣が崩落したことをうけ、津山城跡保存の機運が高まり、1891年(明治24年)には鶴山城址保存会が設立された。城内は国有地、県有地、私有地が混在し、同保存会は官有地拝借による保存を模索したが、許可を得ることができず、公園整備には至らなかった。津山町は用地問題の解決に向け土地の取得を続けるとともに、1899年(明治32年)には県有地が無償で払い下げられる。1899年(明治32年)から1900年(明治33年)にかけて残る一部の私有地についても取得が完了し、1900年(明治33年)春、津山町の管理のもと、鶴山公園が開園した。 鶴山公園の開園を機に、整備のあり方を検討する公園委員が津山町議会に組織され、1902年(明治35年)には牡丹桜と染井吉野などが試験的に植樹された。 その後、日露戦争の帰還兵が苗を寄付したことを契機として植樹が進み、1915年(大正4年)と1928年(昭和3年)の二度の御大典記念植樹で約2,000本の桜が植樹され、全山が桜で覆われるようになった。これらの植樹にあたっては、1905年(明治38年)に津山町議会に初当選を果たした福井純一が私財を投じるとともに寄付集めを行い、その中心的な役割を担った[7]

沿革編集

  • 1891年(明治24年) 鶴山城址保存会が設立されるが城内に国有地、県有地、私有地が混在し、公園整備に至らなかった。
  • 1900年(明治33年) 城内の全ての土地を津山町が公有地化したことにより、鶴山公園として成立した。同年、津山町議会に公園委員会が組織され、整備のあり方が検討された。
  • 1902年(明治35年) 牡丹桜と染井吉野などが試験的に植えられた。
  • 1905年(明治38年) 津山町議会に初当選を果たした福井純一が公園委員に加わる。
  • 1907年(明治40年)ころ 日露戦争の帰還兵が苗を寄付したのが契機となり、公園としての様相が一応整った。
  • 1915年(大正4年) 本丸、二の丸及び三の丸南側において御大典記念植樹が行われた。
  • 1917年(大正6年) 津山産業博覧会開催。
  • 1928年(昭和3年) 公園東側を中心に御大典記念植樹が行われた。
  • 1936年(昭和11年) 産業振興大博覧会開催。
  • 1955年(昭和30年) 津山市立動物園(鶴山動物園)を公園内三の丸に開設[8]
  • 1963年(昭和38年) 「津山城跡」として国の史跡に指定される。
  • 2005年(平成17年) 備中櫓(びっちゅうやぐら)の復元工事完成、一般公開される。
  • 2011年(平成23年) 市立鶴山動物園を老朽化のために閉鎖[9]
  • 2017年(平成29年) 三の丸動物園跡地の愛称を「津山城つるまる広場」に定める[10]

施設編集

備中櫓編集

本丸御殿の南に位置し、その名は森忠政の娘婿である池田備中守長幸に由来すると伝えられている。 築城400年の記念事業として復元され、2005年(平成17年)春から一般公開されている [11]

文学碑編集

  • 鐘つかぬ里は何をか春のくれ 松尾芭蕉(1903年(明治36年)設置)[12]
  • 生ぬくきにほひみたせて山さくら 咲ききはまれば雨よぶらしも 尾上柴舟(1954年(昭和29年)設置)[12]
  • おのつからあゆみもおそくなりにけり さくら花さくのへのかよひち 直頼高(1978年(昭和53年)設置 薬研堀前)[12]
  • 秋風や城といふ名に石枯るる 大谷碧雲居(1978年設置 薬研堀前)[12]
  • 花屑にきのふけふなし苔の艶 大谷碧雲居(1978年設置 鶴山塾前)[12]
  • おくられて来しを身ながらおくらるる 人の悲しさかへり見もせず 棟方志功(2005年(平成17年)設置)[12]
  • 津山なる城跡づたひさまよへど かのひとまさず雲流れつつ 棟方志功(2005年設置)[12]
津山文化センター前(鶴山公園の北西に隣接)
  • 佐保姫に合ふ靴をおく花の下 白石不舎(2012年(平成24年)設置 文化センター前)
  • 花冷えの城の石崖手で叩く 西東三鬼(1978年設置 文化センター前)[12]

鶴山館編集

1765年(明和2年)には五代藩主松平康哉の時代に津山藩藩校として学問所が設けられた[13]。1870年(明治3年)には学問所から修道館に改称し、1871年(明治4年)の廃藩によって廃校となった[13]

その後は北条県立中学校の校舎、共立小学校の校舎、区務所、郡役所、幼稚園、私立学校、町立高等小学校、県立中学校、県立女学校などさまざまな組織がこの建物を使用したが、1904年(明治37年)に鶴山公園内に移築され、「鶴山館(かくざんかん)」と名付けられた[14]

鶴山城址碑編集

1873年(明治6年)の廃城令により、城は撤去され、跡地は公売された。本丸や二の丸、三の丸跡には桑や茶が植えられ、この事態に遭遇した旧藩士たちが、この地が城であったことを後世に伝えるために、1877年(明治10年)本丸跡に「鶴山城址碑」を建立した[15]

主な催し編集

 
もみじが色づいた鶴山公園
  • 1月 - 初日の出
  • 4月 - 津山さくらまつり
  • 5月 - 牛うまっ王選手権
  • 9月 - 津山城観月会
  • 11月 - 津山城もみじまつり

過去に行われた催し編集

 
1936年の産業振興大博覧会

鶴山公園では過去3回博覧会が行われた[16]

  • 1917年(大正6年)津山産業博覧会 会期4月20日-5月19日 
  • 1936年(昭和11年)産業振興大博覧会 会期3月26日-5月5日 国鉄姫津線(現在の姫新線)開通を祝って開催された。この博覧会で姫路城天守閣をモデルとした模造天守(パビリオン)が建てられた。この模造天守は市民からは「張りぼて」の愛称で親しまれていたが、1945年(昭和20年)8月に解体された[17]
  • 1959年(昭和24年)市制20周年記念博覧会 会期4月1日-5月10日
  • 2013年(平成25年)近畿・中国・四国B-1グランプリin津山 5月25日-26日[18]

隣接・周辺施設編集

神社仏閣編集

公共施設編集

  • 津山観光センター
  • 津山市役所
  • 美作県民局

文化・商業施設編集

アクセス編集

脚注編集

  1. ^ 『岡山県大百科事典 下巻』山陽新聞社、1980年、225頁「津山城」の項
  2. ^ 『津山市 おすすめ観光スポット』津山市・津山市観光協会、2016年、2頁
  3. ^ 『るるぶ情報版 岡山 倉敷 蒜山'16』JTBパブリッシング、2015年、74頁
  4. ^ 津山城(鶴山公園)(晴れらんまん おかやま旅ネット)”. 公益社団法人 岡山県観光連. 2017年11月26日閲覧。
  5. ^ 2017津山城もみじまつり”. 2017年11月26日閲覧。
  6. ^ 『想い出小箱 津山路』岡山県津山地方振興局、1992年、3頁
  7. ^ 『津山城百聞録』津山市、2009年、230-251頁
  8. ^ 津山市史編さん委員会『津山市史 第七巻』津山市、1985年、年表10
  9. ^ 山陽新聞 2011年10月4日 24頁
  10. ^ 津山朝日新聞 2017年11月24日 1頁、11月27日 1頁
  11. ^ 『備中櫓復元整備基本計画書』津山市教育委員会
  12. ^ a b c d e f g h 福田景門『石の声―みまさか文学碑―』美作観光連盟、2006年(三訂版)
  13. ^ a b 岩下哲典『津山藩』〈シリーズ藩物語〉現代書館、2017年、112-113頁
  14. ^ 津山市史編さん委員会『津山市史 第七巻』津山市、1985年、217頁
  15. ^ 津山市史編さん委員会『津山市史 第六巻』津山市、1980年、281頁
  16. ^ 『津山城百聞録』津山市、2009年、248-249頁
  17. ^ 『津山市暮らしの便利帳』津山市、2009年、26頁
  18. ^ 山陽新聞 2013年5月27日 25頁

関連項目編集

外部リンク編集