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黒田 直侯(くろだ なおよし)は、上総久留里藩の第6代藩主。久留里藩黒田家7代。

 
黒田直侯
時代 江戸時代後期
生誕 寛政5年11月26日1793年12月28日
死没 嘉永3年3月19日1850年4月30日
改名 力之助(幼名)、直侯
戒名 喬松院道濡
墓所 埼玉県飯能市の能仁寺
官位 従五位下、豊前守、対馬守、伊勢
幕府 江戸幕府
上総国久留里藩
氏族 酒井氏黒田氏
父母 父:酒井忠徳、養父:黒田直方
兄弟 酒井忠器水野忠実直方
市橋長富内藤政民小笠原長泰
正室:松浦清の娘・参子(瑞光院)
直和徳永直挙、娘(松平輝承正室)
養子:直静

寛政5年(1793年)11月26日、出羽庄内藩の第7代藩主・酒井忠徳の妾腹の三男として江戸で生まれる。

文化9年(1812年)5月に久留里藩の第5代藩主・黒田直方養子となり、 9月13日に直方の隠居にともない家督を継いだ。 12月には従五位下、豊前守に叙位・任官する。

文化11年(1814年)2月、大坂加番に任じられる。

文化12年(1815年)11月に奏者番に任じられ、文化13年(1816年)5月まで在任した。

文政6年(1823年)10月21日、養子の直静に家督を譲って隠居する。

文政9年(1826年)9月、伊勢守に遷任する。

嘉永3年(1850年)3月19日に死去した。享年58。