アンタレス
アンタレス[10](Antares)は、さそり座α星、さそり座で最も明るい恒星で全天21の1等星の1つ。夏の南の空に赤く輝くよく知られる恒星の1つである[11]。
アンタレス[1] Antares[2][3] | |
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仮符号・別名 | さそり座α星[4] |
星座 | さそり座 |
視等級 (V) | 0.91[4] 0.88 - 1.16(変光)[5] |
変光星型 | 脈動変光星 (LC)[5] |
位置 元期:J2000.0[4] | |
赤経 (RA, α) | 16h 29m 24.45970s[4] |
赤緯 (Dec, δ) | −26° 25′ 55.2094″[4] |
赤方偏移 | -0.000012[4] |
視線速度 (Rv) | -3.50km/s[4] |
固有運動 (μ) | 赤経: -12.11 ミリ秒/年[4] 赤緯: −23.30 ミリ秒/年[4] |
年周視差 (π) | 5.89 ± 1.00ミリ秒[4] (誤差17%) |
距離 | 約 550 光年[注 1] (約 170 パーセク[注 1]) |
絶対等級 (MV) | -5.2[注 2] |
物理的性質 | |
スペクトル分類 | M0.5Iab+B3V[4] |
色指数 (B-V) | +1.83[6] |
色指数 (U-B) | +1.34[6] |
色指数 (R-I) | +1.23[6] |
別名称 | |
別名称 | |
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さそり座α星A[7] | |
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位置 元期:J2000.0[7] | |
赤経 (RA, α) | 16h 29m 24.461s[7] |
赤緯 (Dec, δ) | −26° 25′ 55.21″[7] |
物理的性質 | |
半径 | 800から900 R☉[8] |
質量 | 15.5 M☉ |
自転速度 | 20km/s |
スペクトル分類 | M1.5Iab-Ib[7] |
表面温度 | 3500K |
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アンタレスB | |
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仮符号・別名 | さそり座α星B[9] |
視等級 (V) | 5.2[9] |
位置 元期:J2000.0[9] | |
赤経 (RA, α) | 16h 29m 24.2s[9] |
赤緯 (Dec, δ) | −26° 25′ 51″[9] |
赤方偏移 | 0.000006[9] |
視線速度 (Rv) | 1.8km/s[9] |
物理的性質 | |
スペクトル分類 | B2.5V[9] |
別名称 | |
別名称 | |
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特徴編集
アンタレスはかつては1733日の周期で0.88等から1.8等まで変光するSRA型の半規則型変光星とされていたが[12]、実際はそれほど大きな光度変化は見られず、変光星総合カタログでは0.88等から1.16等まで変光するLC型の脈動変光星と[5]、アメリカ変光星観測者協会では2180日の周期で0.75等から1.21等まで変光するSRC型の半規則型変光星と[13]、『2008年 天文観測年表』では0.9等から1.2等まで変光するLC型の変光星と各々分類されている[14]。従って眼視観測ではアンタレスの変光はほとんどわからない(ちなみに眼視観測で変光が分かるのは変光範囲が0.5等以上の星である)。むしろさそり座δ星の方がアンタレスより変光範囲は大きい(さそり座δ星の変光範囲は1.7等~2.3等なので、眼視観測でも変光が確認できる)。
アンタレスはかつて直径が太陽の230倍とされ、「理科年表」も長らくこの値を採用していたが、実際はもっと大きな星で、直径は太陽の600倍ないし800倍である(理科年表2009年版では太陽の720倍に変更されている)。以前は明るさと表面温度から大きさを推定していたが、現在は干渉計によって実測しており、過去と現在の直径の違いはこれを反映している。明るさは太陽の8000倍ないし1万倍と考えられている。なお、赤外線を含めて計算すると明るさは太陽の6.5万倍である。非常に大きな直径と太陽よりはるかに明るい光度、そして表面温度が3500Kであることからアンタレスが赤色超巨星であることがわかる。
伴星編集
アンタレスは実視連星で、1.09等の主星(アンタレスA)から2.9秒離れたところに5.2等の伴星(アンタレスB)が輝いている。伴星は主星から550天文単位の距離にあるものと推測されている。2つの星のスペクトル型はアンタレスAがM1.5でアンタレスBがB2.5なのでアンタレスAが赤く、アンタレスBが青白く見えるはずだが、実際にはアンタレスAとの色の対比効果によりアンタレスBは緑色に見えることが多い。またアンタレスAも「赤」とはいっても「真っ赤」というよりはオレンジがかった赤色に輝いて見える。伴星は主星の370分の1の明るさしかないが、それでもなお太陽の170倍の明るさで輝いている。2つの星の光度差が大きいため、分離には口径150mmほどの望遠鏡が必要であると言われるが、長焦点の良好な光学系を持つ80mm屈折望遠鏡で観測の報告例もある。小口径で主星と伴星を分離してみるには、両星の光度差が大きいため望遠鏡の視界のコントラストに影響を与える内面処理も光学系の精度とともに重要である。伴星は主星が月により掩蔽される際に、小口径の望遠鏡で数秒間見ることができる。伴星は、1819年4月13日の月によるアンタレス食の際に発見された。伴星の軌道についてはよく分かっていないが、878年の周期で公転しているものと推測されている。
掩蔽(えんぺい)編集
アンタレスは白道に近い位置にあるので、月による掩蔽即ち星食が見られることもある。他の恒星が月に隠される場合は、その光は瞬間的に消失するが、アンタレスでは10分の1秒ほどかかる。アンタレスの視直径(見かけの大きさ)が非常に大きいためである。また、黄道から5度以内に位置する4つの1等星のうちの1つであるため、まれに惑星による掩蔽が起きる場合がある。2400年11月17日には、金星によるアンタレス食が起きる。毎年12月2日頃、アンタレスの北5度の位置を太陽が通過する。
名称編集
固有名のアンタレスは、巷間「火星(アレース)に対抗(アンチ)するもの」の意味であると伝えられるが、正しくはギリシャ語で「火星に似たもの」を意味する Άντάρης に由来する[1][2][15]。黄道の近くに位置し、その赤い色から火星に間違われたことからその名前が付いたものと考えられている[15]。2016年6月30日に国際天文学連合の恒星の命名に関するワーキンググループ (Working Group on Star Names, WGSN) は、Antares をさそり座α星の固有名として正式に承認した[3]。
和名の赤星(あかほし)や、古い漢語で火(か)、大火(たいか)と呼ぶのも、星の色に由来している。詩経「豳風七月」には「七月流火」の句があり、「火」はこの星を指し、「黄昏時に火が西へ沈む」ことで秋の訪れを意味するが[16]、しばしば「火の如く暑くなる七月」と誤解される[17]。
ほかにもコル・スコルピイ(ラテン語: Cor Scorpii)、ル・クール・デュ・スコルピヨン(フランス語: le Cœur du Scorpion)、カルブ・ル・アクラブ(アラビア語: قلب العقرب ; qalb l-`aqrab)、コラサォン・デ・エスコルピアォン(ポルトガル語: Coração de Escorpião)など各国語の固有名を持ち、これらはいずれも「さそりの心臓」の意。
学名のアルファ・スコルピイ(α Scorpii、略号α Sco)で呼ばれることもある。
アンタレスと関連のある天体編集
IC 4606編集
別名vdB107とも呼ばれる。HII領域であり[18]、アンタレスの周りを取り囲んで赤く輝いている。IC 4606は、他のHII領域のようにHα線も観測されているが、主に1階電離の鉄による輝線で光る星雲である[19][20]。
Cr302編集
アンタレスはさそり─ケンタウルスアソシエーション(さそり─ケンタウルス運動星団或いはさそり─ケンタウルス星流とも呼ばれる)の最も明るいメンバーであるが、そのなかでアンタレスを中心としたさそり座周辺(てんびん座、へびつかい座も含む)の星を特にCr302(さそり座OB2またはアンタレス運動星団とも呼ばれる)と呼ぶ。Cr302は散開星団に分類されるが[21]、明るい星が多いものの散開星団としてはまばらなので見応えはあまりない。
Cr302の主なメンバー一覧編集
脚注編集
注釈編集
出典編集
- ^ a b 原恵『星座の神話 - 星座史と星名の意味』恒星社厚生閣、2007年2月28日、新装改訂版第4刷、137頁。ISBN 978-4-7699-0825-8。
- ^ a b Paul Kunitzsch; Tim Smart (2006). A Dictionary of Modern star Names: A Short Guide to 254 Star Names and Their Derivations. Sky Pub. Corp.. p. 52. ISBN 978-1-931559-44-7
- ^ a b “IAU Catalog of Star Names”. 国際天文学連合. 2016年11月6日閲覧。
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q “* alf Sco -- Double or multiple star”. SIMBAD Astronomical Database. 2017年3月13日閲覧。
- ^ a b c “GCVS”. Results for alf Sco. 2015年10月12日閲覧。
- ^ a b c Hoffleit, D.; Warren, W. H., Jr. (1995-11). “Bright Star Catalogue, 5th Revised Ed.”. VizieR On-line Data Catalog: V/50. Bibcode: 1995yCat.5050....0H .
- ^ a b c d e “Results for alf Sco A”. SIMBAD Astronomical Database. 2017年3月13日閲覧。
- ^ “Antares: Betelgeuse's Neglected Twin”. aavso.org. AAVSO. 2020年11月7日閲覧。
- ^ a b c d e f g h i “* alf Sco B -- Emission-line Star”. SIMBAD Astronomical Database. 2013年1月14日閲覧。
- ^ “おもな恒星の名前”. こよみ用語解説. 国立天文台. 2018年11月14日閲覧。
- ^ “大辞林 第三版の解説”. コトバンク. 2018年2月4日閲覧。
- ^ 藤井旭「星座ガイドマップ さそり座」『天文ガイド』、誠文堂新光社、1981年7月、 25-26頁。
- ^ “VSX : Detail for alf Sco”. AAVSO. 2020年11月7日閲覧。
- ^ 『2008年 天文観測年表』天文観測年表編集委員会、地人書館、2007年11月20日、初版第1刷、175頁。ISBN 978-4-8052-0789-5。
- ^ a b Jim Kaler. “Antares”. STARS. 2016年11月6日閲覧。
- ^ 大阪大学言語文化研究科杉村博文教授エッセイ、2016年6月7日閲覧。
- ^ 七月流火 - 中国国際放送局、2016年6月7日閲覧。
- ^ “IC 4606 -- HII (ionized) region”. SIMBAD Astronomical Database. CDS. 2020年11月7日閲覧。
- ^ Swings, J. P.; Preston, G. W. (1978). “The spectrum of the Antares nebula”. The Astrophysical Journal 220: 883. Bibcode: 1978ApJ...220..883S. doi:10.1086/155977. ISSN 0004-637X.
- ^ Braun, K. et al. (2012). “A hydrodynamic study of the circumstellar envelope of α Scorpii”. Astronomy & Astrophysics 546: A3. arXiv:1208.5866. Bibcode: 2012A&A...546A...3B. doi:10.1051/0004-6361/201219659. ISSN 0004-6361.
- ^ 渡部潤一『図説 新・天体カタログ─銀河系内編』立風書房、1994年1月10日。ISBN 4-651-74509-1。
関連項目編集
外部リンク編集
- Antares: Betelgeuse's Neglected Twin - アメリカ変光星観測者協会公式サイト内のページ。
- SPACEDOG - Scorpius -(アンタレスについてのデータも載っている)