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星座(せいざ、: constellation)は、天球赤経赤緯の線に沿った境界線で区切った領域のこと[1][2]。かつては、複数の恒星が天球上に占める見かけの配置を、その特徴から連想した人、神、動物、物などさまざまな事物の名前で呼んだものであった[2]。古来さまざまな地域・文化や時代に応じていろいろなグループ化の方法や星座名が用いられた。

左は北半球、右は南半球の星座

概要編集

天文学的には恒星同士の見かけの並びに特段の意味は無い。プレアデス(すばる)などの散開星団を除き、星座を構成する星は互いに天体力学的な関連をもって並んでいるわけではなく、地球からの距離もまちまちで、太陽系の位置からたまたま同じ方向に見えるだけである。しかし、古来星座にまつわるさまざまな伝説・神話が伝承されているため、これらの物語が宇宙や天体観測に興味を持つきっかけとなる人も多く、天文学の入門として広く話題に取り上げられ、親しまれている。

星座以外に、特定の星の並びに対して付けられた非公式な呼び名としてアステリズム: asterism星群)もある。例えば、「北斗七星」はおおぐま座の一部で、くまのしっぽにあたる目立った7個の星がひしゃく状をなすことから名づけられた名前である。

歴史編集

古代エジプト・メソポタミア・ギリシア編集

古代エジプトの遺跡で、星の並びを人などに見立てた図が発見されている。この星座は総称してデカン英語版と呼ばれ、一年を360日として十日ごとの区画に割る指標として用いられていたが、一部を除いて同定されていないものが多く、現在も研究が続けられている(エジプト天文学英語版)。これが記録に残る最古の星座である。なお、現在の88星座に直接結びついてはいない。星同士を結んで星座を作る風習がのちにメソポタミア文明に伝わり(バビロニア天文学英語版)、ここで現在の星座の原型ができたと考えられる。ただし、エジプトとは独立して、別個に星座を作ったという可能性もある。

最初に決められた星座は、黄道十二星座である。物的な証拠は残っていないが、メソポタミア文明以前から住み着いていた羊飼いによって設定されたという説がある。ヒツジ、ヤギ、ウシといった家畜がすべてこの黄道十二星座に含まれているのが間接的な証拠とされるが、羊飼いが設定した星座は12個ではなかった可能性もある。ただし、欧米ではこの「羊飼い説」はその資料を探すのも困難で、物的資料からも星座の起源は紀元前5世紀頃とされて久しい。日本でのみ羊飼い説が信じられているが、最近の関連図書ではようやく紀元前5世紀が正しいとするものも出てきた。

これらの黄道の星座はメソポタミア文明に取り入れられ、西洋占星術の基礎となった。メソポタミアのムル・アピン英語版粘土板(紀元前6世紀、写しは大英博物館蔵)には、黄道十二星座を含め66の星座のリストが存在し、メソポタミアの神に基づくエンリルの道、アヌの道、エアの道に大別される。これらは古代エジプトを通じて古代ギリシアに伝わり、ギリシア人たちは自分たちの神話体系にこれを取り入れるとともに、自分たちでもさらに新しい星座を設定した。ギリシア人が設定した星座にはみな神話がついている。

古代ギリシアでの星座への言及で最も古いものは、紀元前9世紀ホメロスの二大叙事詩『イーリアス』『オデュッセイア』で、星座名としてはおおぐま座、オリオン座、うしかい座が登場した。

紀元前4世紀の天文学者エウドクソスは、現代につながる44星座を決定したとされるが、その著書は残っていない。かわりに紀元前3世紀の小アジア生まれのマケドニアの詩人アラトスがこの44星座を詩にし、これが残っている。プレアデスとヒュアデスの2星団を星座にしているほかは、ほぼ現行のものが使われていた。

現代につながる49星座の設定者は紀元前2世紀の天文学者ヒッパルコスで、アラトスのものに修正を加え、現在にすべてつながる46星座を決定した。この後、トレミーの48星座とかみのけ座を合わせた全49星座を決定したという説もあるが、その著書は残っていない。

紀元2世紀クラウディオス・プトレマイオストレミーの48星座を決定した。彼はかみのけ座を認めなかった。この48星座を決定した者はヒッパルコスだという主張もあるが、著書の残るプトレマイオスの名をとり、今でもこれらの星座は「トレミーの48星座」と呼ばれ続けている。なお、トレミーはプトレマイオスの英語読みである。これは長く標準となり、16世紀までは変更が加えられることはなかった。

古代中国編集

星の集合体

中国では星空を天上世界の官僚機構に見立て、星同士を結ぶ線で構成される形を「星官」と呼んだ。西洋の星座と違い、1星や2星といった少数の星によって構成されるものも多いことが特徴である。古来より天文家ごとに星官の名称は異なっていたが、三国時代の陳卓が石氏・甘氏・巫咸三家の星官を統合して283官1464星とし、以後、この体系が沿用された。なお代の「蘇州・石刻天文図」には1440星が刻されている[3]

天球上の領域

星官は西洋天文学の星座と異なり、それ自体に星空を分割した区画の意味は含まれていない。天球上をある程度の面積をもった領域に区分した天区には三垣二十八宿の体系が作られた。個々の天区は天の北極付近、および、黄道沿いにある主要な星官に距星が置かれ、その距星のある星官によって名前がつけられている。

また二十八宿を7宿ごとにまとめた四象があり、東方青龍・北方玄武・西方白虎・南方朱雀に四分された。

なお、三垣二十八宿や四象は星官にもとづいた不均等区分の天球分割法であるが、中国天文学にはこの他に天球を12の区画に均等区分した十二次十二辰といったものがあった。十二次・十二辰の領域や境界は二十八宿の度数を座標系として使用することによって表された。

大航海時代以降編集

16世紀、大航海時代が始まると、プトレマイオスが観測できなかった南天にも星が続々と見つかった。地動説が唱えられはじめ、プトレマイオスの絶対的な権威は薄らいだ。16世紀末に、オランダの航海者ペーテル・ケイセルフレデリック・デ・ハウトマンが遺した記録を元に、1603年ヨハン・バイエルが『ウラノメトリア』に南天の星座を描き、以後「バイエル星座」として知られるようになった[4]。この後、天動説が信じられなくなると、プトレマイオスの権威は低下し、さまざまな天文学者が続々と新しい星座を設定した。ただし、ヨハネス・ヘヴェリウスの7星座とニコラ・ルイ・ド・ラカーユの14星座を除き、ほとんどがその後は生き残れなかった。この時代に北天に設定された星座は、星が少なく星座が設定されていなかった領域に星座を作ったような例が多い。また、王侯貴族にちなんで名付けられたものも多かったが、その他の国に認められず、ほとんどが消えていった。その他、ドイツの天文学者で宗教家のジュリアス・シラーは、キリスト教の伝聞に基づいた星座を設定し1627年に出版したが、現在はどれも使われていない[5][注 1]

現在の星座(IAU方式)編集

現在の88星座の原型となったのは、アメリカの天文学者エドワード・ピッカリングが1908年に刊行した「ハーバード改訂光度カタログ (Harvard Revised Photometry Catalogue) 」である[6]。この星表では、北天はフリードリヒ・ヴィルヘルム・アルゲランダーの「アルゲランダー星図 (Uranometria Nova) 」(1843年)やそれを改訂したエドゥアルト・ハイスの「Atlas Coelestis Novus」(1872年)、南天はベンジャミン・グールドの「Uranometria Argentina」(1877 - 1879年)で使用された星座を引用していた[6][7]。20世紀初頭に標準参照されたこの星表で使われた星座がほぼそのまま採用されることとなる。

1922年に国際天文学連合 (IAU) の第1回総会がローマで開催された際、全天の星座は88個とされ、同時にその名称が承認された[6][8]。名称と合わせて、デンマークアイナー・ヘルツシュプルングアメリカヘンリー・ノリス・ラッセルの提案により、アルファベット3文字で表記する略号も定められた[6][8][注 2]。またこの時、ベルギーウジェーヌ・デルポルトとカスティールズは、北天の星座に対して赤道座標経線緯線に平行な円弧で境界線を設けることを提案した[9]。これは、グールドが南天の星座に対して境界線を定めたのと同じ手法であった[9]。IAUは、1925年にケンブリッジで開催されたIAU総会で「星座の科学的表記」の分科会を設立し[9]、デルポルトに赤緯-12.5°以北の天球上の境界線を策定するよう要請した[9]。デルポルトはグールドと同じく1875.0分点を基準とした境界線の案を1925年10月から1927年9月にかけて策定してIAUに提出し、この案が1928年にライデンで開催された第3回IAU総会で承認された[9]。IAUは、北天と同じく南天の星座の境界線も定めるように要請、これを受けたデルポルトはグールドの定めた境界線のうち斜めに線が引かれたものを修正し、なおかつ1つの恒星も所属する星座が変わらないように境界線の改訂案を策定した[9]。この案がIAUで承認され、1930年にケンブリッジ大学出版会から「Délimitation Scientifique des Constellations」と「Atlas Céleste」という2つの出版物として刊行されたことにより、現在の88の星座の境界線も確定された[8]。このようにして、各星座の名称と領域が厳密に決められたことによって、あらゆる太陽系外の天体は必ずどれか1つの星座に属することとなった。

現在の88星座は、「トレミーの48星座」をベースに、近世に考案された新たな星座を加えることで成立したが、採用されなかった星座も数多くある。例えば、ジェローム・ラランドが考案した「しぶんぎ座」は、現在はうしかい座りゅう座の一部とされている。これにちなんでりゅう座ι星近辺を輻射点とする流星群には正式に「しぶんぎ座流星群 (Quadrantids)」の名が付けられている。

和名編集

88の星座とそのラテン語での正式名は決まった後も、日本語での訳名は各天文団体ごとに若干異なる訳名が使われていた。1944年に学術研究会議(現日本学術会議)が訳名を定めるとこれが全国的に使われるようになった。その後数度の改定を経ており、1994年の「学術用語集天文学編(増訂版)」で「はい座」が「はえ座」と改称されたのが最も新しい改定である。なお、学術用語としての星座名は、平仮名または片仮名で表記される。

また、これら学術用語とは別に、星の並び(アステリズム)に対して地方によって様々な呼称が存在する(星・星座に関する方言を参照)。

星座の一覧編集

国際天文学連合による88星座編集

和名 略号 ラテン語名 備考
アンドロメダ座 And Andromeda
いっかくじゅう座 Mon Monoceros
いて座 Sgr Sagittarius
いるか座 Del Delphinus
インディアン座 Ind Indus
うお座 Psc Pisces
うさぎ座 Lep Lepus
うしかい座 Boo Boötes
うみへび座 Hya Hydra
エリダヌス座 Eri Eridanus
おうし座 Tau Taurus
おおいぬ座 CMa Canis Major
おおかみ座 Lup Lupus
おおぐま座 UMa Ursa Major
おとめ座 Vir Virgo
おひつじ座 Ari Aries
オリオン座 Ori Orion
がか座 Pic Pictor 旧称は Equuleus Pictoris
カシオペヤ座 Cas Cassiopeia
かじき座 Dor Dorado
かに座 Cnc Cancer
かみのけ座 Com Coma Berenices 古来は星群だった
カメレオン座 Cha Chamaeleon
からす座 Crv Corvus
かんむり座 CrB Corona Borealis
きょしちょう座 Tuc Tucana
ぎょしゃ座 Aur Auriga
きりん座 Cam Camelopardalis
くじゃく座 Pav Pavo
くじら座 Cet Cetus
ケフェウス座 Cep Cepheus
ケンタウルス座 Cen Centaurus
けんびきょう座 Mic Microscopium
こいぬ座 CMi Canis Minor
こうま座 Equ Equuleus
こぎつね座 Vul Vulpecula 旧称は Vulpecula Cum Ansere
こぐま座 UMi Ursa Minor
こじし座 LMi Leo Minor
コップ座 Crt Crater
こと座 Lyr Lyra
コンパス座 Cir Circinus
さいだん座 Ara Ara
さそり座 Sco Scorpius 別名 Scorpio
さんかく座 Tri Triangulum
しし座 Leo Leo
じょうぎ座 Nor Norma
たて座 Sct Scutum
ちょうこくぐ座 Cae Caelum
ちょうこくしつ座 Scl Sculptor
つる座 Gru Grus
テーブルさん座 Men Mensa 旧称は Mons Mensæ
てんびん座 Lib Libra
とかげ座 Lac Lacerta
とけい座 Hor Horologium
とびうお座 Vol Volans 旧称は Piscis Volans
とも座 Pup Puppis
はえ座 Mus Musca
はくちょう座 Cyg Cygnus
はちぶんぎ座 Oct Octans
はと座 Col Columba
ふうちょう座 Aps Apus
ふたご座 Gem Gemini
ペガスス座 Peg Pegasus
へび座 Ser Serpens
へびつかい座 Oph Ophiuchus
ヘルクレス座 Her Hercules
ペルセウス座 Per Perseus
ほ座 Vel Vela
ぼうえんきょう座 Tel Telescopium
ほうおう座 Phe Phoenix
ポンプ座 Ant Antlia
みずがめ座 Aqr Aquarius
みずへび座 Hyi Hydrus
みなみじゅうじ座 Cru Crux
みなみのうお座 PsA Piscis Austrinus
みなみのかんむり座 CrA Corona Australis
みなみのさんかく座 TrA Triangulum Australe
や座 Sge Sagitta
やぎ座 Cap Capricornus 別名 Capricorn
やまねこ座 Lyn Lynx
らしんばん座 Pyx Pyxis
りゅう座 Dra Draco
りゅうこつ座 Car Carina
りょうけん座 CVn Canes Venatici
レチクル座 Ret Reticulum
ろ座 For Fornax
ろくぶんぎ座 Sex Sextans
わし座 Aql Aquila

★:りゅうこつ座とも座ほ座の3星座は、かつてはアルゴ座としてひとつの星座だった。

現在採用されていない星座編集

北半球・南半球からの観望編集

北半球では星空は北極星を中心に反時計回りの方向で動いて見える[10]。北半球において南を向いて星空を観察すると星は東から昇り西へと沈む[10]。南半球では天の南極を中心とした星空の動きが見えるが、天の南極の位置には天の北極の北極星にあたるような明るい星は存在しない[10]。北半球と南半球とでは星座が上下逆さまに見えるため印象も大きく異なる[10]。極付近に近づくにしたがって星は横方向に流れるような動きになる[10]

下記は日本からの観望の例である(ここでは大気差、山などの遮蔽物、光害、低高度での大気の影響は考慮せず、単純に緯度と星座の赤緯のみで判断する)。以下に記載していない55の星座は、理論上は日本のどこからでも全域を見ることができる日時がある。なお、星は高度が低いほど大気の影響を受け、特に20度以下では著しく像が悪化する[11]。例えば、みなみのかんむり座は理論上は札幌市から全域を観望できるが、実際には九州・沖縄まで行かないと肉眼では観望しづらい。

脚注編集

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注釈編集

  1. ^ はと座は、シラーのキリスト教星座星図にも登場するが、これはシラーのオリジナルではなくペトルス・プランシウスが16世紀末に考案したもので、ノアの箱舟の伝承と結び付けるアイデアもプランシウスやバイエルが先んじている。
  2. ^ ヘルツシュプルングは元素記号と同じような2文字の略号を提唱しており、3文字の略号はほぼラッセルのオリジナルである。ヘルツシュプルング自身は3文字の略号が採用されたことに不満を漏らしていた。

出典編集

  1. ^ The Constellations”. 国際天文学連合. 2015年7月24日閲覧。
  2. ^ a b 星座”. 天文学辞典. 日本天文学会 (2018年4月15日). 2019年3月5日閲覧。
  3. ^ 司馬遷史記・上(天官書)』近藤光男、頼 惟勤、吉田光邦訳、平凡社〈世界の古典シリーズ〉、1973年、246-247頁。ISBN 978-4582331011
  4. ^ Ridpath, Ian. “Stars and storytellers”. Star Tales. 2017年2月6日閲覧。
  5. ^ 原恵『星座の神話 - 星座史と星名の意味』恒星社厚生閣、2007年2月28日、新装改訂版4刷、30頁。ISBN 978-4-7699-0825-8
  6. ^ a b c d Ridpath, Ian. “The IAU list of the 88 constellations and their abbreviations”. Star Tales. 2019年11月4日閲覧。
  7. ^ “Revised Harvard Photometry: a catalogue of the positions, photometric magnitudes and spectra of 9110 stars, mainly of the magnitude 6.50, and brighter observed with the 2 and 4 inch meridian photometers”. Annals of the Astronomical Observatory of Harvard College: 8. (1908). Bibcode1908AnHar..50....1P. 
  8. ^ a b c Schlesinger, Frank. et al. (1933). “3. Commission des Notations, des Unités et de L’Économie des Publications”. Transactions of the International Astronomical Union 4. doi:10.1017/S0251107X00016345. 
  9. ^ a b c d e f Virginia Trimble, Thomas R. Williams, Katherine Bracher, Richard Jarrell, Jordan D. Marché, F. Jamil Ragep, ed (2007). Biographical Encyclopedia of Astronomers. Springer Science & Business Media. pp. 288-289. ISBN 9780387304007. 
  10. ^ a b c d e 駒井仁南子『星のきほん』誠文堂新光社、2017年6月5日、68頁。ISBN 978-4416617496
  11. ^ 『天体望遠鏡で楽しむ星空ガイドブック』ビクセン、7頁。

参考文献編集

  • 近藤二郎『星座神話の起源 古代メソポタミアの星座』誠文堂新光社 ISBN 978-4416210246 。同書は「天文ガイド2009/9-2010/8月号」の「古代オリエントの天文学-メソポタミア星物語」をまとめたもの。

関連文献編集

関連項目編集

外部リンク編集