WWWA(スリーダブル・エー、World Women's Wrestling Association、世界女子レスリング協会)は、過去に存在した全日本女子プロレスのタイトル管理組織。

特徴編集

  • プロレス界としては珍しく「WWWAランキング」を設けて「ランキングマッチ」と題した査定試合を行っていた。
  • WWWA王者の反則負けとなった場合、試合結果は無効試合扱いとした上で王座を協会預かり(剥奪)した上で再戦にしていた。

歴史編集

1937年ミルドレッド・バークがクララ・モーテンソンを破り世界女子王座を獲得して1950年代初めに世界女子王座を管理する機関としてアメリカロサンゼルスで創設されてバークが会長に就任。

1968年、設立間もない全日本女子プロレスがバークからWWWAの権利を買い取る方向で検討を始める。

1970年京愛子WWWA世界シングル王座を奪取したことでWWWAは全日本女子の管理下に置かれることになった。

1971年AGWA(エー・ジー・ダブリュー・エー、American Girls Wrestling Association、全米女子レスリング協会)を吸収して京&ジャンボ宮本組が保持していたAGWAインターナショナルガールズタッグ王座を引き継ぐ形でWWWA世界タッグ王座を創設。

1977年WWWAオールパシフィック王座の前身たるハワイアンパシフィック王座を創設。

2005年、全日本女子が崩壊したためWWWAの王座も封印されたがWWWA世界シングル王座のみ前川久美子の希望により管理権が譲渡された。

2006年3月26日、前川の引退興行を最後にWWWA世界シングル王座は封印されてWWWAの歴史は幕を下ろした[1]

WWWAが管理していた王座編集

会長編集

コミッショナー編集

脚注編集

  1. ^ 前川久美子引退興行速報2 須山浩継伯爵の身勝手日記

外部リンク編集