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WWWA世界シングル王座(World Women's Wrestling Association World Championship)は、WWWAが認定し、全日本女子プロレスが管理していたシングルマッチのタイトルの名称。

WWWA世界シングル王座
詳細
管理団体 全日本女子プロレス
創立 1937年1月
廃止 2006年3月26日

歴史編集

創設編集

起源はミルドレッド・バーク1937年にクララ・モーテンソンを破って世界女子選手権を獲得したときとされている。バークはこの試合によってNWA世界女子王座の初代王者にも認定されている。NWAの王座は1954年にジューン・バイヤースに奪取されたが、一方でバークは1950年代にロサンゼルスでWWWAを設立して自らを初代王者としており、1956年の引退まで王座を保持していた。1954年に初来日を果たした際に防衛したのもこのWWWAタイトルであり、来日興行に関わった松永高司がこれを「世界最高峰」と紹介した。

全女管理下編集

松永が1968年に旗揚げした全日本女子プロレスは、バークからタイトルの権利を買い取る話を進め、まず、1970年8月にロスで行われたトーナメントに優勝したマリー・バグノンが、バークからベルトを授与されて二代目王者となった。同年10月に東京で京愛子が奪取してから日本に定着し、全女の管理下に置かれることになった。京は王座の連続防衛22度成功しており、現在でも日本女子プロレス史上最多タイトル連続防衛記録である。

管理権譲渡を受けた当時、全女はNWAに加盟しており、NWAの規約上加盟団体は独自の王座には世界と冠することができなかったが、NWA世界女子王座はNWA本部直轄ではなかった(当時のNWA王者ファビュラス・ムーラ個人管理)ことからWWWA王座を世界王座とすることができた。

女子プロレス最高峰のベルトで、ベルトの皮の部分の色から通称「赤いベルト」と呼ばれた。全女最強の象徴だったが、ダイナマイト関西JWP女子プロレス)によって初めて他団体に流出してしまった(その後、神取忍LLPW)もベルト奪取に成功)。1997年の経営危機による大量離脱の際、棚ボタ式で堀田祐美子が同王座に戴冠した際にOG達から猛烈な反発があったことからも、女子プロレス界において非常に重要な意味を持つ王座であったことがうかがえる。

なお、初代のベルトは京が保持していた1970年10月26日を最後にバークに返却され、2代目のベルトが全女によって作られた。このベルトは1985年8月にジャガー横田が王座防衛した際に3代目に更新されると同時にその功績によりジャガーに贈呈された[1]

封印・その後編集

管理権を持つ全日本女子プロレスは2005年4月に崩壊。翌2006年3月26日の前川久美子引退興行にて前川を破り最後の王者となった高橋奈苗がベルトを松永高司元会長に返還し、封印された。

その後ベルトは松永高司と親しかった人物に買い取られ、保管されている[2][3]

2012年に開催されたブル中野の引退興行において、ブル中野からアジャ・コングに当ベルトが渡され、セレモニー内でアジャの手によってブルの腰にベルトが巻かれたことで一時的に復活を遂げた。

一方、同年6月に開かれたジャガー横田35周年記念興行において、メインイベントとして行われた歴代王者による6人タッグにて横田が所有していた2代目ベルトが懸けられたが、結局は防衛となった。

歴代王者編集

歴代数 レスラー 戴冠回数 獲得日付 獲得した場所(対戦相手・その他)
初代 ミルドレッド・バーク 1 1937年1月 クララ・モーテンソン、引退のため1956年返上
第2代 マリー・バグノン 1 1970年8月 ロサンゼルス、トーナメントに勝利してバークよりベルト授与
第3代 京愛子 1 1970年10月15日 足立区体育館、これより全女が管理
第4代 ジーン・アントン 1 1972年3月9日 小田原市体育館
第5代 京愛子 2 1972年3月15日 愛知県体育館
第6代 サンデー・スター 1 1972年4月26日 大阪府立体育館
第7代 京愛子 3 1972年5月24日 九電体育館
第8代 サラ・リー 1 1972年7月1日 大田区体育館
第9代 星野美代子 1 1972年7月26日 春日部市体育館
第10代 サンディ・パーカー 1 1973年5月15日 銚子市体育館
第11代 星野美代子 2 1973年7月10日 笠間市体育館
第12代 ジャンボ宮本 1 1973年11月11日 足立区体育館
第13代 バンビ・ボール 1 1974年3月2日 後楽園ホール、負傷のため1974年3月返上
第14代 ジャンボ宮本 2 1974年3月6日 前橋スポーツセンター、ジェーン・オブライエン
第15代 ジャッキー・ウエスト 1 1974年4月1日 神戸王子スケートセンター
第16代 ジャンボ宮本 3 1974年4月24日 熊本市体育館
第17代 マッハ文朱 1 1975年3月19日 大田区体育館
第18代 ジャンボ宮本 4 1975年4月2日 大阪府立体育館
第19代 赤城マリ子 1 1976年3月15日 大田区体育館
第20代 ジャンボ宮本 5 1976年4月17日 愛知県体育館
第21代 マキ上田 1 1976年6月8日 鳥取市民体育館
第22代 赤城マリ子 2 1976年11月30日 後楽園ホール
第23代 マキ上田 2 1977年7月29日 田園コロシアム
第24代 ジャッキー佐藤 1 1977年11月1日 日本武道館
第25代 モンスター・リッパー 1 1979年7月31日 田園コロシアム
第26代 ジャッキー佐藤 2 1979年9月13日 池袋スケートセンター
第27代 モンスター・リッパー 2 1980年3月15日 川崎市体育館、1980年8月8日剥奪
第28代 ジャッキー佐藤 3 1980年12月16日 大田区体育館、ナンシー久美
第29代 横田利美 1 1981年2月25日 横浜文化体育館
第30代 ラ・ギャラクティカ 1 1983年5月7日 川崎市体育館
第31代 ジャガー横田 2 1983年6月1日 大宮スケートセンター、引退のため1985年12月返上
第32代 デビル雅美 1 1985年12月12日 大田区体育館、ダンプ松本
第33代 大森ゆかり 1 1986年8月23日 川崎市体育館
第34代 長与千種 1 1987年10月20日 大田区体育館
第35代 ライオネス飛鳥 1 1988年8月25日 川崎市体育館、即返上
第36代 ライオネス飛鳥 2 1989年1月29日 後楽園ホール、長与千種
1989年5月6日、メデューサを破り統一グローバル王者に認定される
引退のため1989年7月19日返上
第37代 ブル中野 1 1990年1月4日 後楽園ホール、西脇充子
第38代 アジャ・コング 1 1992年11月26日 川崎市体育館
第39代 豊田真奈美 1 1995年3月26日 横浜アリーナ
第40代 アジャ・コング 2 1995年6月27日 札幌中島体育センター
第41代 ダイナマイト関西JWP 1 1995年8月30日 大阪府立体育会館
第42代 豊田真奈美 2 1995年12月6日 両国国技館
第43代 井上京子 1 1996年12月8日 両国国技館
伊藤薫戦が60分時間切れ引き分けのため1997年5月11日返上
第44代 井上京子 2 1997年6月18日 札幌中島体育センター、伊藤薫
第45代 堀田祐美子 1 1997年8月20日 日本武道館
第46代 神取忍LLPW 1 1998年3月21日 後楽園ホール
第47代 堀田祐美子 2 1999年3月21日 国立代々木競技場第二体育館
第48代 井上京子(ネオ・レディース 3 1999年7月11日 フジテレビ屋上庭園
第49代 堀田祐美子 3 1999年10月20日 博多スターレーン
第50代 豊田真奈美 3 2000年1月4日 後楽園ホール
第51代 伊藤薫 1 2000年9月17日 ディファ有明
第52代 豊田真奈美 4 2002年2月24日 横浜文化体育館
第53代 伊藤薫 2 2002年7月6日 大田区体育館
第54代 中西百重 1 2002年10月20日 川崎市体育館
第55代 浜田文子(新間事務所) 1 2003年5月11日 横浜アリーナ
第56代 アメージング・コング 1 2004年1月4日 後楽園ホール
第57代 浜田文子(新間事務所) 2 2004年5月2日 後楽園ホール
第58代 高橋奈苗 1 2004年12月12日 川崎市体育館
負傷のため2004年12月29日返上
第59代 前川久美子 1 2005年1月3日 後楽園ホール、浜田文子
第60代 高橋奈苗 2 2006年3月26日 後楽園ホール、王座返上とともに封印

記録編集

  • 最多戴冠 - ジャンボ宮本 5回(第12代、14代、16代、18代、20代)
  • 最多連続防衛 - 京愛子(第3代、22回)
  • 最多通算防衛 - 京愛子(第3代、5代、7代、25回)
  • 最年少戴冠 - マッハ文朱(第17代=16歳0か月)
  • デビュー後最短戴冠 - マッハ文朱(第17代=デビュー0年7か月)
  • 連続最長保持期間記録 - ブル中野(第37代=1057日)
  • 通算保持期間記録 - ジャガー横田(第29代、31代=4年9か月)

脚注編集

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  1. ^ File11 ジャガー横田と旧赤いベルト - ロッシー小川ブログ  MY FAVORITE LIFE 2008年12月27日
  2. ^ 週刊プロレス』NO.1920 2017年9月13日号 ベースボールマガジン社 p70
  3. ^ 『吉田豪の"最狂"全女伝説 女子プロレスラー・インタビュー集』ISBN 9784864941396 2017年 白夜書房 p23 長与千種の証言

参考文献編集

須山浩継「紅き女王の証」、『週刊プロレス特別増刊』890号(日本スポーツ出版、1998)

関連項目編集