アンドニ・スビサレッタ

スペインのサッカー選手
この名前は、スペイン語圏の人名慣習に従っています。第一姓(父方の)はスビサレッタ第二姓(母方の)はウレータです。

アンドニ・スビサレッタ・ウレータAndoni Zubizarreta Urreta1961年10月23日 - )は、スペインビトリア=ガステイス出身の元サッカー選手。ポジションはGK

アンドニ・スビサレッタ Football pictogram.svg
Andoni Zubizarreta.jpg
名前
本名 アンドニ・スビサレッタ・ウレータAndoni Zubizarreta Urreta
ラテン文字 Andoni ZUBIZARRETA
基本情報
国籍 スペインの旗 スペイン
生年月日 (1961-10-23) 1961年10月23日(56歳)
出身地 ビトリア=ガステイス
身長 187cm
体重 86kg
選手情報
ポジション GK
利き足 右足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1980-1981 スペインの旗 アラベス 0 (0)
1981 スペインの旗 ビルバオ・アスレティック 7 (0)
1981-1986 スペインの旗 アスレティック・ビルバオ 169 (0)
1986-1994 スペインの旗 バルセロナ 301 (0)
1994-1998 スペインの旗 バレンシア 152 (0)
代表歴
1985-1998 スペインの旗 スペイン 126 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

目次

経歴編集

デポルティーボ・アラベスユースから1980年にアスレティック・ビルバオへ入団。1982-1983、1983-1984シーズンのリーガ連覇を果たすと、1985年1月23日のフィンランド戦でスペイン代表デビューを果たし、スペインを代表するゴールキーパーとして君臨。1986年メキシコW杯に出場し、ベスト8入りに貢献した。

同年、FCバルセロナへ移籍を果たすと、スペイン人最優秀選手に選出され、ヨハン・クライフの指揮のもとで正GKとして、1990-91シーズンからのリーガ4連覇を、1991-92シーズンのチャンピオンズカップ決勝ではサンプドリアと対戦し、ビアリ、ロンバルドの枠内シュートを防ぐなど、バルセロナのチャンピオンズカップ初優勝に貢献した[1] 。この間、1990年のイタリアW杯や1994年のアメリカW杯に出場し、1995年には代表通算100試合出場を達成した。

1993-94シーズンはリーグ制覇を果たしたが、UEFAチャンピオンズリーグ決勝ではイタリアのACミランに4-0と敗れ[2] 、1994-1995シーズンからバルセロナからバレンシアCFへ移籍。1997-1998シーズン終了後に選手生活を引退。リーガ通算622試合は歴代最多出場記録となっている。

1998年のフランスW杯にもスペイン代表として出場して4大会連続出場を果たしたが、初戦のナイジェリア戦でミスから失点を許してしまった[3]。スペイン代表では125試合に出場した[4]

引退後の2001年から2004年まではアスレティック・ビルバオのクラブディレクターを務める。 2010年からはFCバルセロナのテクニカルディレクターに就任した。 しかしSDとしては多方面から無能の烙印を押され、会長からの信頼も失い、追放に近い形で2015年1月5日に同SDの契約を解消したことを公式サイトで発表した[5]

所属クラブ編集

タイトル編集

アスレティック編集

バルセロナ編集

脚注・注釈編集

関連項目編集