プリメーラ・ディビシオン

カンペオナト・ナシオナル・デ・リーガ・デ・プリメーラ・ディビシオンCampeonato Nacional de Liga de Primera DivisiónLaLiga)は、スペインのサッカーリーグのトップ・ディビジョン。リーガ・デ・フトボル・プロフェシオナル(LFP)が管理し、20チームによって争われる。2016年7月にスペインのサンタンデール銀行により命名権が買い取られ、ラ・リーガ・サンタンデールLaLiga Santander)と冠されている。

ラ・リーガ・サンタンデール
LaLiga Santander
LaLiga Santander.svg
加盟国 スペインの旗 スペイン
大陸連盟 UEFA
創立 1929
リーグレベル 第1部
下位リーグ セグンダ・ディビシオン
国内大会 コパ・デル・レイ
国際大会 UEFAチャンピオンズリーグ
UEFAヨーロッパリーグ
最新優勝クラブ レアル・マドリード (34回目) (2019-20)
最多優勝クラブ レアル・マドリード (34回)
最多得点選手 リオネル・メッシ (452ゴール)
テレビ局 Canal+, GolT, lasexta
autonomic, Cuatro(生中継)and
TVE (ハイライト)
日本:DAZN, WOWOW(生中継)
公式サイト www.lfp.es
2019-20

概要編集

イングランドプレミアリーグイタリアセリエAドイツブンデスリーガフランスリーグ・アンとともにヨーロッパの五大プロサッカーリーグを形成している[1]

プリメーラ・ディビシオンでは、創設以来計62のチームが参加。9つのチームがチャンピオンを獲得しており、レアル・マドリードCFが34回、FCバルセロナが26回獲得している。バルセロナは1929年に初優勝し、アスレティック・ビルバオがリーグ初期で多くのタイトルを獲得していた。1940年代、バレンシアCFアトレティコ・マドリードが、いくつかのタイトルを獲得し、レアル・マドリード、バルセロナとタイトルを争う強豪として登場した。1950年代には、レアル・マドリードとバルセロナがチャンピオンシップを支配し、10年間でそれぞれ4つのタイトルを獲得した。1960年代から1970年代にかけて、レアル・マドリードは14のタイトルを獲得し、アトレティコ・マドリードは4つのタイトルを獲得した[2]。1980年代から1990年代にかけても、レアル・マドリードが目立っていたが、アスレティック・ビルバオとレアル・ソシエダバスククラブが成功を収め、それぞれ2つのタイトルを獲得した。1990年代以降、バルセロナは16のタイトルを獲得している。レアル・マドリードは8つのタイトルを獲得している。また、アトレティコ・マドリードやデポルティーボ・ラ・コルーニャなどの他のチームもタイトルを獲得している。

UEFAリーグ係数によると、過去5年間ヨーロッパでトップのリーグであり、他のどの国よりも長い間(22年)ヨーロッパをリードしてきた。また、UEFAクラブランキングは、他のどのクラブよりも多く(22クラブ)、2番目に多いセリエAの2倍以上。プリメーラ・ディビシオンのクラブは国際タイトルの、UEFAチョンピオンズリーグ(18回)、UEFAスーパーカップ(15回)FIFAクラブワールドカップ(7回)で、最も多くのタイトルを獲得。個人賞では、バロンドール(23回)、FIFA最優秀選手賞および、ザ・ベスト・FIFAフットボールアワード(19回)、 UEFA年間最優秀選手および、UEFA欧州最優秀選手賞(11回)で最も多く受賞。

プリメーラ・ディビシオンは、世界で最も人気のあるプロスポーツリーグの1つであり、2018-19シーズンのリーグ戦の平均入場者数は26,933人。これは、世界の国内プロスポーツリーグで6番目に高く、世界のプロサッカーリーグではブンデスリーガプレミアリーグに次いで3番目に高い。

競技形式編集

競技形式編集

リーグ戦方式で行われ、8月から5月までに行われるシーズンの間に、各クラブは38試合、すべてのクラブと2試合(ホームで1試合、アウェーで1試合)対戦する。チームは合計勝ち点によってランク付けされる。チームは勝利で勝ち点3、引き分けで勝ち点1を獲得し、敗北は勝ち点を獲得できない。シーズン終了時の最高ランクのクラブが優勝となる。

順位決定方式編集

勝ち点が多い順に順位を決定。もし勝ち点が並んだ場合は下記の様な事例が優先される。

  1. 該当チームの直接対決の結果
  2. 得失点差
  3. 総得点
  4. フェアプレーポイントの少ない方

以上の優先順で順位を決定する。それでも順位が決定しない場合は、順位決定戦を行う。

降格編集

シーズン終了時点の下位3クラブがセグンダ・ディビシオンへ自動降格となる。

登録選手、外国人選手の登録編集

登録人数は25名。そしてベンチを含めた各試合で登録できる人数は18名(1999-2000シーズンより移行)。EU加盟国及びEFTA加盟国の国籍を持つ選手は無制限に登録可能。(2007年にACPの選手にもEU選手と同等の扱いとなった)それ以外の国籍を持つ選手はリーグ登録が4名まで、各試合での同時出場は3名までとなっている。

移籍期間編集

基本は夏の移籍市場が7月1日〜8月31日までと、冬の移籍市場が1月1日〜1月31日までの2回。(冬の移籍期間の日程は変更の場合がある)ただし、後者の場合、移籍期限までに5試合以上の公式戦(カップ戦含む)に出場した選手は同リーグのチームに移ることは出来ない。上記以外の時期は、原則として移籍は禁止だが、選手の怪我等の理由(5ヶ月以上の欠場となる怪我の場合)で、特別に認められる場合がある。

累積警告編集

1人の選手につきイエローカード5枚、レッドカード1枚の警告を受けた時点で1試合の出場停止が科せられる。

試合日程・時間編集

毎節の試合は土・日・月曜日に分散されている。土曜日が18時、20時、22時キックオフの3枠、日曜日が12時、16時、18時、21時半キックオフの4枠、月曜日が21時半キックオフとなっている[3]。このうち土曜日22時はスペイン国内の地上波放送枠、日曜日12時はアジア市場拡大のための枠となっている[3]

また試合日程の決定権はテレビ放映権を持つメディアプロ社にあり、試合2週間前まで日程が確定しないことがある[3]。また、放映権料と同様にレアル・マドリードとバルセロナが日程上優遇されているという指摘がある[3]

2012-2013シーズンより、曜日ごとの最終キックオフ時間が23時になった。また、原則1試合だった月曜日に複数試合開催されることになった[4]

歴史編集

全国選手権創設前編集

1872年、アンダルシア州ウエルバにイギリスからサッカーが伝えられ、それから17年を経た1889年、スペイン初のサッカークラブであるレクレアティーボ・ウエルバが誕生。これを機にマドリードバルセロナなどの大都市にも次々にサッカークラブが生まれた。1904年にはスペインサッカー連盟の前身団体が国際サッカー連盟(FIFA)に加盟し、1913年にはスペインサッカー連盟(RFEF)が設立された。1920年、アントワープオリンピック出場を主目的としてスペイン代表が創設され、銀メダルを獲得してスペイン国内に一大ブームを巻き起こした。

リーガ・エスパニョーラ創設編集

1927年4月、アレナス・クルブ・デ・ゲチョのホセ・マリア・アチャ監督は全国選手権の創設を提案した。リーグの規模や参加クラブなどについて議論が重ねられた結果、スペインサッカー連盟(RFEF)は1929年にプリメーラ・ディビシオンを創設した。参加クラブは10クラブであり、コパ・デル・レイの優勝経験があったFCバルセロナレアル・マドリードアスレティック・ビルバオレアル・ソシエダ、アレナス・クルブ、レアル・ウニオンはすべて選出された。それ以外には、コパ・デル・レイで準優勝の経験があったアトレティコ・マドリードRCDエスパニョールCEエウロパの参加が決定し、トーナメント戦を通じてラシン・サンタンデールが10クラブ目に選ばれた。

プリメーラ・ディビシオン創設時の10クラブ
クラブ 本拠地 創設年 リーグ
優勝
13-14
所属
備考
FCバルセロナ カタルーニャ地域, バルセロナ 1899年 24回 プリメーラ コパ・デル・レイ優勝28回
レアル・マドリード マドリード 1902年 32回 プリメーラ コパ・デル・レイ優勝19回
アスレティック・ビルバオ バスク地域, ビルバオ 1898年 8回 プリメーラ コパ・デル・レイ優勝24回
レアル・ソシエダ バスク地域, サン・セバスティアン 1909年 2回 プリメーラ コパ・デル・レイ優勝2回
アレナス・クルブ・デ・ゲチョ バスク地域, ゲチョ 1909年 なし テルセーラ コパ・デル・レイ優勝1回
レアル・ウニオン バスク地域, イルン 1915年 なし セグンダB コパ・デル・レイ優勝4回
アトレティコ・マドリード マドリード 1903年 10回 プリメーラ コパ・デル・レイ優勝10回
RCDエスパニョール カタルーニャ地域, バルセロナ 1900年 なし プリメーラ コパ・デル・レイ優勝4回
CEエウロパ カタルーニャ地域, バルセロナ 1907年 なし テルセーラ
ラシン・サンタンデール カンタブリア地域, サンタンデール 1913年 なし セグンダB

1930年代編集

アスレティックのリーグ支配とスペイン内戦

1929年の第1回大会を制したのはバルセロナであり、1931-32シーズンと1932-33シーズンにはレアル・マドリードが2連覇したが、初期のリーガでもっとも成功を収めたのはアスレティック・ビルバオだった。1929-30シーズン、1930-31シーズン、1933-34シーズン、1935-36シーズンに優勝し、1931-32シーズンと1932-33シーズンには2位となった。1934-35シーズンにはベティス・バロンピエが初優勝したが、これは現在でもベティスにとって唯一のリーグ優勝である。スペイン内戦中はリーグ戦そのものが中断され、1936-37シーズンから1938-39シーズンまでの3シーズンは行なわれていない。スペイン第二共和政化の1937年にはカタルーニャ地方やバレンシア地方のクラブが参加したリーガ・メディテラネア(地中海リーグ)が行なわれ、バルセロナが優勝した。70年が経た2007年、バルセロナはスペインサッカー連盟にリーガ・メディテラネアの公式タイトル承認を求めた。

1940年代編集

群雄割拠の時代

スペイン内戦終結後にプリメーラ・ディビシオンが再開されると、アトレティコ・アビアシオン(現在のアトレティコ・マドリード)、バレンシア、セビージャFCが台頭して強豪に成長した。スペイン内戦では多くのサッカー選手が犠牲となり、また他国への亡命や身柄の拘束などで選手を失ったクラブが多かったが、アトレティコは合併でチーム力強化を行なった。スペイン内戦前にはレアル・オビエドも強豪の一角だったが、内戦中にグラウンドが荒らされたために参戦の権利をアトレティコに譲り、1939-40シーズンと1940-41シーズンにはアトレティコが2連覇を飾った。また、内戦前の戦力が損なわれずに残っていたバレンシアは、1941-42シーズン、1943-44シーズン、1946-47シーズンに優勝を飾り、1947-48シーズンと1948-49シーズンに2位となった。セビージャは短期間だが黄金期を迎え、1939-40シーズンと1941-42シーズンに2位となったほか、1945-46シーズンには初優勝を飾った。1940年代後半にはバルセロナも強豪に成長し、1945-46シーズン、1947-48シーズン、1948-49シーズンに優勝した。1949-50シーズンと1950-51シーズンにはエレニオ・エレーラ監督に率いられたアトレティコが2連覇した。なお、フランシスコ・フランコ独裁政権は世界中から批判され、スペインサッカー界も長い間孤立を余儀なくされた。

1950年代編集

スター選手の共演

1950年代はFCバルセロナレアル・マドリードの2強のリーグ支配が開始された時代だった。1930年代から1950年代には外国人選手数に厳しい制限が課せられ、ほとんどの期間は外国人選手の登録は3人までに限られた。しかし1950年代、2強はルールの穴を突いてアルフレッド・ディ・ステファノフェレンツ・プスカシュラディスラオ・クバラなど外国出身スター選手を出場させた。クバラに率いられたバルセロナは1951-52シーズンと1952-53シーズンに2連覇し、ディ・ステファノやプシュカーシュ、フランシスコ・ヘントなどが核となったレアル・マドリードは1950年代後半のリーグを支配した。1953-54シーズンと1954-55シーズンに2連覇し、1955-56シーズンはアスレティック・ビルバオが間隙を突いたが、1956-57シーズンと1957-58シーズンにもレアル・マドリードが優勝した。またこの時代のレアル・マドリードはUEFAチャンピオンズカップで5連覇を達成した。エレーラ監督に率いられたバルセロナは、ルイス・スアレスを擁して1958-59シーズンと1959-60シーズンに2連覇し、スアレスはスペイン人として初めてバロンドールを受賞した。

1960年代・1970年代編集

マドリード勢の時代とリーグ改編

1961年から1980年まではレアル・マドリードがプリメーラ・ディビシオンを支配し、この期間だけで14回も優勝した。1960-61シーズンから1964-65シーズンまで5連覇を達成し、その他にも2回の3連覇(1966-67シーズンから1968-69シーズン、1977-78シーズンから1979-80シーズン)を果たした。アトレティコ・マドリードも1965-66シーズン、1969-70シーズン、1972-73シーズン、1976-77シーズンの4回優勝したが、その他のクラブではバレンシアCFが1970-71シーズンに、ヨハン・クライフを擁したバルセロナが1973-74シーズンにマドリード勢の牙城を崩すのみに終わった。

1976-77シーズンまではプリメーラ(1部)、セグンダ(2部)、テルセーラ(3部)、ディビシオネス・レヒオナレス(4部以下、地域リーグ)という構成だったが、1977年にテルセーラとレヒオナレスが改編され、セグンダとテルセーラの間にセグンダ・ディビシオンBが創設された。これにより、1977-78シーズンからはプリメーラ(1部)、セグンダ(2部)、セグンダB(新3部)、テルセーラ(新4部)、レヒオナレス(新5部以下、地域リーグ)という構成に変更された。

1980年代編集

バスクの時代とキンタ・デル・ブイトレ

レアル・マドリードの栄光の時代は過ぎ去り、1980-81シーズンと1981-82シーズンにはレアル・ソシエダが初優勝を含む2連覇を飾った。1982-83シーズンと1983-84シーズンには、ソシエダと同じバスク州のクラブであるアスレティック・ビルバオが2連覇を達成した。1984-85シーズンには、テリー・ベナブルズ監督がバルセロナを優勝に導いたが、1985-86シーズンから1989-90シーズンにはレアル・マドリードが2度目の5連覇を達成した。レオ・ベーンハッカー監督が指揮し、エミリオ・ブトラゲーニョマノロ・サンチスマルティン・バスケスミチェルミゲル・パルデサウーゴ・サンチェスなどを擁したチームはキンタ・デル・ブイトレ(ハゲワシ部隊)と称された。

1990年代編集

エル・ドリーム・チームとスーペル・デポル

1988年にはヨハン・クライフがバルセロナ監督に就任し、1990-91シーズンにはエル・ドリーム・チームと呼ばれるチームで3年ぶりの優勝を飾った。1991-92シーズンのUEFAチャンピオンズカップでは決勝に進出し、ロンドンのウェンブリー・スタジアムで行なわれた決勝ではUCサンプドリア(イタリア)を破って初優勝を飾った。国内リーグでは1993-94シーズンまで4連覇を達成した。クライフ監督は在任中に国内外で10個のタイトルを獲得し、ひとりの監督によるタイトル数のスペイン記録を作った。エル・ドリーム・チームはジョゼップ・グアルディオラロナルト・クーマンミカエル・ラウドルップロマーリオフリスト・ストイチコフなどで構成された。1984年から1996年にかけて、リーガのトロフィーは2強が独占した。

1992-93シーズンから2003-04シーズンの12シーズンにおいて、デポルティーボ・ラ・コルーニャは計10シーズンで3位以内に入った。1994-95シーズンにはコパ・デル・レイで初優勝し、1995-96シーズンにはスーペルコパで初優勝。ハビエル・イルレタ監督に率いられ、1999-2000シーズンにはリーグ戦で初優勝を飾った。

1995-96シーズンにはアトレティコ・マドリードが19シーズンぶりのリーグ優勝を飾ったが、アトレティコはこの後長い低迷期に入ることになる。翌シーズンにはレアル・マドリードが優勝した。バルセロナではまたもオランダ人のルイ・ファン・ハールが監督に就任し、ルイス・フィーゴルイス・エンリケリバウドなどの名選手を集め、1997-98シーズンと1998-99シーズンに2連覇した。1990年代、レアル・マドリードは国内リーグで2度しか優勝していないが、1997-98シーズンのUEFAチャンピオンズリーグでは決勝でユヴェントスFC(イタリア)を破り、32年ぶりの優勝を果たした。

2000年代編集

バレンシアの躍進、ロス・ガラクティコス、バルセロナの黄金期

エクトル・クーペル監督に率いられたバレンシアCFは1999-2000シーズンと2000-01シーズンのUEFAチャンピオンズリーグで準優勝した。後任のラファエル・ベニテス監督は2001-02シーズンにリーグ優勝し、2003-04シーズンには国内リーグとUEFAカップの2冠に導いた。国内外でバレンシアとタイトルを争ったのがレアル・マドリードであり、2000-01シーズンと2002-03シーズンにリーグ優勝し、1999-2000シーズンと2001-02シーズンにUEFAチャンピオンズリーグで優勝。1999-2000シーズンのUEFAチャンピオンズリーグはスペイン勢同士の決勝となった。2001-02シーズンは決勝でバイエル・レバークーゼン(ドイツ)と対戦し、グラスゴーのハムデン・パークジネディーヌ・ジダンが決勝点を決めた。2000年代前半から中盤にかけてのレアル・マドリードはロス・ガラクティコスと呼ばれ、ルイス・フィーゴ、ジダン、ロナウドデビッド・ベッカムなどのスター選手が在籍した。

2004-05シーズン、ロナウジーニョを擁したバルセロナは21世紀初の優勝を飾り、2005-06シーズンには国内リーグとUEFAチャンピオンズリーグの2冠を達成した。レアル・マドリードはラウル・ゴンサレスルート・ファン・ニステルローイなどを擁し、2006-07シーズンと2007-08シーズンに2連覇した。2000年代後半にはジョゼップ・グアルディオラ監督率いるバルセロナが新たな黄金期を迎え、ラ・マシアと呼ばれる下部組織出身選手(リオネル・メッシシャビアンドレス・イニエスタなど)を中心としたチームで2008-09シーズンから2010-11シーズンまで3連覇した。グアルディオラ監督は在任中に国内外で14個のタイトルを獲得し、クライフの記録を破った。

2010年代編集

2強化の進展

2011-12シーズン、ジョゼ・モウリーニョ監督に率いられたレアル・マドリードはリーグ歴代最多の勝ち点100を記録し、32回目の優勝を飾った。また、得点数(121)、通算勝利数(32)、アウェーでの勝利数(16)もリーグ記録を更新した。

しかし翌2012-13シーズン、バルセロナが同じくリーグ歴代最多タイとなる勝ち点100を記録し優勝。ホームでの勝利数(18)はリーグ最多記録を単独で更新した。

新たな王者

2013-2014シーズン、ディエゴ・シメオネ監督率いるアトレティコ・マドリードがレアル・マドリード、バルセロナと熾烈な優勝争いを繰り広げ、最終節に勝ち点差3の2位バルセロナとの直接対決に引き分け18シーズンぶり10回目のリーグ優勝を達成した。レアル・マドリード、バルセロナ以外のチームが優勝したのは2003-2004シーズンのバレンシア以来10年ぶりのことであった。

所属クラブ編集

  • 2019-20シーズンの所属クラブ。
  • ホームタウン名の前にある画像は、ホームタウンが所在するの旗。
チーム名 監督 自治州 ホームタウン スタジアム 収容人数 前年度
成績
FCバルセロナ   キケ・セティエン   カタルーニャ州 バルセロナ カンプ・ノウ 99,354人 優勝
RCDエスパニョール   アベラルド RCDEスタジアム 40,500人 7位
レアル・マドリード   ジネディーヌ・ジダン   マドリード州 マドリード サンティアゴ・ベルナベウ 81,044人 3位
アトレティコ・デ・マドリード   ディエゴ・シメオネ ワンダ・メトロポリターノ 68,000人 2位
ヘタフェCF   ホセ・ボルダラス ヘタフェ コリセウム・アルフォンソ・ペレス 17,000人 5位
CDレガネス   ハビエル・アギーレ レガネス ムニシパル・デ・ブタルケ 11,454人 13位
アスレティック・ビルバオ   ガイスカ・ガリターノ   バスク州 ビルバオ サン・マメス・バリア 53,332人 8位
レアル・ソシエダ   イマノル・アルグアシル サン・セバスティアン レアレ・セグロス・スタジアム 32,076人 9位
デポルティーボ・アラベス   アシエル・ガリターノ ビトリア=ガステイス メンディソロツァ 19,840人 11位
SDエイバル   ホセ・ルイス・メンディリバル エイバル ムニシパル・デ・イプルーア 7,083人 12位
レアル・ベティス   ルビ   アンダルシア州 セビリア ベニート・ビジャマリン 52,500人 10位
セビージャFC   フレン・ロペテギ ラモン・サンチェス・ピスフアン 45,500人 6位
グラナダCF   ディエゴ・マルティネス グラナダ ヌエボ・ロス・カルメネス 22,094 2位☆
バレンシアCF   アルベルト・セラーデス   バレンシア州 バレンシア エスタディオ・デ・メスタージャ 49,677人 4位
レバンテUD   パコ・ロペス シウダ・デ・バレンシア 25,354人 15位
ビジャレアルCF   ハビエル・カジェハ ヴィラ=レアル エスタディオ・デ・ラ・セラミカ 24,500人 14位
セルタ・デ・ビーゴ   オスカル・ガルシア   ガリシア州 ビーゴ バライードス 29,000人 17位
RCDマヨルカ   ビセンテ・モレーノ   バレアレス諸島州 パルマ・デ・マヨルカ デ・ソン・モイシュ 23,142人 5位☆
レアル・バリャドリード   セルヒオ・ゴンサレス   カスティーリャ・イ・レオン州 バリャドリッド ホセ・ソリージャ 26,512人 16位☆
CAオサスナ   ハゴバ・アラサテ   ナバラ州 パンプローナ エル・サダール 15,326人 1位☆

☆印はセグンダ・ディビシオンでの成績。監督・本拠地などは現時点でのもの。


メーカー・スポンサー編集

チーム名 メーカー シャツ スポンサー
FCバルセロナ ナイキ 楽天
レアル・マドリード アディダス エミレーツ航空
アトレティコ・デ・マドリード ナイキ Plus500
アスレティック・クルブ ニューバランス Kutxabank
レアル・ベティス Kappa Greenearth
バレンシアCF アディダス BLU
セビージャFC ナイキ Playtika
RCDエスパニョール KELME RIVIERA MAYA
レアル・ソシエダ macron Kutxabank(背面)
セルタ・デ・ビーゴ アディダス エストレージャ・ガリシア
アベンサ(背面)
レアル・バリャドリード ヒュンメル CUATRO RAYAS
レバンテUD macron betway
ビジャレアルCF Joma Pamesa Cerámica
デポルティーボ・アラベス KELME betway
ヘタフェCF Joma Tecnocasa Group
CAオサスナ ヒュンメル KIROLBET
CDレガネス Joma betway
グラナダCF ナイキ Winamax
SDエイバル プーマ AVIA
RCDマヨルカ アンブロ Betfred

歴代優勝クラブ編集

年度 優勝 優勝
回数
2位 3位
1929 バルセロナ 01回 レアル・マドリード アスレティック・クルブ
1929-30 アスレティック・クルブ 01回 バルセロナ アレナス・クルブ
1930-31 アスレティック・クルブ 02回 レアル・ラシン・クルブ レアル・ソシエダ
1931-32 マドリード 01回 アスレティック・クルブ バルセロナ
1932-33 マドリード 02回 アスレティック・クルブ エスパニョール
1933-34 アスレティック・クルブ 03回 マドリード レアル・ラシン・クルブ
1934-35 ベティス 01回 マドリード オビエド
1935-36 アスレティック・クルブ 04回 マドリード オビエド
1936-39 スペイン内戦によりリーグ実施されず
1939-40 アスレティック・アビアシオン 01回 セビージャ アスレティック・クルブ
1940-41 アスレティック・アビアシオン 02回 アスレティック・クルブ バレンシア
1941-42 バレンシア 01回 レアル・マドリード アスレティック・アビアシオン
1942-43 アスレティック・クルブ 05回 セビージャ バルセロナ
1943-44 バレンシア 02回 アスレティック・アビアシオン セビージャ
1944-45 バルセロナ 02回 レアル・マドリード アスレティック・アビアシオン
1945-46 セビージャ 01回 バルセロナ アスレティック・クルブ
1946-47 バレンシア 03回 アスレティック・クルブ アスレティック・アビアシオン
1947-48 バルセロナ 03回 バレンシア アトレティコ・デ・マドリード
1948-49 バルセロナ 04回 バレンシア レアル・マドリード
1949-50 アトレティコ・デ・マドリード 03回 デポルティーボ・デ・ラ・コルーニャ バレンシア
1950-51 アトレティコ・デ・マドリード 04回 セビージャ バレンシア
1951-52 バルセロナ 05回 アスレティック・クルブ レアル・マドリード
1952-53 バルセロナ 06回 バレンシア レアル・マドリード
1953-54 レアル・マドリード 03回 バルセロナ バレンシア
1954-55 レアル・マドリード 04回 バルセロナ アスレティック・クルブ
1955-56 アスレティック・クルブ 06回 バルセロナ レアル・マドリード
1956-57 レアル・マドリード 05回 セビージャ バルセロナ
1957-58 レアル・マドリード 06回 アトレティコ・デ・マドリード バルセロナ
1958-59 バルセロナ 07回 レアル・マドリード アスレティック・クルブ
1959-60 バルセロナ 08回 レアル・マドリード アスレティック・クルブ
1960-61 レアル・マドリード 07回 アトレティコ・デ・マドリード バルセロナ
1961-62 レアル・マドリード 08回 バルセロナ アトレティコ・デ・マドリード
1962-63 レアル・マドリード 09回 アトレティコ・デ・マドリード オビエド
1963-64 レアル・マドリード 10回 バルセロナ ベティス
1964-65 レアル・マドリード 11回 アトレティコ・デ・マドリード サラゴサ
1965-66 アトレティコ・デ・マドリード 05回 レアル・マドリード バルセロナ
1966-67 レアル・マドリード 12回 バルセロナ エスパニョール
1967-68 レアル・マドリード 13回 バルセロナ ラス・パルマス
1968-69 レアル・マドリード 14回 ラス・パルマス バルセロナ
1969-70 アトレティコ・デ・マドリード 06回 アスレティック・クルブ セビージャ
1970-71 バレンシア 04回 バルセロナ アトレティコ・デ・マドリード
1971-72 レアル・マドリード 15回 バレンシア バルセロナ
1972-73 アトレティコ・デ・マドリード 07回 バルセロナ エスパニョール
1973-74 バルセロナ 09回 アトレティコ・デ・マドリード サラゴサ
1974-75 レアル・マドリード 16回 サラゴサ バルセロナ
1975-76 レアル・マドリード 17回 バルセロナ アトレティコ・デ・マドリード
1976-77 アトレティコ・デ・マドリード 08回 バルセロナ アスレティック・クルブ
1977-78 レアル・マドリード 18回 バルセロナ アスレティック・クルブ
1978-79 レアル・マドリード 19回 スポルティング・デ・ヒホン アトレティ・デ・マドリード
1979-80 レアル・マドリード 20回 レアル・ソシエダ スポルティング・デ・ヒホン
1980-81 レアル・ソシエダ 01回 レアル・マドリード アトレティコ・デ・マドリード
1981-82 レアル・ソシエダ 02回 バルセロナ レアル・マドリード
1982-83 アスレティック・クルブ 07回 レアル・マドリード アトレティコ・デ・マドリード
1983-84 アスレティック・クルブ 08回 レアル・マドリード バルセロナ
1984-85 バルセロナ 10回 アトレティコ・デ・マドリード アスレティック・クルブ
1985-86 レアル・マドリード 21回 バルセロナ アスレティック・クルブ
1986-87 レアル・マドリード 22回 バルセロナ エスパニョール
1987-88 レアル・マドリード 23回 レアル・ソシエダ アトレティコ・デ・マドリード
1988-89 レアル・マドリード 24回 バルセロナ バレンシア
1989-90 レアル・マドリード 25回 バレンシア バルセロナ
1990-91 バルセロナ 11回 アトレティコ・デ・マドリード レアル・マドリード
1991-92 バルセロナ 12回 レアル・マドリード アトレティコ・デ・マドリード
1992-93 バルセロナ 13回 レアル・マドリード デポルティーボ・デ・ラ・コルーニャ
1993-94 バルセロナ 14回 デポルティーボ・デ・ラ・コルーニャ サラゴサ
1994-95 レアル・マドリード 26回 デポルティーボ ベティス
1995-96 アトレティコ・デ・マドリード 09回 バレンシア バルセロナ
1996-97 レアル・マドリード 27回 バルセロナ デポルティーボ・デ・ラ・コルーニャ
1997-98 バルセロナ 15回 アスレティック・クルブ レアル・ソシエダ
1998-99 バルセロナ 16回 レアル・マドリード マヨルカ
1999-00 デポルティーボ・デ・ラ・コルーニャ 01回 バルセロナ バレンシア
2000-01 レアル・マドリード 28回 デポルティーボ・デ・ラ・コルーニャ マヨルカ
2001-02 バレンシア 05回 デポルティーボ・デ・ラ・コルーニャ レアル・マドリード
2002-03 レアル・マドリード 29回 レアル・ソシエダ デポルティーボ・デ・ラ・コルーニャ
2003-04 バレンシア 06回 バルセロナ デポルティーボ・デ・ラ・コルーニャ
2004-05 バルセロナ 17回 レアル・マドリード ビジャレアル
2005-06 バルセロナ 18回 レアル・マドリード バレンシア
2006-07 レアル・マドリード 30回 バルセロナ セビージャ
2007-08 レアル・マドリード 31回 ビジャレアル バルセロナ
2008-09 バルセロナ 19回 レアル・マドリード セビージャ
2009-10 バルセロナ 20回 レアル・マドリード バレンシア
2010-11 バルセロナ 21回 レアル・マドリード バレンシア
2011-12 レアル・マドリード 32回 バルセロナ バレンシア
2012-13 バルセロナ 22回 レアル・マドリード アトレティコ・デ・マドリード
2013-14 アトレティコ・デ・マドリード 10回 バルセロナ レアル・マドリード
2014-15 バルセロナ 23回 レアル・マドリード アトレティコ・デ・マドリード
2015-16 バルセロナ 24回 レアル・マドリード アトレティコ・デ・マドリード
2016-17 レアル・マドリード 33回 バルセロナ アトレティコ・デ・マドリード
2017-18 バルセロナ 25回 アトレティコ・デ・マドリード レアル・マドリード
2018-19 バルセロナ 26回 アトレティコ・デ・マドリード レアル・マドリード
2019-20 レアル・マドリード 34回 バルセロナ アトレティコ・デ・マドリード

クラブ別成績編集

クラブ名 優勝 2位 優勝年度
レアル・マドリード 34 22 1931-32, 1932-33, 1953-54, 1954-55, 1956-57, 1957-58, 1960-61, 1961-62, 1962-63, 1963-64, 1964-65, 1966-67, 1967-68, 1968-69, 1971-72, 1974-75, 1975-76, 1977-78, 1978-79, 1979-80, 1985-86, 1986-87, 1987-88, 1988-89, 1989-90, 1994-95, 1996-97, 2000-01, 2002-03, 2006-07, 2007-08, 2011-12, 2016-17, 2019-20
バルセロナ 26 25 1929, 1944-45, 1947-48, 1948-49, 1951-52, 1952-53, 1958-59, 1959-60, 1973-74, 1984-85, 1990-91, 1991-92, 1992-93, 1993-94, 1997-98, 1998-99, 2004-05, 2005-06, 2008-09, 2009-10, 2010-11, 2012-13, 2014-15, 2015-16, 2017-18, 2018-19
アトレティコ・デ・マドリード 10 10 1939-40, 1940-41, 1949-50, 1950-51, 1965-66, 1969-70, 1972-73, 1976-77, 1995-96, 2013-14
アスレティック・クルブ 8 7 1929-30, 1930-31, 1933-34, 1935-36, 1942-43, 1955-56, 1982-83, 1983-84
バレンシア 6 6 1941-42, 1943-44, 1946-47, 1970-71, 2001-02, 2003-04
レアル・ソシエダ 2 3 1980-81, 1981-82
デポルティーボ・デ・ラ・コルーニャ 1 5 1999-00
セビージャ 1 4 1945-46
ベティス 1 0 1934-35
レアル・ラシン・クルブ 0 1
ラス・パルマス 0 1
サラゴサ 0 1
スポルティング・デ・ヒホン 0 1
ビジャレアル 0 1

国際大会での主要な戦績編集

※2018~19シーズン終了現在

観客動員とテレビ放映権編集

観客動員編集

2016/2017シーズンの平均観客動員数は2万6247人で欧州リーグで3位であった[5]

テレビ放映権編集

各クラブが個別に放映権について放送局と交渉し契約を結んでいたため、長年リーグ全体の放映権収入の41%がバルセロナとレアル・マドリードの2チームに渡る不均衡が続いていた。しかし2016-17シーズンからはリーガによって一括管理され、放映権による収益全体の45パーセントはプリメーラ(1部)のクラブに均等に分配され、22.5パーセントは直近5年間に行われたリーグ戦の成績を参考に配られることになり、さらに他の22.5パーセントは観客動員数などの要素を考慮して支払われ、残りの10パーセントはセグンダ(2部)へ渡ることとなった。[6]

シーズン別大会名編集

  • Primera División (1929–2008)
  • Liga BBVA (2008–2016)
  • LaLiga Santander (2016–現在)

脚注編集

[脚注の使い方]
  1. ^ 清水正典「スポーツ社会システムのトータルシステムマネジメント I -ヨーロッパチャンピオンズリーグの隆盛と社会的背景-」『吉備国際大学社会学部研究紀要』第18巻、吉備国際大学社会学部、2008年3月、 83-93頁、 NAID 1100066335682019年4月17日閲覧。
  2. ^ Lara, Lorenzo (2017年5月22日). “The Real Madrid domination of the 1960s and 70s” (英語). MARCA in English. 2020年3月23日閲覧。
  3. ^ a b c d イレギュラーなリーガのキックオフ時間、その背景には…”. スポーツニッポン (2012年4月21日). 2012年8月20日閲覧。
  4. ^ 異例のリーガ開催日程にアトレティコ会長が激怒”. Goal.com (2012年8月5日). 2012年8月20日閲覧。
  5. ^ 欧州最多の観客動員数はブンデスで平均4万2388人!一方で集客率トップは?”. footballchannel. 2019年4月17日閲覧。
  6. ^ リーガ、来期以降の放映権契約に合意…3年合計3500億、さらに上昇も”. サッカーキング (2015年12月4日). 2016年12月18日閲覧。

関連項目編集

外部リンク編集