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地理編集

地勢・産業編集

オビエドはカンタブリア山脈の北麓に位置している。このためイベリア半島のスペイン本土においては比較的降水量の多い地域である。約25 km北の港湾都市のヒホンに近い工業都市として発展してきた。19世紀以降、近隣で産出される石炭、鉄鉱石を背景に鉱工業が発展したのである。ただ、皮肉にも重要な工業都市であったことで重要な場所と見なされ、20世紀前半に戦禍を呼び込むことにつながった。なお、近年は観光業も重要である。

交通編集

オビエドには鉄道駅スペイン語版が設置されており、ヒホンへの鉄道路線の他にも、プラビアスペイン語版を経由してイベリア半島の北海岸を西へ回る鉄道路線、さらに、東のサンタンデールなどへ向かう鉄道路線、そして、カンタブリア山脈を越えてレオン方面に向かう鉄道路線が存在する。また、近くにアストゥリアス空港も設置されている。

人口編集

オビエドの人口推移 1900-2010
 
出典:INE(スペイン国立統計局)1900年 - 1991年[2]、1996年 - [3]

歴史編集

 
サン・サルバドール大聖堂

711年(または712年)、グアダレーテの戦いでアストゥリアスはイスラム教徒に征服された。722年のコバドンガの戦いアストゥリアス王国の伝説的な王ペラーヨがアストゥリアスを奪回し、カンガス・デ・オニスにキリスト教徒の拠点を確保した(最初のレコンキスタ)。

761年頃に、修道院長マクシムスはオビエドに修道院を建てた。8世紀末のアストゥリアス王アルフォンソ2世西ゴート王国の後継を自負し、オビエドを都としてアーヘントレドを模した宮廷・教会組織を作り、司教座を創建し、都を教会や修道院で飾った。

914年、アストゥリアス王国は都をレオンへ遷した。これ以降は、レオン王国と呼ばれ、のちにアストゥリアスはカスティーリャ王国、スペイン王国の一部となった。

近代に入ると、ナポレオンの侵入によって一時荒廃したが、近隣の地下資源を背景に工業都市として発展を遂げた。炭鉱労働者などが多いこともあり、20世紀に入ると労働運動が盛んになった。1934年には、大規模な鉱山労働者の蜂起(アストゥリアス革命スペイン語版)が起こったものの、後に独裁者となるフランコ指揮の軍に鎮圧された。1936年に勃発したスペイン内戦においては、北部の重要な工業都市であったことから、反乱軍がこの都市の確保を重視し、早期に制圧された。その後、政府側との激しい攻防が展開されたため、再び街は荒廃した。

文化編集

オビエド考古学博物館があり、先史時代やローマ帝国時代などについての様々な展示がされている。

教育編集

オビエドにはオビエド大学があり、多くの学生がオビエドとその周辺で生活している。

観光と世界遺産編集

  オビエドとアストゥリアス王国の建造物群
スペイン
 
サン・ミゲル・デ・リーリョ教会
英名 Monuments of Oviedo and the Kingdom of the Asturias
仏名 Monuments d’Oviedo et du royaume des Asturies
登録区分 文化遺産
登録基準 (1),(2),(4)
登録年 1985年
拡張年 1998年
公式サイト 世界遺産センター(英語)
使用方法表示

オビエドはアストゥリアス革命とスペイン内戦で破壊されたため、古い町並みはあまり残されていない。大聖堂は内戦後に再建されたものである。世界遺産となっているアストゥリアス王国時代の教会は郊外にあり、訪れるにはバスを使うのが一般的である。

  • サン・サルバドル大聖堂(es) - 元は9世紀にアルフォンソ2世の命令で建てられたもので、14世紀からゴシック様式で増築された。
  • アストゥリアス考古学博物館(es) - 先史時代からアストゥリアス王国時代の遺品を収蔵している。
  • アストゥリアス美術館(es) - かつて宮殿として使用されていた建物を美術館に改装した。絵画などを収蔵している。

世界遺産編集

オビエドおよびレナ(オビエドから南に34 kmの町:es)にある9世紀の教会3つは、1985年に「アストゥリアス王国の教会」としてユネスコの世界遺産に登録された[4]。1998年に3つの建造物が追加され、「オビエドとアストゥリアス王国の建築物群」と改名された。

  • サン・ミゲル・デ・リーリョ教会(es
  • サンタ・マリーア・デル・ナランコ教会(es
  • サンタ・クリスティナ・デ・レーナ教会(es
  • カマラ・サンタ・デ・オビエド(es
  • サン・フリアン・デ・ロス・プラードス教会(es
  • フォンカラーダの泉(es

この世界遺産は世界遺産登録基準における以下の基準を満たしたと見なされ、登録がなされた(以下の基準は世界遺産センター公表の登録基準からの翻訳、引用である)。

  • (1) 人類の創造的才能を表現する傑作。
  • (2) ある期間を通じてまたはある文化圏において、建築、技術、記念碑的芸術、都市計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの。
  • (4) 人類の歴史上重要な時代を例証する建築様式、建築物群、技術の集積または景観の優れた例。

ギャラリー編集

スポーツ編集

姉妹都市編集

参考文献編集

  • 『地球の歩き方 スペイン 2004~2005年度版』ダイヤモンド・ビッグ社、2004年、364-366頁
  • D・W・ローマックス『レコンキスタ』刀水書房、1996年、40-43頁
  • 立石博高編『スペイン・ポルトガル史』山川出版社、2000年、73-74頁

脚注編集

  1. ^ Población, superficie y densidad por municipios” (スペイン語). INE(スペイン国立統計局). 2013年8月8日閲覧。
  2. ^ Poblaciones de hecho desde 1900 hasta 1991. Cifras oficiales de los Censos respectivos.
  3. ^ Cifras oficiales de población resultantes de la revisión del Padrón municipal a 1 de enero.
  4. ^ 川成洋『スペイン文化読本』丸善出版、2016年、173頁。ISBN 978-4-621-08995-8

関連項目編集

外部リンク編集