フォーミュラ1

フォーミュラ1Formula One英語発音: [ˈfɔːrmjulə ˈwʌn] フォーァミュラ・ン)は、モータースポーツカテゴリの1つであり、その世界選手権を指す場合もある。略称F1(エフ・ワン)。

フォーミュラ1
カテゴリ シングルシーター
国・地域 国際
開始年 1950年
ドライバー 20
チーム 10
エンジン
サプライヤー
フェラーリ · メルセデス · ルノー · ホンダ
タイヤ
サプライヤー
ピレリ
ドライバーズ
チャンピオン
ドイツの旗 ニコ・ロズベルグ
(メルセデス)
コンストラクターズ
チャンピオン
ドイツの旗 メルセデス
公式サイト www.formula1.com
Motorsport current event.svg 現在のシーズン

F1世界選手権 (FIA Formula One World Championship) は、国際自動車連盟 (FIA) が主催する自動車レースの最高峰で、現在は4輪の1人乗りフォーミュラカーで行われている。

目次

概要編集

モータースポーツの最高峰編集

1950年イギリスシルバーストン・サーキットで始まった。ヨーロッパアジア、南北アメリカ大陸を中心に世界各国を転戦し、各レース毎の順位によって与えられる点数「チャンピオンシップ・ポイント」の総計によってチャンピオンを決定する。なお、FIAが主催する四輪自動車競技の世界選手権は、F1の他、世界ラリー選手権 (WRC)、世界ツーリングカー選手権 (WTCC)、世界耐久選手権 (WEC)、フォーミュラE世界ラリークロス選手権 (WorldRX)がある。

Formula とは「決まり」「規定」を意味し、FIAが定めるクラスはF1以外にもフォーミュラ3 (F3)、フォーミュラ2 (F2)、フォーミュラ3000(F3000、現在はGP2)などがある。アメリカではオープン・ホイール(「露出した車輪」の意)と呼ばれ、北米圏ではインディカー・シリーズをトップフォーミュラとした独自の系統が存在する。日本にはF3000から発展した独立カテゴリー「スーパーフォーミュラ」がある。

出場する車両には、タイヤシャシーエンジンなどあらゆる部分に規定(テクニカルレギュレーション)があり、これに反した車両は走行できない。また、走行中のマナーなどの取り決め(スポーティングレギュレーション)もあり、違反した場合にはレース中のピット通過や、スターティンググリッド降格などのペナルティを課せられる。かつてはタイレルP34のような6輪も認められていたが、1983年以降は4輪の1人乗りフォーミュラカーに限られている。

かつては他のカテゴリー同様、1社のシャシーを複数のチームが使用することもあったが、現在ではコンコルド協定において、知的所有権を含め、過去2年のうちに参戦した他チームのシャシーを使用できないよう規定された。そのため、フォーミュラカー選手権としては唯一、全チームがオリジナルのシャシーを使用している[1]

ヨーロッパで広がった最高峰自動車レースのF1は、ヨーロッパにおいてはサッカーなどとともに、最も市民の熱狂を集めるスポーツの一つであり、1,000馬力超とも言われたターボエンジン搭載のモンスターマシンを操るスーパーライセンスを保持するF1ドライバーは「F1パイロット」とも別称され尊敬されていたが、近年は安全面や環境面への配慮や資源・コストの節約などの理由からパワーをはじめとしたスペックが抑えられているため、あまりパイロットという呼称は使われなくなりつつある。

オリンピックFIFAワールドカップと共に世界的な人気も高いが、近年では景気後退によるスポンサーの撤退や開催費用の負担などから、最盛期に比べ人気は低落している。[2][3]にもかかわらず、全戦数は増える一方でコンストラクターの金銭難は悪化の一途をたどっており、2014年度はケータハムとマルシャに管財人の手が入りグランプリ中途での撤退を余儀なくされている。

最高峰の代名詞編集

「F1」はモータースポーツ以外にも、パワーボートアメリカズカップを「海のF1」、レッドブル・エアレース・ワールドシリーズを「空のF1」、ボブスレーを「氷上のF1」と称するなど、トップカテゴリーの例えとして使われることがある。

開催国と開催数編集

イギリスイタリアでは、1950年以来継続して開催されている[4][5]。1960年代まではヨーロッパを中心に年間10戦前後で行われていたが、商業化と共に開催地域の拡大と開催数の増加が図られ、国々を転戦する興業一座という例えでグランプリ・サーカスと称されるようになった。

アメリカでは1970年代から1980年代にかけて開催が盛んになり[6]、日本でも1976年に初開催された(1977年に一旦中断するが、1987年に再開されてからは継続開催)。1990年代以降は参戦自動車メーカーが市場開拓を図るアジア地域での開催が以下の通り増えており、新規開催を求める国も増加の一方である。これはタバコ広告の禁止などの影響を含め、できるだけヨーロッパ以外の開催地を増やしてマーケットを拡大する意図があるものと見られている。シンガポールGPは2008年以降マリーナ地区で毎年開催されており、欧米系のファンを中心に国内外の人気を集めている。

この他、タイでも開催が検討されている。

1980年代からしばらくの間16戦前後で推移していた開催数は2000年代半ばから増加し、2004年に18戦、2005年に19戦、2012年はついに20戦の大台に乗った。こうした移動等で経済上の負担が非常に大きくなっているため、開催数を調整すべきという議論がされたが、2016年は史上最多の全21戦で開催された。2018年も再び21戦開催となる予定で、バーニー・エクレストンからフォーミュラワン・グループを買収したリバティメディアは、今後さらに開催数を増やしたいとしている[7]

一方、近年は景気後退やF1人気の低下による観客動員の減少もあり、開催を断念した国や開催継続が危ぶまれる国が増加している。かつては1国で2つのGPを開催するほどの人気を博していたドイツは、2015年と2017年にF1が開催されない事態に陥った。アジア各国でも例外ではなく、韓国GPは資金難を克服できずに2013年で早くも無期限撤退、インドGPは2014年に休会したまま復活していない。マレーシアGPは2017年で開催を終了する[8]

1国1開催編集

原則として1つの国で開催されるグランプリ (GP) は1シーズン中1回だけ(1国1開催)と定められている。しかし、様々な理由により複数回開催される例外がある。主な理由として、商業的見込みから人気ドライバーや人気チームを有するF1熱の高い国を重視する傾向が挙げられる。通常開催名は「国名+グランプリ」で表されるため、これらの例外では以下のような「別名」を使用している。

1997年は1国2開催がスペインGPとヨーロッパGP、ドイツGPとルクセンブルクGP、イタリアGPとサンマリノGPの3例行われた。極端な例としては、1982年アメリカで「アメリカ西GP」(ロング・ビーチ)・「アメリカ東GP」(デトロイト)・「ラスベガスGP」(ラスベガス)という1国3開催が行われた。

しかしながら、FIA2007年以降は1国1開催の原則を徹底する方針を示しており、同年から2014年までドイツGPはニュルブルクリンク(2007年、2009年、2011年、2013年)とホッケンハイム(2008年、2010年、2012年、2014年)で交互開催されたが、2015年はニュルブルクリンクの財政難により中止となった。2008年からスペインのバレンシアで行われたヨーロッパGPも2012年で終了し、2013年よりスペインでのF1開催はカタロニアのみとなった。2016年にヨーロッパGPがアゼルバイジャンで初開催されて復活したが、翌2017年からはアゼルバイジャンGPに名称を変更する。

また、2007年の日本GPが富士スピードウェイで開催されることが決まると鈴鹿サーキットが別名称での開催継続を要請したものの、原則もあってカレンダーから外れた。なお、鈴鹿サーキットに限らず、イモラでのサンマリノGPも2007年からは開催されていない。FOAバーニー・エクレストンは、2007年および2008年は富士スピードウェイで日本GPを開催し、2009年以降は鈴鹿と富士で隔年開催することを発表していたが、富士のF1撤退に伴い、2010年も鈴鹿で開催されることとなった。なお、2018年まで鈴鹿サーキットにて日本GP開催が決まっている。

チャンピオンシップ編集

各レース毎の順位によって与えられる点数「チャンピオンシップ・ポイント」の総計によってチャンピオンが決定する。獲得ポイントの最も多い選手が「ドライバーズ・ワールド・チャンピオン」となる。過去には有効ポイント制を採用していた事もあった。車体製造者(コンストラクター)には2台までポイントが与えられその合計で「コンストラクターズ・ワールド・チャンピオン」が与えられる[10]

強力なターボ・エンジンと自然吸気 (NA) エンジンが混走した1987年には自然吸気エンジン搭載車のみでのチャンピオンシップが制定され、それぞれドライバーに与えられる「ジム・クラーク・カップ」、コンストラクターに与えられる「コーリン・チャップマン・カップ」と呼ばれたが、翌1988年、ターボ・エンジンの燃費規制が厳しくなり自然吸気エンジンとの戦力差が縮小され、1年限りで廃止された。その後、ターボ・エンジンは禁止になったが、2014年からパワーユニットにターボ・エンジンが内包される形で復活した。

基本的な競技の進行編集

フリー走行編集

金曜(モナコグランプリのみ木曜)に午前・午後の2回、土曜午前に1回、計3回の練習走行が設けられる。各マシンは過去のセッティングデータに基づいて開催サーキットの特性にある程度合わせて持ち込まれるが、実際に走行することによってドライバーの意見を反映させて微調整を繰り返す。また、参戦初年度のドライバーが過去に未体験のサーキットを走る場合、コースの習熟の意味も含まれている。近年ではマシンテストの回数を制限されているため、その代わりにフリー走行をマシンテストの場として利用したり、新しいパーツの評価を行ったりする場として活用せざるを得ない傾向にある。

予選編集

土曜午後に行われ、『ノックアウト方式』でスターティンググリッドを決定する。予選では、各車が一定時間内で自由に走行を行い、1周の最速タイムを競いあう。2017年は、20台が参加し以下のように進行する。

  • Q1(第1セッション)では、20台が18分間走行し5名がノックアウト、15名がQ2進出。16位から20位までが決定される。
  • Q2(第2セッション)では、15台が15分間走行し5名がノックアウト、10名がQ3進出。11位から15位までが決定される。
  • Q3(第3セッション)では、10台が12分間走行し、1位から10位までが決定される。

Q3で最速タイムを記録した者はポールポジションとなり、以降は各セッションのノックアウト順で整列する事になる。ただし、フリー走行等でのトラブルにより予選Q1に出走しない車両がある場合は、強制的にQ1の最下位扱いとして進行し、台数に応じてQ1のノックアウト者を減らす[11]

また、以下のような理由でペナルティを課されグリッド降格になる場合があるため、必ずしも予選結果順にスタートするとは限らない。

  • 決勝までに規定数以上のエンジンコンポーネント交換や本来連続使用するギアボックスの早期交換を行った場合、交換範囲に応じてグリッド降格。
  • 前戦やフリー走行及び予選中の危険走行に対するペナルティでの予選タイム変動(予選最速・全タイムの抹消(ノータイム扱い)[12]など)によるグリッド降格。

また、予選後にセッティング変更などを行うと予選の結果に関わらずピットレーンスタートとなる。[13] さらに2011年からは107%ルールが再導入されており、予選Q1のトップタイムに対し自身のベストラップが107%より遅いドライバーは審議対象になり、出走許可が出なければ予選落ちとなる[14]

なお、タイムはマシンに搭載された無線装置により1/1,000秒単位まで計測される。まれに1/1,000秒まで同タイムのケースが見られるが、その場合には先にタイムを出したドライバーから上位グリッドに着く[15]

決勝編集

日曜午後に行われる決勝は、原則的に距離305kmを超える最も少ない周回数で争われる。また、レースが2時間を超えた場合は、その周回で打ち切られる。また、レース自体の時間が2時間を超えなくても途中赤旗中断があった場合、レーススタートから中断時間を含めて4時間を超えた場合、その周回で打ち切られる。例外として、モナコグランプリ市街地コースで行われることによる体力的・精神的負担などを考慮し、また平均速度が極端に遅く(他コースより60km/hほど遅い)競技時間が長くなってしまうことから、1967年から約260kmで争われている。また、ドライコンディション時に2時間を超えて終了したコースについては翌年から周回数を減らして行われる[16]。全車静止した状態からスタートを切り(スタンディングスタート)[17]、規定の周回数を最初に走破したドライバーが優勝となる。

その後の順位は走破した周回数とその時間により決まる。すなわち優勝者と同じ周回を走りきったドライバー、その次に1周遅れのドライバー、2周遅れ…という順で、それぞれの中で先にゴールしたドライバーから順位がつけられる。途中リタイヤして、最後まで走り切れなかったドライバーも、全体の9割以上の周回を走っていれば周回遅れとして完走扱いになる(例…60周で行われるレースなら54周以上走っていたら完走扱いとなる)。そのため、1982年のモナコGPのように『フィニッシュできなかったドライバーが表彰台』という珍事も起こり得る[18]

例) 2004年日本GP 53周
順位 ドライバー タイム/時間差 備考
1位 ミハエル・シューマッハ 1時間24分26秒985
2位 ラルフ・シューマッハ +14秒098
3位 ジェンソン・バトン +19秒662
4位 佐藤琢磨 +31秒781
11位 ヤルノ・トゥルーリ +1周
16位 ジャンマリア・ブルーニ +3周
ルーベンス・バリチェロ 38周でリタイヤ(+15周) (完走扱いではない)

レース後のリザルトによって、チーム・ドライバーにはチャンピオンシップポイントが加算される。2015年現在のルールでは上位10台にポイントが順位に応じて加算され、10位以上は「入賞」となる。

ピット編集

レース中はタイヤ交換などのためにピットに入る(ピットイン)。ピットで可能な作業は時代によって異なり、タイヤ交換の他にマシン微調整や破損したウイングの交換などを行うことができる。かつては給油も可能だったが、2010年からレース中にピットに入り給油することは禁止となっている。タイヤに関しても2007年からはレース中に2種類のタイヤを使用することが義務づけられた[19]ため、レース中のタイヤ交換は最低1回必ず行わなければならないが、その他については必ずしも行わなくても良い。現在ではコース上での追い抜きが難しくなったこともあり、このようなピットでの戦略(ピットインのタイミング・タイヤの種類の選択、以前は給油量など)がレースの勝敗を大きく左右する。

レギュレーションの変遷編集

自動車に関する技術の進歩とマシンの高速化による危険性の増加にともない、F1のレギュレーションは大小さまざまな変更がなされている。特に1994年サンマリノグランプリで起きた2件の死亡事故以後は、安全性向上のためのレギュレーションが多く施行された。この流れのレギュレーション変更には、主にスピードの低下を狙ったものと安全設備の設置を義務付けるものとがある。また、2000年代に入ってからは高騰したマシン開発費を抑制するためのレギュレーションが施行されている。

マシン編集

1/1000秒単位の争いをドライバーが担っていた時代は終わり、2016年現在はマシンの性能で表彰台に乗れるかどうかが左右される時代になってしまっている。このため、前年度ワールドチャンピオンがQ2ノックアウトということも今では一切珍しくなくなってしまっている。[20]

また、グランプリ中途での新規開発により下位コンストラクターがいつまでも不利、ということも理論上はないが、事実上上位コンストラクターが表彰台を独占することが慣例化してしまっている。このためF1の人気低落に歯止めがかからず、ヨーロッパのグランプリでは本選の空席も珍しくない。

ドライバー編集

F1ドライバーになるためには、FIAが発給するモータースポーツライセンスの最上位クラスである「スーパーライセンス」を所持していなければならない。発給を受けるためには、FIAグレードAライセンス(国際A級ライセンス)を所持していることを始め年齢や自動車運転免許の所持などの5つの条件を満たす他、過去のF1参戦歴または下位カテゴリーでの成績に関する条件に1つ以上該当している必要がある。

近代ではドライバーの低年齢化が著しく進み、2014年にはマックス・フェルスタッペントロ・ロッソ)が史上最年少の17歳でF1のフリー走行をこなし、翌年フェルスタッペンはレギュラー契約を結んでF1デビューを果たした。しかしこれがきっかけでドライバーの低年齢化に対する議論が巻き起こり、運転経験が少ないドライバーのデビューに苦言が呈された。その結果FIAはスーパーライセンスの発給規定を変更することになり、2016年以降は18歳未満のドライバーはF1に出場できないことになった(詳細はスーパーライセンスマックス・フェルスタッペンを参照。)。 2017年現在の最年長ドライバーは37歳のキミ・ライコネンであり、他のベテランドライバーであるフェルナンド・アロンソフェリペ・マッサなどと共に総じてチャンピオン争いから離れていることもあって、1987年のように[21]ベテランドライバーがチャンピオン争いをしていた時代は遠い過去になってしまっている。

ペイドライバー編集

ペイドライバーとは、実力が伴わないにも関わらず持ち込み資金やスポンサーの協力で契約するドライバーの俗称である。 「金でシートを買った」などと悪名高い存在と言われることも多く、セバスチャン・ベッテルが「ペイドライバーは動く障害物だ」や「カーティケヤンはきゅうり」などと発言したこともある。1990年代からこの種のドライバーはまったく珍しくなかったが、資金の高額化によりパストール・マルドナドランス・ストロールなど数十億円にも及ぶ資金でシートを用意されるドライバーも存在する。マルドナドのスポンサーであるベネズエラの石油会社、PDVSAによるロータスのシートへの資金は史上最高額を更新した。ストロールは父親のローレンス・ストロールの援助で日本円で約82億円を持ち込み、ウィリアムズからF1デビューを果たしている[22]。また、井上隆智穂はかつて「F1はビジネスだから、ボクみたいな技術でも金さえ払えばF1ドライバーになれる」と発言している。それに伴い、近年はヤルノ・トゥルーリルーベンス・バリチェロヘイキ・コバライネンなど実力派ドライバーがシートを失う事態が続いており、懸念の声が挙がっている。

ただし必ずしも性能の悪いドライバーがペイドライバー、ということはなく、実力があっても本人の意にそぐわない形で資金を持ち込んでシートを得るドライバーも存在する[23]。これはF1だけに限ったことではなく他のモータースポーツでも普通にみられることではあるが、F1の場合は特に資金が高額のため批判の対象になることが多い。一方で持ち込み資金の不足やスポンサーの経営状況によりシートを失うケースもあり、実際の例として2016年にマルドナドは自身のスポンサーであるPDVSAが、ベネズエラの石油価格の下落による経済・政治情勢が不安定なことによりシート料を払うことができず、チームとの契約が破談しマルドナドはシートを失っている。

また2015年には「ペイドライバーが、より高額な資金を持つ別のペイドライバーにシートを奪われる」という事態が発生した。これはザウバーに契約を破棄されたギド・ヴァン・デル・ガルデの告訴により発覚したものである。ヴァン・デル・ガルデは1度は契約を結んだにも関わらず、ザウバーがマーカス・エリクソンフェリペ・ナスルと契約を結んだため、押し出される形で失ったシートの返還を求め提訴し、勝訴した。最終的にはヴァン・デル・ガルデがザウバーからの違約金を条件に出走を諦めることで和解したが、一時は2つの枠に3人のドライバー(ヴァン・デル・ガルデ、エリクソン、ナスル)が存在するという混乱を生んだ。更にはエイドリアン・スーティルも似た経緯で同年のシートを喪失していたことが判明し、スーティルの場合は賠償金の支払いのみを求めてザウバーを提訴し勝訴している。なお、この4人がどのような順番及び内容で契約していたのかは不明であり、一説ではエステバン・グティエレスジュール・ビアンキとも契約を結んでいたとされる。

実際にペイドライバーとして扱われながらも好走を見せたドライバーも少なからずおり、以下は活躍したペイドライバーの一例。

  • アンドレア・デ・チェザリスフィリップモリスマールボロ)の重役の息子だったため、同社の強力なスポンサードを受けて参戦していた。「クラッシュ・キング」「サーキットの通り魔」などの不名誉な異名もとったが、たびたび好走を見せ、1991年には新参チーム・ジョーダンのランキング5位に貢献した。最終的にはキャリア15年で延べ12チームに在籍し長きに渡ってドライブしていた。
  • ペドロ・ディニスパルマラットやブラジルの多数の食品関連会社のスポンサードを受けていた。当初は「F1に出場させるためにチーム(フォルティ・コルセ)ごとF1デビュー」「ドライビングコーチ(ルネ・アルヌー)が同伴」など明らかに実力不足なドライバーであることが明確であり、報道などで揶揄されることも多かったが、移籍してオリビエ・パニスデイモン・ヒルミカ・サロジャン・アレジといった実力あるドライバーと組むうちに自身も実力を付け、時には彼らチームメイトよりも予選で上位に入るなど注目を集めていった。キャリア終盤にはただのペイドライバーから「莫大な資金力を持ちながらも、実力も十分備えるドライバー」へと評価も変わっていった。
  • セルジオ・ペレスカルロス・スリム・ヘルの関連会社から多額の支援を受けており、荒いドライビングが多かったにも関わらず、当時トップチームであったマクラーレンと契約を結んだことを揶揄された。しかし、前年所属したザウバーでは一度の2位表彰台と二度の3位表彰台を獲得(これはザウバーに所属したドライバーの最高位、最多回数である)、マクラーレンのシート喪失後に移籍したフォース・インディアでは、複数の表彰台に加え安定したドライビングを見せ、高い評価を受けている。
  • パストール・マルドナドは前述のようにベネズエラ政府のバックアップ及びPDVSAから40億円近い資金を持ち込んだことで知られている。ただしマルドナドは前年にGP2のタイトルを獲得しており、仮に資金がなかったとしてもシートに見合う実績はあった。事故によるリタイアが多く、ジャンプスタートを犯してしまうなど荒いドライブを見せるが、時折上位グリッドを獲得したりレース中に上位を走る等注目を集めし、2012年スペインGPでは明確なペイドライバーとしては数少ないPP獲得・優勝を果たすなど、記録だけで言えば「史上最速のペイドライバー」である。

またこれとは別に、小林可夢偉[24]ロベルト・メリ[25]などスポンサーを全く持たないままデビューしたドライバーも存在する。

レースイベント編集

各年毎の結果は下記囲み内のリンクを参照。

また、各グランプリの年別の勝者などについては、F1選手権レースの一覧から各グランプリ別の記事を参照。


追加決定のレース編集

今後、選手権に追加されることが決定しているレース

  • フランスグランプリ(2018年から)
    • 2008年を最後に開催されていなかったが、10年ぶりの復活となる。
  • ドイツグランプリ(2018年から)
    • 2017年は交渉がまとまらず、カレンダーから外されていた。

追加の検討がなされたレース編集

F1選手権への追加の検討が一度でもなされたレースイベントは以下。

Formula One Paddock Club編集

F1を代表するグランプリの1つであり毎年世界中のセレブリティーが訪れることでも有名なモナコグランプリをはじめ、各グランプリに「Formula One Paddock Club」と呼ばれる特別観戦エリアが設定されている。「Formula One Paddock Club」は、各国の有力者や文化人などのいわゆる「セレブリティー」が訪れるなど、単なるスポーツ観戦の枠を超えた社交場の1つとして提供されている。

この事は、F1がヨーロッパの文化や社交に根付いていることを象徴しているのみならず、高い入場料金が設定されている上、その多くがF1に多額の資金を注入している自動車メーカーやスポンサー向けに提供されていることから「多額の資金が投下され、商業化が進む近年のF1を象徴している」という指摘もある。

F1などのオープンホイールを題材とした作品編集

実写映画・ドラマ
マンガ・アニメ
ゲーム
音楽
小説

日本におけるテレビ・インターネット中継編集

現在編集

2017年現在は地上波のテレビ放送は行われておらず、CS放送及びインターネット配信のみが行われている。

CS放送編集

フジテレビNEXT」で全戦生中継(金曜フリー走行、土曜フリー走行、予選、決勝)で放送している。今宮純川井一仁が現地のスタジオで、フジテレビのスタジオにいる実況アナウンサーともう1人の解説者(森脇基恭熊倉重春など)と共に中継を行っている。

インターネット編集

スポーツライブ配信サービス「DAZN」で全戦生中継(金曜フリー走行、土曜フリー走行、予選、決勝)を行っており、さらにオンボードカメラ映像や下位カテゴリのF2GP3の各セッションと決勝の生中継配信と関連番組の配信も含めて、小倉茂徳中野信治などの実況、解説で日本語で中継を行っている[27][28]。なお、PCやスマートフォンのみならず、テレビでの観戦も可能である。

1986年以前編集

1976年のF1世界選手権イン・ジャパンと1977年の日本GPTBSが中継し、その後1986年までは、TBSがダイジェスト形式で放送を行っていた。また、カーグラフィックTV(当時はテレビ朝日、後のBS朝日)でも全戦をダイジェスト形式で放送を行っていたこともある。

1987-2011年編集

1987年から日本GPが復活することや中嶋悟のフルタイム参戦に伴い、フジテレビは日本GPのみを中継できる権利を購入しようとFIAにかけあった。しかし、FIAの放映権販売の方針として、一つのグランプリだけを売ることをせず、すべてのグランプリの放映権を一括で購入させる方式をとっていた。そのため、フジテレビはある意味においてはやむなく独占中継権を取得した。放映権料は30億といわれた。同局はその際、日本GPの冠スポンサー(名称は「フジテレビジョン日本グランプリ」)にもなり、23年間冠スポンサーを継続したが、リーマンショックに端を発した不況の煽りを受け、2010年冠スポンサーの座を辞した。

なお、1991年日本GPは日曜日の20時からというゴールデンタイムにテレビ放送された。バブル景気下における未曾有のF1ブームの上に、日本人初のレギュラードライバーの中嶋悟の最後の日本GP、セナとマンセルのタイトル争いといった要素が影響し、すでにレース終了から5時間以上が経ってからの録画中継という形にもかかわらず、20.8%(中部地域では27.4%)の高視聴率をマークした。

2012-2015年編集

1987年から25年放送されてきた地上波放送がスポンサーの減少などの理由で終了し、BSフジでの放送に移行されることになった。CS放送(フジテレビNEXT)での全セッション生中継はこれまでどおり放送される。

2014年、インターネット視聴サービス「フジテレビNEXT smart」でも生中継を開始。地上波(関東ローカル)で数戦ごとにまとめたダイジェスト番組が放送された[29]

生中継編集

F1日本グランプリは日本国内で開催されるにも関わらず、F1と同じくフジテレビ系列が放送する日本中央競馬会の日曜日のメインレースと時間帯が重なるため生中継ができず、日本国外では生中継が行われながら開催国では同日夜のゴールデンタイム・プライムタイムでの録画放送しか見られないと言うねじれ現象が長年続いていた。1994年のパシフィックGPが日本国内開催のF1グランプリレースとして初めてフジテレビ系列で生中継されたが、この時はレーススタート時間が12時30分であったことで、中央競馬中継とのバッティングが避けられている。しかしその後も長く、日本国内開催のF1グランプリレースが地上波で生中継されることはなかった。

2005年に、フジテレビが放送を開始して初めて日本GPの地上波生中継が実現した。ファイナルラップでマクラーレンキミ・ライコネンルノージャンカルロ・フィジケラを追い抜くという、1位と2位の逆転劇があったことなどにより平均視聴率10.3%(関東地区)とまずまずの結果を残したことから2006年以降も継続された。2007年9月30日の日本GPは日本中央競馬会のGI競走スプリンターズステークスと重なることからどうなるか注目されたが、日本GPの生中継は13時10分 - 15時15分(最大延長15時35分まで)となり、レギュラーの競馬中継時間と一部重なることになるが、F1・競馬両レースを生中継するにはほぼ問題ないスケジュールとなった。しかし日本GPが雨の影響でレース時間が延長になり、15時35分までF1が中継され、トップ3記者会見の非中継、また競馬もパドックや本馬場入場の非中継などの影響があった。2009年もGIスプリンターズステークスと重なるが、スプリンターズステークスの発走時刻を15時45分と、通常のGI発走時刻より5分遅くすることが決まっている。 しかし、2010年はレーススタート時刻が15時だったため、中央競馬中継(みんなのKEIBA)と時刻が被った。中央競馬中継のための規約の関係上、みんなのKEIBAを放送休止にはできないため、16時からの中継に変更となり、再び生放送はされなくなった。

海外グランプリではカナダGPブラジルGPなど南北アメリカで開催されるレースが時差の関係から生中継となるが、1992年のメキシコGPとカナダGPは月曜朝(録画放送)・月曜深夜(ダイジェスト)と2回放送していた。また、1999年と2006年オーストラリアGPが生中継で放送されている(2006年は残り3周あたりから生中継)。ヨーロッパにおいて開催されるレースは、レース時間が日本におけるゴールデンタイム、プライムタイムと重なり、その時間帯に相応しい高い視聴率が望めないために地上波での生中継は行われていない。

CS放送編集

CS放送は全戦生中継(金曜フリー走行、土曜フリー走行、予選、決勝。)で、地上波とは別の実況・解説者にて放送している。今宮純川井一仁が現地のスタジオで、フジテレビのスタジオにいる実況アナウンサーともう一人の解説者(森脇基恭熊倉重春小倉茂徳など)と共に中継を行っている。なお音声切り替えにより、解説、実況のない現地の音声のみで楽しむことができる。

2016年 -編集

2016年 - 2022年のアジアでのF1放映権をFOXスポーツが獲得しており、日本でF1中継が継続されるかが注目されたが、2016年2月にフジテレビが放映権を獲得したと発表した。しかし、FOXからの購入というかたちでの獲得だったため、契約上BSフジでの放送は不可能になり(ただし日本GPのみBSフジで録画放送された)、中継はCS放送のみとなった。

インターネット中継編集

-2015年編集

インターネットでの中継配信は2013年にソフトバンク傘下のTVバンクとイギリスのZume Motor Racingが「Formula 1 on Zume」としてパソコン及びiPad向けに2013年7月よりサービスを開始[30]、国際映像だけでなくオンボードカメラやピットレーンの映像も切り換えられる形で提供していたが、2013年シーズン限りでサービスを終了した。2015年までは「フジテレビNEXTSmart」単独契約でも試聴可能だったが、2016年からは前述の放映権の変更に伴い、CS契約者のみがネットでも見られる形に変更されている[31]

2016年-編集

2016年8月からはイギリスのパフォーム・グループがスポーツライブ配信サービス「DAZN」の日本でのサービスを開始し、その中でF1の全セッション及びオンボードカメラ映像、下位カテゴリのF2、GP3の生中継配信と関連番組の配信を日本語で実施している[32][33]。テレビで見ることも可能である。

脚注編集

[ヘルプ]
  1. ^ ローラダラーラなどのシャシーメーカに製作を依頼することは可能だが、その場合もそのシャシーを他チームと共用することはできない。
  2. ^ 2014年の鈴鹿グランプリは15万人を初めて切った。
  3. ^ F1:世界的にテレビ視聴率が大幅に低下F1-gate.com, 2014年6月11日
  4. ^ イタリアはイモラ開催の1980年以外はモンツァでの開催。
  5. ^ その次に開催数が多いフランスは1955年と2009年以降未開催となっている(2018年に復活予定)。
  6. ^ 1982年にはロングビーチ市街地コース(アメリカ西GP)、デトロイト市街地コース(アメリカ東GP)、ラスベガス市街地コース(ラスベガスGP)の3戦が開催された
  7. ^ 【F1】 2019年以降に年間22戦以上のレース開催を目指す”. F1-Gate.com (2017年6月6日). 2017年6月8日閲覧。
  8. ^ マレーシアGPが今季開催で終了、19年の歴史に幕。2018年F1は21戦のカレンダーに”. AUTOSPORTweb (2017年4月7日). 2017年4月7日閲覧。
  9. ^ アゼルバイジャンでは重複するF1のレースが無く、「アゼルバイジャンGP」の名称でも開催が可能だったが、開催初年度の2016年のみ「ヨーロッパGP」の名称を使用した
  10. ^ コンストラクターにはチームと言う意味合いは含まれて無いが、2005年現在ではレギュレーションに『チームと車体製造者は同一でなければならない』と記載されており、ルール上は同様の意味合いとなっている。
  11. ^ 2015年オーストラリアGPではマノー・マルシャの2台が予選Q1に出走しなかったため、Q1ノックアウトは3台(16~18位)。
  12. ^ 例外として特定のコーナーにおいて、4輪全てが縁石を越えた場合は当該周回で出したタイムが無効になる。
  13. ^ 2012年アブダビGPでのセバスチャン・ベッテルのように作戦上ピットレーンスタートを選択する場合もある。
  14. ^ 審議時には「フリー走行でのタイム」「今シーズンのレースの走行ペース」などといった要素が考慮されている。またマシントラブルやアクシデントで走行できず予選ノータイムや107%以下のタイムとなった場合も審議対象となるが、その場合は「例外的な状況」という名目で出走できるケースが多い。
  15. ^ 1988年日本グランプリでは予選5位のタイムが1分43秒693で2名並び、先にタイムを出したネルソン・ピケが5位、中嶋悟が6位になった。また1997年ヨーロッパグランプリではトップ3名が1分21秒072の同タイムで並び、タイムを記録した順でポールポジションからジャック・ヴィルヌーヴミハエル・シューマッハハインツ・ハラルド・フレンツェンの順でグリッドに着いた。
  16. ^ フェニックス市街地で行われたアメリカGPが代表例(1989年では75周で優勝タイム2時間1分33秒133、翌1990年では72周に変更)。
  17. ^ ただし、雨天時などスタンディングスタートで行うリスクが高いと判断された場合は、セーフティカーの先導によるローリングスタートが行われる場合もある。
  18. ^ 優勝者と同一周回内でチェッカーフラッグを受けたドライバーがいなかったため。ちなみに、このとき2位・3位になったディディエ・ピローニアンドレア・デ・チェザリスは、共にファイナルラップ中にガス欠を起こしリタイヤしている。
  19. ^ コンパウンド(硬さ)は全部で5種類ありそのうちの3種類がグランプリ毎に指定され、3種類のうち最低2種類を決勝レース中に履かなければならない。雨天時はレインタイヤになるのでこの制限はない。
  20. ^ セバスチャン・ベッテルは2013年度ワールドチャンピオンであるにもかかわらず、2014年度はチームメイトに負けた上Q2でカットされたグランプリがある。
  21. ^ 当時35歳のネルソン・ピケと34歳のナイジェル・マンセルによるタイトル争い。
  22. ^ “ランス・ストロールの父、息子のF1デビューを82億円を投じてお膳立て”. F1-Gate.com. (2016年11月5日). https://f1-gate.com/lance-stroll/f1_33686.html 2017年4月22日閲覧。 
  23. ^ 7度のチャンピオン経験者であるミハエル・シューマッハも、デビュー戦はメルセデスのスポンサー資金提供を受けたことでシートを確保した。
  24. ^ ザウバー在籍時、オーナーのペーター・ザウバーは小林が資金を持ち込んでいないと明言している。“ザウバー 「小林可夢偉は実力でF1にいる」”. F1-Gate.com. (2010年10月8日). http://f1-gate.com/sauber/f1_9428.html 2010年11月12日閲覧。 
  25. ^ メリ自身が自分にスポンサーが無いことを明言している。“メルヒ、シート維持にはスポンサーが必要”. ESPN F1. (2015年3月11日). http://ja.espnf1.com/manor/motorsport/story/193971.html 2015年4月15日閲覧。 
  26. ^ 日本での発売は、当初コードマスターズの日本法人が行っていたが、日本法人の廃止に伴い、2015年発売分からユービーアイソフトに移管している
  27. ^ F1やプロ野球 横浜・広島も。月額1,750円のスポーツライブ配信「DAZN」開始,AV Watch,2016年8月23日
  28. ^ DAZN、F1解説に小倉茂徳を起用,F1-Gate.com,2016年8月24日
  29. ^ 3年ぶり! フジテレビF1地上波に復活”. AUTOSPORT web (2014年5月9日). 2015年4月13日閲覧。
  30. ^ F1の国際映像やオンボード映像をライブ配信する「Zume」,AV Watch,2013年7月26日
  31. ^ 2016年フジテレビF1のネット配信は、放送契約者限定に,AV Watch,2016年3月11日
  32. ^ F1やプロ野球 横浜・広島も。月額1,750円のスポーツライブ配信「DAZN」開始,AV Watch,2016年8月23日
  33. ^ DAZN、F1解説に小倉茂徳を起用,F1-Gate.com,2016年8月24日

関連項目編集

外部リンク編集

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