ガイウス・クラウディウス・ネロ
ガイウス・クラウディウス・ネロ(ラテン語: Gaius Claudius Nero)は、メタウルスの戦いを指揮した紀元前207年の共和政ローマの執政官。クラウディウス氏族の一員。
ガイウス・クラウディウス・ネロ C. Claudius Ti.f. Ti.n. Nero | |
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出生 | 不明 |
死没 | 不明 |
出身階級 | パトリキ |
氏族 | クラウディウス氏族 |
官職 |
執政官(紀元前207年) 監察官(紀元前204年) |
指揮した戦争 | 第二次ポエニ戦争(メタウルスの戦い) |
生涯編集
紀元前211年にクラウディウスは1万人の兵と共にプブリウス・コルネリウス・スキピオらの軍勢の壊滅で危機に陥っていたスペイン戦線に派遣され、勝利を収めかけたが、カルタゴ軍を指揮していたハンニバルの弟ハスドルバルに騙されてカルタゴ軍を逃してしまった。クラウディウスはローマに召還された。紀元前207年、クラウディウスはマルクス・リウィウス・サリナトルと共に執政官に選出され、同僚と共に2個軍団を指揮してメタウルス河畔でハスドルバルを司令官とするカルタゴ軍を破り、ハスドルバルを殺害した。
紀元前204年にマルクス・リウィウス・サリナトルと共にケンソルに就任するが、塩税問題では対立した。