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ジョージ・ケル(George Clyde Kell, 1922年8月23日 - 2009年3月24日)は、メジャーリーグベースボールの元選手。主なポジションは三塁手。右投げ右打ち。アメリカ合衆国アーカンソー州出身。弟のスキーター・ケルも元メジャーリーガーである。

ジョージ・ケル
George Kell
George Kell.png
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 アーカンソー州
生年月日 1922年8月23日
没年月日 (2009-03-24) 2009年3月24日(86歳没)
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 三塁手
プロ入り 1940年
初出場 1943年9月28日
最終出場 1957年9月14日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
Empty Star.svg Empty Star.svg Empty Star.svg 殿堂表彰者Empty Star.svg Empty Star.svg Empty Star.svg
選出年 1983年
選出方法 ベテランズ委員会選出

経歴編集

1940年ブルックリン・ドジャースに入団するが、マイナー時代に移籍し、1943年フィラデルフィア・アスレチックスでメジャーデビューを果たす。デビュー戦では5打数1安打1打点。その1安打は三塁打だった。

1944年1945年は、アスレチックスのレギュラーとして活躍。その2年間の平均打率は.270と、それほど高くはなかったが、1946年のシーズン途中にデトロイト・タイガースへ移籍すると、突如打撃が冴えるようになり、アメリカンリーグ4位の打率.322を記録した。その後、1947年から1951年までの5年間はタイガースでプレイし、1949年には最終戦で打率を逆転し、1毛差で首位打者を獲得。タイガースでの5年中4度、打率ベスト5入りを果たした。それに加えて、1950年1951年には2年連続で最多安打にも輝いている。1952年6月にはボストン・レッドソックスへ放出されたが、タイガースとレッドソックスを合わせて残した打率.311はリーグ4位の好成績だった。その後はシカゴ・ホワイトソックスを経由して、ボルチモア・オリオールズ1957年に引退した。この間に1947年から1954年までの8年間と、1956年1957年の計10回、オールスターに出場している。1983年、殿堂入り。2009年3月24日、86歳で死去。

詳細情報編集

年度別打撃成績編集

















































O
P
S
1943 PHA 1 5 5 1 1 0 1 0 3 1 0 0 0 -- 0 -- 0 0 0 .200 .200 .600 .800
1944 139 556 514 51 138 15 3 0 159 44 5 2 19 -- 22 -- 1 23 28 .268 .300 .309 .609
1945 147 602 567 50 154 30 3 4 202 56 2 0 7 -- 27 -- 1 15 13 .272 .306 .356 .662
1946 26 100 87 3 26 6 1 0 34 11 0 0 2 -- 10 -- 1 6 1 .299 .378 .391 .768
DET 105 477 434 66 142 19 9 4 191 41 3 2 13 -- 30 -- 0 14 11 .327 .371 .440 .811
'46計 131 577 521 69 168 25 10 4 225 52 3 2 15 -- 40 -- 1 20 12 .322 .372 .432 .804
1947 152 662 588 75 188 29 5 5 242 93 9 11 10 -- 61 -- 3 16 13 .320 .387 .412 .798
1948 92 414 368 47 112 24 3 2 148 44 2 2 8 -- 33 -- 5 15 10 .304 .369 .402 .772
1949 134 613 522 97 179 38 9 3 244 59 7 5 16 -- 71 -- 3 13 17 .343 .424 .467 .892
1950 157 724 641 114 218 56 6 8 310 101 3 3 16 -- 66 -- 1 18 23 .340 .403 .484 .886
1951 147 674 598 92 191 36 3 2 239 59 10 3 11 -- 61 -- 4 18 13 .319 .386 .400 .786
1952 39 171 152 11 45 8 0 1 56 17 0 1 4 -- 15 -- 0 13 2 .296 .359 .368 .728
BOS 75 312 276 41 88 15 2 6 125 40 0 1 4 -- 31 -- 1 10 11 .319 .390 .453 .843
'52計 114 483 428 52 133 23 2 7 181 57 0 2 8 -- 46 -- 1 23 13 .311 .379 .423 .802
1953 134 520 460 68 141 41 2 12 222 73 5 2 3 -- 52 -- 5 22 10 .307 .383 .483 .866
1954 26 109 93 15 24 3 0 0 27 10 0 0 1 0 15 -- 0 3 2 .258 .361 .290 .651
CHW 71 261 233 25 66 10 0 5 91 48 1 1 1 9 18 -- 0 12 5 .283 .323 .391 .714
'54計 97 370 326 40 90 13 0 5 118 58 1 1 2 9 33 -- 0 15 7 .276 .334 .362 .696
1955 128 504 429 44 134 24 1 8 184 81 2 2 13 5 51 2 6 36 7 .312 .389 .429 .818
1956 21 91 80 7 25 5 0 1 33 11 0 0 2 1 8 0 0 6 3 .313 .371 .413 .783
BAL 102 389 345 45 90 17 2 8 135 37 0 1 12 4 25 3 3 31 8 .261 .313 .391 .704
'56計 123 480 425 52 115 22 2 9 168 48 0 1 14 5 33 3 3 37 11 .271 .324 .395 .719
1957 99 345 310 28 92 9 0 9 128 44 2 0 7 1 25 2 2 16 11 .297 .352 .413 .765
通算:15年 1795 7529 6702 880 2054 385 50 78 2773 870 51 36 149 20 621 7 36 287 188 .306 .367 .414 .781
  • 各年度の太字はリーグ最高

獲得タイトル・記録編集

  • アメリカンリーグ首位打者:1回(1949年)
  • 最多安打:2回(1950,1951年)

三振の数が非常に少ない。15年間プレイしての287三振は、年平均にすると約19.1個になる。また、1946年には15本、1956年には14本のセーフティバントを決めて、いずれもリーグ最多になっている。

関連項目編集

外部リンク編集