デイヴィッド・マイケル・デイヴィス

デイヴィッド・マイケル・デイヴィスDavid Michael Davis, 1948年12月23日 - )は、イギリスの政治家。保守党所属。日本語表記ではデービッド・デービスデービッド・デイビスもしばしば使われる。2016年7月13日から欧州連合離脱担当大臣を務める。デイヴィスは1994年からヨーロッパ担当大臣を務めた功績で1997年の新年に叙勲され、枢密院で宣誓している。

イギリスの旗イギリスの政治家
デイヴィッド・デイヴィス
David Davis
David Davis 2016.jpg
欧州連合離脱担当大臣
就任
2016年7月13日
首相 テリーザ・メイ
前任者 新設
影の内務大臣
任期
2003年11月11日 – 2008年6月12日
指導者 マイケル・ハワード
デイヴィッド・キャメロン
前任者 オリバー・レットウィン
後任者 ドミニク・グリーブ
影のコミュニティ・地方自治大臣
任期
2002年7月23日 – 2003年11月11日
指導者 イアン・ダンカン・スミス
前任者 エリック・ピックルズ (Local Government and the Regions)
後任者 デヴィッド・カリー (Local and Devolved Government Affairs)
エリック・ピックルズ (Local Government)
バーナード・ジェンキン (Regions)
保守党幹事長
任期
2001年9月18日 – 2002年7月23日
指導者 イアン・ダンカン・スミス
前任者 マイケル・アンクラム
後任者 テリーザ・メイ
Chair of the Public Accounts Committee
任期
1997年6月18日 – 2001年6月7日
指導者 ウィリアム・ヘイグ
前任者 ロバート・シェルドン
後任者 エドワード・リー
ヨーロッパ担当大臣
任期
1994年7月20日 – 1997年5月2日
首相 ジョン・メージャー
前任者 デヴィッド・ヒースコート=エイモリー
後任者 ダグ・ヘンダーソン
ハルテンプライス・アンド・ホウデン選挙区
選出庶民院議員
ブースフェリー選挙区 (1987-1997)
就任
2008年7月11日
前任者 再選
得票差 16,195 (33.2%)
任期
1987年6月11日 – 2008年6月12日
前任者 ポール・ブライアン
後任者 再選
個人情報
生誕 (1948-12-23) 1948年12月23日(68歳)
ノース・ヨークシャー州ヨーク
政党 保守党
配偶者 ドリーン・デイヴィス
子供 3
出身校 ウォーリック大学
ロンドン・ビジネス・スクール

2008年6月12日、デイヴィスは突然下院議員を辞職すると発表した。彼の辞職によって補欠選挙が行われることとなり、彼はイギリスにおける市民的自由の浸食についてより広い一般の議論を引き起こすことで再選をもくろんだ。2008年6月18日に正式に辞職した後、彼は補欠選挙の保守党公認候補となり、7月10日の選挙で再選を果たした。デイヴィスはキャメロン首相から入閣を誘われたが、それを断った。そして、政府を精細に調べて、批評するために下院議員の席に留まった。

目次

生い立ち編集

デイヴィッドの母親ベティ・ブラウンは未婚の母であった。1948年12月23日にイングランドヨークで生まれ[1][2]、最初は祖父母によって育てられた。祖父ウォルター・ハリソンは裕福なトロール漁師の息子で、共産党に入党した後、相続権を奪われた。有名なジャロウ行進の直後、彼はロンドンへの飢餓行進を率いたが、これには共産主義者が参加することはできなかった[3]。デイヴィッドは母の死後、父親に一度会ったことがあるが、父親はウェールズ人であった[2]。母はポーランド系ユダヤ人の印刷工ロナルド・デイヴィスと再婚し、デイヴィッドはロンドンに移り住む。一家は初めにワンズワースの「スラム」アパートに住んだが、後にトゥーティングの公営住宅団地に転居した[4]

デイヴィッド・デイヴィスはトゥーティングのベック・グラマースクールを卒業したが、Aレベルの成績では大学入学を十分保証するものでは無かった。デイヴィスは保険従業員として働いて、再受験する費用を稼ぐために国防義勇軍SAS第21連隊に入隊した。ウォーリック大学に入学したデイヴィスは、大学は学生ラジオ局の創立メンバーの一人となった。コンピューター・サイエンスの学士号を取得して卒業後、ロンドン・ビジネス・スクールで1971年から1973年まで学び、ビジネスの修士号を得た[5]。さらに後、1984年から1985年までハーバード大学でアドバンスド・マネージメント・プログラムを学んだ。

デイヴィスはテート&ライルで17年間勤務し、重役まで昇進した。その間、窮地に陥ったカナダの子会社レッドパス・シュガーのリストラを行っている[6]。彼は民間でのビジネス経験を1988年に "How to Turn Round a Company" として出版している。

デイヴィスはウォーリック大学在学中に妻のドリーンと出会った。夫妻の間には3人の子どもがいる[7]

政治経歴編集

デイヴィスは学生時代の1973年、保守党学生連盟の全国会長となり活躍した。1987年の総選挙でディヴィスはブースフェリー選挙区から出馬、下院議員となる。

1992年にマーストリヒト条約に投票したとき[訳語疑問点]、彼は院内幹事であった。結局デイヴィスは保守党内で外務省のヨーロッパ担当大臣まで昇任した[訳語疑問点]

1987年から1997年まではブースフェリー選挙区、それ以降はハルテンプライス・アンド・ホウデン選挙区から選出されている[5]

2001年に保守党幹事長に就任する[5]。2003年から2008年まで、マイケル・ハワードおよびデイヴィッド・キャメロンの下で影の内務大臣を務める[5]2001年および2005年の党首選挙に立候補し、2001年は4位、2005年は次点であった。

EU離脱担当大臣編集

2016年7月13日、テリーザ・メイ首相によって欧州連合離脱担当大臣に任命される[8]

デイヴィスは、(もしEUが英国との貿易交渉を拒絶すれば)EUが英国への輸出で損をするリスクがあるために、EUは英国とFTAを締結することになるだろうと考えている。デイヴィスは、EUとの貿易は関税無しが理想だとしたが、EUが英国に対して強硬姿勢を貫き単一市場へのアクセスを認めないのであれば、WTOルールを用いると述べている[9]

参照編集

  1. ^ David Davis profile: Tough guy who delights in a scrap R. Prince, The Daily Telegraph, 12 Jun 2008
  2. ^ a b "Desert Island Discs with David Davis". Desert Island Discs. BBC. Radio 4. 2008年11月16日放送.
  3. ^ Norfolk, Andrew (2005年10月7日). “Davis's grandfather and the Jarrow crusade that wasn't”. The Times (London). http://www.timesonline.co.uk/tol/news/politics/article575777.ece 2008年7月7日閲覧。  (要購読契約)
  4. ^ Correspondent, By Rosa Prince, Political. “David Davis profile: Tough guy who delights in a scrap”. 2008年6月12日閲覧。
  5. ^ a b c d David Davis Conservative Home
  6. ^ Trefgarne, George (2005年8月24日). “What worked on the sugar beat...”. The Daily Telegraph (London). http://www.telegraph.co.uk/money/main.jhtml?xml=/money/2005/08/24/cntory24.xml 2008年7月7日閲覧。 
  7. ^ David Davis. Conservative Party. http://www.conservatives.com/People/Members_of_Parliament/Davis_David.aspx 2009年5月15日閲覧。  See also: Colgan, Jenny (2005年11月16日). “'He can be quite selfish and inconsiderate sometimes'”. The Guardian (London). http://www.guardian.co.uk/politics/2005/nov/16/toryleadership2005.interviews 2008年6月21日閲覧。 
  8. ^ Who is David Davis? A profile of Britain's new 'Minister for Brexit' The Daily Telegraph, 13 Jul 2016
  9. ^ Ministry of Brexit: ‘Charming bastard’ appointed to lead EU negotiations RT, 14 Jul 2016

外部リンク編集

グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国議会
先代:
ポール・ブライアン
ブースフェリー選挙区
選出庶民院議員

1987年 - 1997年
廃止
New constituency ハルテンプライス・アンド・ホウデン選挙区
選出庶民院議員

1997年 - 2008年
次代:
再選
先代:
再選
ハルテンプライス・アンド・ホウデン選挙区
選出庶民院議員

2008年 - 現職
現職
公職
先代:
デヴィッド・ヒースコート=エイモリー
ヨーロッパ担当大臣
1994年 - 1997年
次代:
ダグ・ヘンダーソン
先代:
エリック・ピックルズ
影のコミュニティ・地方自治大臣
2002年 - 2003年
次代:
デイヴィッド・カリー
次代:
エリック・ピックルズ
次代:
バーナード・ジェンキン
先代:
オリバー・レットウィン
影の内務大臣
2003年 - 2008年
次代:
ドミニク・グリーブ
New office 欧州連合離脱担当大臣
2016年 - 現職
現職
党職
先代:
マイケル・アンクラム
保守党幹事長
2001年 - 2002年
次代:
テリーザ・メイ