トム・ペティ

トム・ペティTom Petty, 1950年10月20日 - 2017年10月2日)は、アメリカ合衆国南部フロリダ州ゲインズビル出身のミュージシャンシンガーソングライター。1976年にトム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズの中心人物としてデビューを果たし、1989年にソロ・デビューしてからはソロ活動も行った。1970年代から2010年代に至るまで、アメリカを代表するロック・アーティストとして君臨し続けた。

トム・ペティ
Tom Petty
Tom Petty 2013.jpg
2013年
基本情報
出生名 トーマス・アール・ペティ
Thomas Earl Petty
生誕 (1950-10-20) 1950年10月20日
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国フロリダ州ゲインズビル
死没 (2017-10-02) 2017年10月2日(66歳没)
ジャンル ロックニュー・ウェイヴ、ハートランド・ロック、パンク・ロック、サザン・ロック
職業 シンガーソングライター, ギタリスト
担当楽器 ギターボーカルハーモニカピアノベースドラムス
活動期間 1973年 –
レーベル シェルター、バックストリート、MCAワーナー・ブラザース・レコード、アメリカン
共同作業者 トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズ
トラヴェリング・ウィルベリーズ
ボブ・ディラン
スティーヴィー・ニックス
マッドクラッチ
公式サイト www.tompetty.com
著名使用楽器
リッケンバッカー 660/12
リッケンバッカー 360/12
ヴォックス・マークIII

「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100組のアーティスト」において第91位。

ブルース・スプリングスティーン、ボブ・シーガー等と並び、アメリカの中西部・南部の白人労働者の心情を代弁するロック・シンガーとして知られている。また、ボブ・ディランニール・ヤングらと同様、一般的には「メッセージ・シンガー」という位置付けもあり、同時にバーズなどのフォーク・ロックの影響も受けている。

デビュー以来、ライブ活動やアルバム・リリースをコンスタントに続けており、晩年でもアルバムは全米チャートのトップ10に食い込むほどの人気を誇っていた。また、1988年にはボブ・ディランジョージ・ハリスン等と共にトラヴェリング・ウィルベリーズ[1]というバンドを結成し、ヒットを記録した。

目次

来歴編集

17歳の時にフロリダ州マッドクラッチ英語版を結成。当時ペティはギターでなくベースを弾いていた[2]。ギターは楽器店の教室で、当時無名だったドン・フェルダーがら手ほどきを受けている。その後マッドクラッチはロサンゼルスに移り、1974年にはレオン・ラッセルとデニー・コーデルが設立したシェルター・レコードから契約の話を持ちかけられるが、マッドクラッチは解散して、ペティはソロ・アーティストとしてシェルターとの契約を継続[2]。そして、マッドクラッチ時代の盟友であったマイク・キャンベル(ギター)とベンモント・テンチ(キーボード)に、ロン・ブレア(ベース)とスタン・リンチ(ドラムス)を加えた編成のトム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズとして、1976年にデビュー・アルバム『アメリカン・ガール』(Tom Petty & The Heartbreakers)を発表した。

デビュー当時はアメリカでは人気が得られなかったが、ニルス・ロフグレン英語版のイギリス・ツアーでオープニングアクトを務めるとイギリスで人気が高まり[3]、1977年6月にはデビュー・アルバムが全英アルバムチャートで24位に達した[4]。1978年にはアメリカでもデビュー作がBillboard 200で55位を記録して、セカンド・アルバム『ユア・ゴナ・ゲット・イット!』は23位に達した[5]。そして、1979年発表のサード・アルバム『破壊』(Damn the Torpedoes)は全米2位の大ヒットを記録した[5]

1981年、マイク・キャンベルと共作した「嘆きの天使」(Stop Draggin' My Heart Around)をスティーヴィー・ニックスのアルバム『麗しのベラ・ドンナ』に提供し、ペティとザ・ハートブレイカーズはレコーディングにも参加。この曲はシングルとして全米3位を記録した[6]

1986年、ザ・ハートブレイカーズと共にボブ・ディランのバック・バンドとして活動[3]。1987年、アラン・ルドルフの監督映画『メイド・イン・ヘブン』に出演[7]。1988年にはディラン、ジョージ・ハリスンジェフ・リンロイ・オービソンと共にトラヴェリング・ウィルベリーズを結成し、オービソンのアルバム『ミステリー・ガール』のレコーディングにも参加。1989年に初のソロ・アルバム『フル・ムーン・フィーヴァー』を発表。

1994年、リック・ルービンのプロデュースによるソロ2作目『ワイルドフラワーズ』を発表。同アルバムからのシングル曲「ユー・ドント・ノウ・ハウ・イット・フィールズ」でグラミー賞最優秀男性ロック・ボーカル・パフォーマンス賞を受賞した[5]。1997年、映画『ポストマン』に出演[8]

2002年、トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズとしてロックの殿堂入りを果たす[9]

2004年から2009年にかけて、テレビアニメ『キング・オブ・ザ・ヒル』で声優を務めた[10]

2007年夏にはマッドクラッチを再結成して、2008年にセルフ・タイトルのアルバムを発表[2]。また、2008年2月3日に行われた第42回スーパーボウルのハーフタイムショーに出演した。

2017年10月2日、カリフォルニア州サンタモニカの病院にて死去、66歳没[11]

ディスコグラフィ編集

アルバム編集

トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズ名義編集

  • 1976年 アメリカン・ガール - Tom Petty & The Heartbreakers(55位)
  • 1978年 ユア・ゴナ・ゲット・イット! - You're Gonna Get It!(23位)
  • 1979年 破壊 - Damn The Torpedoes(2位)
  • 1981年 ハード・プロミス - Hard Promises(5位)
  • 1982年 ロング・アフター・ダーク - Long After Dark(9位)
  • 1985年 サザン・アクセンツ - Southern Accents(7位)
  • 1986年 パック・アップ・ザ・プランテーション-ライヴ - Pack Up The Plantation: Live!(22位)
  • 1987年 レット・ミー・アップ - Let Me Up (I've Had Enough)(20位)
  • 1991年 イントゥ・ザ・グレイト・ワイド・オープン - Into The Great Wide Open(13位)
  • 1993年 グレイテスト・ヒッツ - Greatest Hits(5位)
  • 1995年 プレイバックBOX - Playback - ボックス・セット
  • 1996年 彼女は最高 オリジナル・サウンドトラック - Songs And Music From "She's The One"(15位)
  • 1999年 エコー - Echo(10位)
  • 2000年 アンソロジー - Anthology : Through The Years(132位)
  • 2002年 ザ・ラスト・DJ - The Last DJ(9位)
  • 2003年 Live At The Olympic : The Last DJ
  • 2010年 The Live Anthology
  • 2010年 モジョ - Mojo(2位)
  • 2014年 ヒプノティック・アイ - Hypnotic Eye (1位)

ソロ名義編集

マッドクラッチ名義編集

  • 2008年 マッドクラッチ - Mudcrutch
  • 2008年 Mudcrutch Extended Play Live(EP)
  • 2016年 2 - 2

※()内の順位は全米ビルボード200の最高位

日本公演編集

  • 1980年 TOM PETTY & THE HEARTBREAKERS

        DAMN THE TORPEDOES TOUR

3月5日 日本武道館、6日 大阪城ホール、8日 愛知県体育館、10日 日本武道館

関連項目編集

脚注編集

外部リンク編集