ハチ(蜂、学名: Apistus carinatus)は、カサゴ目ハチ科に属する海水魚である。1単型ハチ属 Apistus を構成する。 背鰭の棘に毒があり、刺されると昆虫ハチに刺された時のように痛むためこの名がある。インド洋太平洋熱帯亜熱帯域に広く分布し、日本でも南日本で見られる。最大でも全長20 cm程度と比較的小型の種である。片面が鮮やかな黄色の大きな胸鰭を持つ。この胸鰭は敵を威嚇したり、獲物を追い込んだりするのに用いられる。漁業の主対象となることはあまりないが、エビ漁における混獲などで漁獲されることはあり、食用にもなる。

ハチ
保全状況評価[1]
LEAST CONCERN
(IUCN Red List Ver.3.1 (2001))
分類
: 動物界 Animalia
: 脊索動物門 Chordata
亜門 : 脊椎動物亜門 Vertebrata
: 条鰭綱 Actinopterygii
: カサゴ目 Scorpaeniformes
: ハチ科 Apistidae
: ハチ属 Apistus
G. Cuvier, 1829
: ハチ A. carinatus
学名
Apistus carinatus
(Bloch & J. G. Schneider, 1801)
シノニム
  • Scorpaena carinata
    Bloch & J. G. Schneider, 1801
  • Hypodytes carinatus
    (Bloch & J. G. Schneider, 1801)
  • Apistus israelitarum
    G. Cuvier, 1829
  • Apistus faurei
    Gilchrist & Thompson, 1908
  • Apistus balnearum
    Ogilby, 1910
英名
Ocellated waspfish

分類と名称 編集

 
川原慶賀によって1823-1829年頃に描かれた本種の図版

カサゴ目ハチ科のハチ属 Apistus に属する唯一の種である。なお、ハチ科をフサカサゴ科に含めてハチ亜科 (Apistinae)とする分類もある[2][3][4][5]

1801年に、マルクス・エリエゼル・ブロッホヨハン・ゴットロープ・テアエヌス・シュナイダーが著した『110の画像付分類魚類学』の中で初記載された。タイプ標本インドトランケバールから得られたものである。初記載時の学名Scorpaena carinataで、現在のフサカサゴ属に分類されていた[6]。その後の移動や新設を経て、現在有効な学名はApistus carinatus である。本種は他にも複数回独立に再記載されており、それらの記載に由来する現在では無効なシノニムも存在する(分類表参照)[7]。属名のApistus ギリシャ語で「不思議な」という意味の形容詞 apistos に由来するもので、種小名carinatus ラテン語で「隆起(線)のある」という意味である[2]

標準和名の「ハチ」(蜂)は、背鰭の棘に人が刺されると、昆虫ハチに刺された時のような痛みを感じることに由来する。また、別名として長く伸びた胸ビレに注目したヒレカサゴがある。地方名として他にカザハナ和歌山県田辺)、カレススキ富山県生地)、シラボシ和歌浦)、シラボレ(和歌浦)、シロオコゼ江ノ島)、セトビウオ鹿児島県)、ヒヒラギ富山県氷見)、ホゴ(鹿児島県)などがある[8][9]

形態 編集

 
それぞれの鰭を広げた状態

比較的小型の種で、最大でも全長20 cm程度にしかならず、よく見られるのは全長10 cmほどの個体である[7]。体型は長卵形である。眼隔域はくぼんでいて、隆起線と細い縦の溝がある。両顎の歯は絨毛状歯である[10]。下顎には、側面部に1対、縫合部に1本で計3本のひげがある[3][11]。背鰭は14-15棘条、8-10軟条から、臀鰭は3棘条、7-8軟条からなる[10]胸鰭は非常に大きくて長く、臀鰭の基底終点を超える。胸鰭の下部には1本の遊離軟条が存在し、これも著しく長く伸びる[3][10][11]。体には小さな櫛鱗が存在する[10]

体の背側の体色は灰白色で、腹面は白い[10]。背側の棘条部には目の直径の2倍より大きい黒色斑点がある[3][11]。腹鰭の外側は黒色で、内側は黄色である[3]

分布と生息環境 編集

インド太平洋熱帯亜熱帯域に広く生息する。インド洋における生息域は南アフリカナタールから北へ紅海ペルシャ湾、そして東へインドまで広がっている。太平洋では東南アジアフィリピン中国日本オーストラリアなどでみられる[7]

日本においては茨城県以南の太平洋岸、新潟県以南の日本海東シナ海沿岸、瀬戸内海屋久島琉球列島小笠原諸島などでみられる[3]

水深100 m以浅、特に水深30 m前後の沿岸の砂泥海底に生息する[3][10][12]

生態 編集

底生魚で、胸鰭を広げて海底を泳ぐ[3][7]。夜行性で、昼は砂の中に体を埋めて眼だけを出している[7][12][13]。驚くと胸鰭を大きく広げて砂から飛び出し、胸鰭内側の明るい黄色の部分を見せて捕食者を威嚇する[7]。背鰭の棘は有毒である[3][7][10][11]

小動物を食べる肉食魚である[8]。大きな胸鰭を捕食の際に獲物を追い詰めるのに用いることがある。ひげを用いて砂の中の餌を探す行動もみられる[7]

仔魚は浮遊性だが、標準体長10 mmほどの稚魚から底生生活に移行する[14]

人間との関係 編集

漁業における重要性はあまり高くないものの、トロール漁刺し網底引き網で漁獲されることがあり、トロール網を用いたエビ漁でも混獲されることがある[1][8][15]。漁獲のある地域では食用に供され、日本でも練り製品の原料となることがある[8][15]。ただし背鰭にを持ち、刺されると痛みが激しいため、取り扱いには注意を要する[15]

出典 編集

  1. ^ a b The IUCN Red List of Threatened Species (2018年)
  2. ^ a b 中坊徹次、平嶋義宏『日本産魚類全種の学名: 語源と解説』東海大学出版部、2015年、144頁。ISBN 4486020642 
  3. ^ a b c d e f g h i 『小学館の図鑑Z 日本魚類館』中坊徹次 監修、小学館、2018年、219頁。ISBN 9784092083110 
  4. ^ "Apistus carinatus" (英語). Integrated Taxonomic Information System. 2019年9月7日閲覧
  5. ^ ハチ”. 日本海洋データセンター(海上保安庁) (2018年). 2019年9月7日閲覧。
  6. ^ Bray, D.J. (2018年). “Longfin Waspfish, Apistus carinatus (Bloch & Schneider 1801)”. Fishes of Australia. Museums Victoria. 2019年9月7日閲覧。
  7. ^ a b c d e f g h Froese, Rainer and Pauly, Daniel, eds. (2019). "Apistus carinatus" in FishBase. September 2019 version.
  8. ^ a b c d 尼岡邦夫. “ハチ(海水魚)”. 日本大百科全書 (コトバンク. 朝日新聞社 Voyage Group. 2019年9月7日閲覧。
  9. ^ 『日本産魚名大辞典』日本魚類学会 編、三省堂、1981年、268-269頁。ISBN 4385154201 
  10. ^ a b c d e f g 阿部宗明『原色魚類大圖鑑』北隆館、1987年、369頁。ISBN 4832600087 
  11. ^ a b c d 益田一ほか『日本産魚類大図鑑』 《解説》、東海大学出版会、1984年、303頁。ISBN 4486050533 
  12. ^ a b 『日本の海水魚』瀬能宏 監修、山と渓谷社、2008年、83頁。ISBN 4635070255 
  13. ^ 益田一、小林安雅『日本産魚類生態大図鑑』東海大学出版会、1994年、74頁。ISBN 448601300X 
  14. ^ 沖山宗雄 編『日本産稚魚図鑑』項目著者:小嶋純一、東海大学出版会、1988年、628-629頁。ISBN 4486009371 
  15. ^ a b c Poss, S. G. (1999年). “Scorpionfishes (also lionfishes, rockfishes, stingfishes, stonefishes, and waspfishes)”. FAO. 2019年9月7日閲覧。