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ヒュンダイ・ポニー韓国語:현대 포니)は、大韓民国の自動車企業である現代自動車1975年から1985年(ポニーIIは1982年から1990年)まで生産した乗用車国産化率90%であるが、韓国初の固有モデルである。

ヒュンダイ・ポニー
ポニー(4ドアセダン)
1982 Hyundai Pony GLS (11868204214).jpg
製造国 大韓民国の旗 韓国
デザイン イタルデザイン・ジウジアーロ
乗車定員 5人
ボディタイプ 4ドアセダン
3ドアハッチバック
5ドアハッチバック
5ドアライトバン
2ドアピックアップトラック
エンジン 三菱 4G36型:
水冷式4気筒SOHC・1,238CC
三菱 4G33型:
水冷式4気筒SOHC・1,439CC
三菱 4G32型:
水冷式4気筒SOHC・1,597CC
駆動方式 FR
最高出力 80馬力
最大トルク 10.8kg,m
変速機 前進4段・後進1段MT
サスペンション 前:マクファーソン・ストラット
後:リーフ・リジッド
全長 3,970mm
全幅 1,558mm
全高 1,360mm
ホイールベース 2,340mm
車両重量 870kg
後継 ヒュンダイ・エクセル
-自動車のスペック表-
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目次

概要編集

フォード・モーターと提携して、コルティナノックダウン生産していた現代自動車が、独自の国産車として生産した車種である。イタリア人デザイナージウジアーロイタルデザイン)がデザインを担当し、エンジン三菱自動車工業製のサターンエンジンで、プラットフォームも同じく三菱自工製のランサー(初代モデル)がベースとなっていた。エンジン・変速機やプラットホームなどの共有部位が多いことから、三菱自工が韓国自動車産業の基盤技術を提供したと表されたほどであった[1]

歴史編集

ポニー(1975年-1985年)編集

1974年10月、トリノモーターショー(イタリア)で発表された。1975年12月から蔚山工場にて生産を開始し、1976年2月に最初のポニーが出荷された。

ボディスタイルは当初、4ドアセダン1種であった。ファストバックスタイルだが、トランクルームが独立したセダンである。その後、ピックアップトラック、5ドアステーションワゴン、3ドアクーペが追加されている。

発売された最初の1年間に10,726台[2]が販売され、当時の国内乗用車市場のシェア43.6%[2]を占め、一番人気の車となった。1976年7月には韓国国産乗用車として初めてエクアドルに5台が輸出されている。

1982年、フェイスリフト版のポニーIIが登場したが、既存のポニーも並行して継続生産された。

1985年12月、生産終了。293,936台(内需226,549台、輸出67,387台)[2]が生産された。

ポニーII(1982年-1990年)編集

1982年、フェイスリフト版のポニーIIが登場した。ボディは5ドアハッチバックとピックアップトラックの2種であった。

ポニー同様、輸出も行われた。1983年からカナダへの輸出が始まり、1984年には25,123台を販売している[3]。ただし、アメリカ合衆国では排出ガス規制をクリアできず、販売されなかった。

1985年、後継となるエクセルが登場したが、ポニーIIは1990年まで生産が続けられた。

   
ポニーII フロント/リア


その他のモデル(1985年-)編集

一部の輸出市場では、後継のエクセルおよびアクセントが、「ポニー」の名称で販売された。

脚注編集

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  1. ^ “韓国に技術提供した三菱、現代車に劣勢で欧州生産工場閉鎖の“衝撃””. 中央日報. (2012年2月7日). http://japanese.joins.com/article/052/148052.html 2012年2月7日閲覧。 
  2. ^ a b c 자동차 박물관 - (한국1975년 현대자동차)PONY 포니최인정의 자동차백과(自動車博物館 - 韓国、'75年式ヒュンダイ・ポニー/チェイン・チョンの自動車百科) (朝鮮語)2013年2月4日閲覧。
  3. ^ “Import sales up on Pony express”. Windsor Star (Windsor, Ontario): p. D12. (1985年1月12日). "In 1984, Hyundai delivered 25,123 models" 

関連項目編集