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フェルナンド・エセキエル・カベナギFernando Ezequiel Cavenaghi, 1983年9月21日 - )は、アルゼンチンブエノスアイレス州オブリエン出身の元同国代表サッカー選手。現役時代のポジションはフォワード

フェルナンド・カベナギ Football pictogram.svg
Fernando Ezequiel Cavenaghi 9.jpg
ボルドー時代(2009年)
名前
本名 フェルナンド・エセキエル・カベナギ
Fernando Ezequiel Cavenaghi
愛称 El Torito (子牛)
ラテン文字 Fernando CAVENAGHI
基本情報
国籍 アルゼンチンの旗 アルゼンチン
イタリアの旗 イタリア
生年月日 (1983-09-21) 1983年9月21日(35歳)
出身地 オブリエンスペイン語版
身長 181cm
体重 78kg
選手情報
ポジション FW (CF)
利き足 右足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2001-2004 アルゼンチンの旗 リーベル・プレート 88 (55)
2004-2007 ロシアの旗 スパルタク・モスクワ 51 (12)
2007-2011 フランスの旗 ボルドー (loan) 83 (33)
2010 スペインの旗 マヨルカ (loan) 11 (2)
2011 ブラジルの旗 インテルナシオナウ (loan) 2 (1)
2011-2012 アルゼンチンの旗 リーベル・プレート 37 (19)
2012-2013 スペインの旗 ビジャレアル 18 (4)
2013-2014 メキシコの旗 パチューカ 21 (4)
2014-2015 アルゼンチンの旗 リーベル・プレート 41 (21)
2015-2016 キプロスの旗 APOEL 18 (19)
2001-2016 通算 382 (181)
代表歴2
2003 アルゼンチンの旗 アルゼンチン U-20 12 (11)
2008 アルゼンチンの旗 アルゼンチン 4 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2017年11月12日現在。
2. 2008年6月9日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

目次

経歴編集

クラブ編集

12歳でCAリーベル・プレートの下部組織に入団。その下部リーグで得点を量産していた事から、2001年にラモン・ディアス監督の目に留まり、トップチームでのデビューを果たす。

2001-02シーズン開幕戦でゴールをあげると、アリエル・オルテガアンドレス・ダレッサンドロらの強力メンバーらと一緒にゴールを量産、通算30回目のリーグ優勝に貢献し、自身も15ゴールを記録、18歳で得点王を獲得した。2002-03シーズンも12ゴールを記録し、チームも優勝を飾る。ユヴェントスFCASローママンチェスター・ユナイテッドFCFCバルセロナオリンピック・マルセイユASモナコなどが獲得に乗り出すが、2004年にロシアのFCスパルタク・モスクワへロシア史上最高額(当時)の移籍金(約13億円)で移籍。ロシアでは気候の問題や監督と反りが合わないなど本領を発揮するには至らず、在籍3年間で62試合、17ゴールの成績に終わり、2007年1月22日にFCジロンダン・ボルドーに完全移籍した。

ボルドー移籍直後は途中出場が多く、2007-08シーズンは開幕前に恥骨部分を痛め手術を行ったために2ヵ月間出遅れてしまう。その間にレンジャーズFCに移籍したジャン=クロード・ダルシュビーユの穴を埋める為に獲得したダヴィド・ベリオンがゴールを量産。そのため復帰後もカップ戦要員になるなど影が薄れたが、シーズン後半よりアフリカネイションズカップ出場のためマルアーヌ・シャマフが不在になるなどして出場機会が増加。起用に応えハイペースでゴールを量産し、チームのリーグ2位の原動力となった。2008-09シーズンはチームトップタイの13ゴールを記録し、チームの10シーズンぶりのリーグ優勝に貢献した。

2009-10シーズンローラン・ブラン監督がシャマフを1トップとする布陣を取ったため出場試合数が減少し、リーグ戦20試合の出場で3ゴールと結果を残せなかった。2010年夏、RCDマヨルカにレンタル移籍した。

2011年にプリメーラB・ナシオナルに降格した古巣・リーベル・プレートへ復帰し19得点を挙げ、1部昇格に貢献した。

2016年12月27日、膝の故障を理由に現役を引退することを表明した[1]

代表編集

2003年に行われたFIFAワールドユース選手権では7試合に出場して4得点を記録し、チームは4位に入賞した。非公式戦ながら2004年12月29日に行われたカタルーニャ選抜との練習試合でアルゼンチン代表初出場を果たし、2008年3月にボルドーでの活躍が認められアルゼンチン代表に初招集されると、2008年3月26日のエジプトとの親善試合で国際Aマッチ初出場を記録した。

タイトル編集

クラブ編集

リーベル・プレート
ボルドー
インテルナシオナウ
APOEL

個人成績編集

クラブ シーズン リーグ リーグ 欧州カップ戦 合計
試合 ゴール アシスト 試合 ゴール アシスト 試合 ゴール アシスト 試合 ゴール アシスト
リーベル・プレート 2000-01 5 1 - - - - - - - 5 1 -
2001-02 23 17 - - - - - - - 23 17 -
2002-03 33 20 - - - - - - - 33 20 -
2003-04 27 17 - - - - - - - 27 17 -
合計 88 55 - - - - - - - 88 55 -
スパルタク・モスクワ 2004 9 1 - - - - - - - 9 1 -
2005 25 6 - 1 1 - - - - 26 7 -
2006 17 5 - - - - 1 0 - 18 5 -
合計 51 12 - - - - 1 0 - 53 13 -
ボルドー 2006-07 9 2 - - - - - - - 9 2 -
2007-08 23 15 16 5 2 - 7 5 - 35 22 -
2008-09 29 13 - 1 0 - 1 0 - 31 13 -
2009-10 20 3 - 4 0 - 0 0 - 24 3 -
合計 81 33 - 10 2 - 8 5 - 103 40 -
マヨルカ 2010-11 11 2 - - - - - - - 11 2 -
合計 11 2 - - - - - - - 11 2 -
インテルナシオナウ 2010-11 - - - - - - - - - - - -
合計 - - - - - - - - - - - -
合計 235 102 - 11 3 - 9 5 - 255 110 -

脚注編集

外部リンク編集