フランシスコ・ブーヨ

この名前は、スペイン語圏の人名慣習に従っています。第一姓(父方の)はブーノ第二姓(母方の)はサンチェスです。

フランシスコ・ブーヨFrancisco Buyo1958年1月13日 - )は、スペインガリシア州ア・コルーニャ県ベタンソス出身の元サッカー選手。ポジションはGKパコ・ブーヨ

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名前
本名 フランシスコ・ブーヨ・サンチェス
ラテン文字 Francisco Buyo Sanchez
基本情報
国籍 スペインの旗 スペイン
生年月日 (1958-01-13) 1958年1月13日(59歳)
出身地 ア・コルーニャ県ベタンソス
身長 179cm
体重 77kg
選手情報
ポジション GK
代表歴
1983-1992 スペインの旗 スペイン 7 (0)
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

目次

経歴編集

14歳でウラルCFへ入団。ゴールキーパーの他にも右ウインガーでプレーし、キーパーをしている間は無失点に抑えると共にチーム得点王にもなった。ベタンソスCFのユースを経て、1975-76シーズンにRCDマヨルカでデビュー。翌シーズンはデポルティーボ・ラ・コルーニャへ移籍し、1980年までプレーした。1978-79シーズンはSDウエスカへレンタル移籍していた。1980年にはセビージャFCへ行き、正ゴールキーパーとして1985-86シーズンまでプレー、6年間で242の公式試合に出場した。

そして1986-87シーズンに、ミゲル・アンヘル・ゴンサレスの後釜としてレアル・マドリードに移籍した。そこではリーグ優勝、スーペルコパコパ・デル・レイなど数多くのタイトルに加え、1987-88、1991-92と2度サモラ賞に選ばれた。また、1994-95シーズンは、リーグ戦において709分間ゴールを割らせなかった。これは、スペインリーグで5番目の記録である。1996-97シーズンは、ボド・イルクナーサンティアゴ・カニサレスに次ぐ第3キーパーとなってしまい、そのシーズン限りで現役を引退した。

1977年にはFIFA U-20ワールドカップのスペイン代表に招集された。1980年にはモスクワオリンピックに出場した。1983年にはスペイン代表に初選出され、1992年までの間に7試合に出場した。1984年と1988年のUEFA欧州選手権に出場し、1984年大会では準優勝した。

2009年2月にイケル・カシージャスに抜かれるまで、レアル・マドリードのゴールキーパーとしての最多出場記録(454試合)を保持していた。

引退後は、レアル・マドリードCの監督を短期間していたほか、アルジャジーラにてスポーツアナリストなどもしていた。

所属クラブ編集

タイトル編集

クラブ編集

個人編集

外部リンク編集