ポリマー紙幣
ポリマー紙幣(ポリマーしへい、英語: polymer banknotes)は材料として合成樹脂を使用した紙幣である。プラスティック紙幣とも呼ばれる。オーストラリア準備銀行 (RBA) とオーストラリア連邦科学産業研究機構 (CSIRO) の共同開発によって作られ、1988年に通貨としてオーストラリアで発行されたのが最初である。また同国の技術供与もしくは受託生産によって現在世界20か国以上で同様な紙幣が製造・発行され流通している。

概要編集
従来、紙幣に用いる紙の原材料として、耐久性がある麻や綿(日本では楮や三椏)が使用されてきた。だが、これらの材質は一般でも調達可能であり、偽造紙幣を製造することも可能であった。なお、布(西郷札)や皮革(ドイツのノートゲルト)で作られた紙幣などもあるが、あくまで例外的である。
世界で最初に紙・布・皮以外の素材を使用した紙幣として発行されたのが、デュポンが開発したポリエチレン繊維による合成紙(商品名タイベック "Tyvek")によるものである。アメリカ合衆国の民間紙幣印刷会社であるアメリカン・バンクノート・カンパニーが1980年代前半に生産したもので、実際にコスタリカ(20・100コロン紙幣)とハイチ(1・2・50・100・250・500グールド紙幣)がタイベックによる紙幣を発行した。
また、エクアドル、エルサルバドル、ホンジュラス、およびベネズエラの紙幣も試刷されたがこちらは正式に発行されなかった。これらの紙幣は印刷されたインクが熱帯の気候のために溶け出すという事例があり耐久性に問題があった。またイギリスのプリンタ・ブラッドベリ・ウィルキンソン社も、タイベックを使用したマン島(イギリス王室属国)の1ポンド紙幣を1983年から1988年に製造したが、その後はタイベックを使用した紙幣は生産されなくなった。
これは、タイベックは印刷が可能で丈夫な材質であったが、透かしといった偽造防止技術を取り入れる事ができず、また地模様といった多色印刷ができないうえに、流通しているうちに印刷インクが磨耗する欠点があったためである。
その後、現在見られるようなポリマー紙幣がオーストラリアで開発された。ポリマー紙幣の導入目的は通貨のセキュリティを向上させるものであった。オーストラリアでも1967年に通貨偽造事件が発生しており、近年のカラーコピーの飛躍的な性能向上に伴う偽造事件の増加が懸念されていた。そのため1968年からRBAはCSIROとの共同研究を始め、紙幣に対する偽造防止として1972年に提案された技術が基になった。
この技術とは、透明な合成樹脂のフィルムに白いインクを印刷し不透明化したうえで従来の印刷を行い、その上に流通しても磨耗しにくくする保護膜をコーティングするものである。またOVD(特殊ホログラム)を入れる部分は印刷をしないため、向こうが透けて見える。またこの合成樹脂による紙幣用紙は非繊維質かつ非多孔性の素材であり、紙による紙幣と比べて、耐久性や防水性に優れ、耐用年数が長く、機械加工がし易い上に、引き裂きにくくて、再使用も可能である。
難点といえば、生産コストが高く熱に弱いこと。そして従来の紙による紙幣よりも手捌きが異なるため、現金自動支払機や紙幣識別機で扱うために、特別な技術を開発する必要があったことである。だが、ポリマー用紙の確保と高度の技術が必要であるため、偽造するのが困難であり、カラーコピーに対する偽造防止技術を、ポリマー紙幣に盛り込むことも可能であるため、紙幣の偽造抵抗力が飛躍的に向上した。
また、製造コストが高くても長持ちするため、結果的に安上がりになる利点がある。そのため、オーストラリアなどでは、一般に使用頻度が高く寿命の短い低額面から、ポリマー紙幣が導入された。
現状編集
- オーストラリアは1988年にオーストラリア成立200周年記念10ドル紙幣をポリマー紙幣として発行した。次に発行したのがサモアで1990年に2タラの記念紙幣が発行されたが、その後流通用の紙幣として7回にわたり増刷され現在も流通している。また従来オーストラリア紙幣を印刷していた部署が1990年に民営化しバンクノート・プリンター・オーストラリアとなったため、世界各国にポリマー紙幣製造の営業活動をおこなうようになった。
- 世界各国でポリマー紙幣が発行されるようになり、シンガポールでは1990年8月に50ドルの記念紙幣が発行されたが、通常に流通するポリマー紙幣として10ドルを2004年に発行し2006年には2ドルもポリマー紙幣に換えた。1991年6月にパプア・ニューギニアは記念2キナ紙幣を発行し、1993年2月にクウェートがクウェート解放1周年記念紙幣を発行した。このようにポリマー紙幣は最初は記念紙幣の素材として用いられていた。
- 1992年になって、オーストラリアは全面的に流通する紙幣をポリマー紙幣に移行することを決定し、1996年までに実施した。
- 1993年にインドネシアもスハルト政権25年を記念する50000ルピア紙幣を発行し100000ルピアの最高額流通紙幣もポリマー紙幣に変更(現在は紙の紙幣に戻されている)された。
- その後も1999年5月3日にニュージーランドが5ドルから100ドルまですべてポリマー紙幣に置き換え、ルーマニアも同様にポリマー紙幣に置き換えている。
- 2011年にカナダ銀行が、カナダドルの全紙幣をポリマー紙幣に置き換えた。
- またポリマー紙幣で記念紙幣を発行する事は、世界各国で続けられており、例えば、中華民国(台湾)の中華民国中央銀行が、1999年6月にニュー台湾ドル50周年記念50ドル紙幣をポリマー紙幣で発行したほか、中華人民共和国の中国人民銀行も2000年11月にミレニアム記念100人民元紙幣を発行している。
- 通常流通する紙幣として一部の券種であるが、ベトナムは1万ドン札以上の紙幣から、2005年にはメキシコ、2007年には香港の10ドル政府紙幣、2008年にナイジェリアとイスラエルで、2012年にはフィジーの5ドル紙幣が、2016年にはイギリスの5ポンド紙幣が、ポリマー紙幣に移行するなど、世界各国で発行されるようになってきている。
参考文献編集
- 植村峻『お札の文化史』NTT出版 1994年
外部リンク編集
- 世界の紙幣
- Polymer Bank Notes of the World (by Stane Štraus), the world's leading reference for polymer bank notes
- Currency Note Research and Development Project, CSIRO, Division of Chemicals and Polymers Guide to Records
- CSIRO-Polymer banknote information sheet
- Note Printing Australia
- Securency
- Polymer Bank Notes website in German by Thomas Krause