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ポルノ雑誌(ポルノざっし)とは、成人向け雑誌のうち性的コンテンツやヌード写真をテーマにした雑誌の総称。

「アダルト雑誌」「成人向け雑誌」とも呼ばれ、ヌードのほかフェラチオ性交等、さまざまな性的情報を写真その他の手段で掲載する。最も一般的なタイプは、魅力的な女性や男性を写した写真を扱うもので、この種の雑誌は性的興奮を呼び起こすことが主目的である。ポルノ雑誌の趣向は多種多様で、フェティシズム解剖学的な情報を扱うものなど、そのジャンルは非常に微細化されている。

ポルノ市場の大部分は男性購買者によって占められているため、ほとんどのポルノ雑誌は男性向けに編纂されている。特に有名なポルノ雑誌としては、米国の『PLAYBOY』、『ペントハウス』、『ハスラー』などが挙げられる。

歴史編集

米国編集

米国では、1920年代に「ティファナ・バイブル」と呼ばれるポルノ漫画の出現がみられる。ヌードやソフトコア・ポルノを雑誌の個性として活動し始めたのは、『PLAYBOY』や『Modern Man』といった1950年代の男性誌で、PLAYBOYのヒュー・ヘフナーは1953年には早くも同雑誌を創刊している[1]。これらの雑誌に掲載されるヌードセミヌードの女性グラビアは、美しくスタイルも良かったため人気を集めた。60年代後半には、北欧デンマークで「ポルノ解禁」が実施された。70年代前半にアメリカ旅行に行った日本の写真家は、当時のプレイボーイ誌上で、早くも女性が全裸での開脚をおこない、表現の自由のレベルを痛感したと感想を述べていた。

1990年代までには『ペントハウス』『ハスラー』など新しい雑誌が登場。ハードコア・ポルノ、レズビアン乱交、フェティシズムなどを売りにした、過激な「ハードコア」を発展させ、『PLAYBOY』のような「ソフトコア」と対比されるようになった。

日本編集

戦後の日本において、「人間探究」(1950年)、「風俗草紙」(1953年)、風俗科学(1953年)といった風俗雑誌や、「奇譚クラブ」(1947年)、「風俗奇譚」(1960年)、あまとりあなどのSM雑誌があった。1971年からは日活がロマンポルノの制作を始めた。1980年代以降には、ビニ本、裏本、アダルトビデオのブームもおきた。

現在では「成人向け雑誌」等の呼称が使用され、「ポルノ」という言葉はあまり使われていない。使用する場合、漫画本は含まず写真中心のものを指す[2]

関連項目編集

脚注編集

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  1. ^ “Hugh Hefner Profile”. People in the News (CNN). http://www.cnn.com/CNN/Programs/people/shows/hefner/profile.html 2019年10月4日閲覧。 
  2. ^ 集英社「週刊プレイボーイ」2019年No.14 33頁

外部リンク編集