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モハメド・アブドゥッラー・ジダンアラビア語: محمد عبد الله زيدان‎, Mohamed Abdullāh Zīdān, ラテン文字表記: Mohamed Abdullah Zidan, 1981年12月11日 - )は、エジプト出身の元同国代表サッカー選手。ポジションはフォワード(FW)

モハメド・ジダン Football pictogram.svg
Mohammed zidan.jpg
名前
本名 ムハンマド・アブドゥッラー・ジーダーン
Mohamed Abdullah Zidan
愛称 砂漠のジダン
ラテン文字 Mohamed ZIDAN
アラビア語 محمد عبد الله زيدان
基本情報
国籍  エジプト
生年月日 (1981-12-11) 1981年12月11日(37歳)
出身地 ポート・サイード
身長 177cm
体重 71kg
選手情報
ポジション FW
利き足 右足
代表歴2
2005-2012 エジプトの旗 エジプト 44 (13)
2. 2012年6月15日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

経歴編集

地元クラブ、アル・マスリでユース時代を過ごした。既にその卓越したテクニックを評価されていた彼はデンマーク・スーペルリーガの1部に所属するABコペンハーゲンに引き抜かれ、コペンハーゲンの地から欧州挑戦を始める。ここでは4シーズン在籍して12ゴールをマークしたが、2003-2004シーズンには同じリーグのFCミッティランドに移籍。ここでチャンスを掴んだジダンは19得点を挙げてリーグ得点王を獲得し、「もうひとりのジダン」として少しずつ欧州の注目を集め始めた[要出典]

2004-05シーズンに入っても快調に得点を重ね続けたジダンにはその冬、ヴェルダー・ブレーメンからのオファーが届く。しかしミロスラフ・クローゼイバン・クラスニッチらブンデスリーガを代表するストライカーたちの間に割って入るまでには至らなかった。2005-06シーズンの冬、ジダンは出場機会を求めて残留争いの直中で喘ぐブンデスリーガの小クラブ、1.FSVマインツ05にレンタルで加入する道を選んだ。

マインツに加入したジダンは安定したパフォーマンスを披露。後半戦の17試合で7ゴールを挙げるだけでなく精力的にチャンスメイクもこなし、「残留は厳しい」との見方が大勢を占めていたマインツを11位にまで押し上げる原動力となった。シーズン終了後は現場やファンだけでなくジダン自らも残留を希望したが、小クラブであるマインツに彼を買い取るだけの財力はなく、レンタル期間終了と共にブレーメンへの復帰が決まった。

ブレーメンに戻ったジダンだったが、2006-07シーズンに入っても厳しいレギュラー争いにほとんど加わることが出来ず、再び移籍を希望するようになった。「クラブの名前ではない、自分を必要としてくれるクラブに完全移籍で移りたい」と熱望するジダンにブレーメンはケガ人事情などもあって移籍を渋るが、最終的に「自分を必要としてくれるクラブ」であるマインツとの移籍交渉がまとまりシーズン途中での完全移籍が決定した(推定移籍金はマインツ史上最多金額とされる280万ユーロ)。

マインツは前半戦を終えてリーグ最下位に沈んでいたが、同じブレーメン所属のレオン・アンドレアセンと共にやって来たジダンはすぐにチームに適応。出場15試合で13得点というペースでゴールを重ねたが、勝ち点3差で降格が決定した。しかしブンデスリーガでその実力をついに証明した「旬」のストライカーとして、他のブンデス1部のクラブなどが獲得に動いた結果、2007-08シーズンからは1部残留を決めたハンブルガーSVでプレーすることとなった(完全移籍、推定移籍金500万ユーロ)。しかし昨シーズンのような活躍を見せることはできず、リーグ戦21試合に出場し、2ゴールの結果に終わった。

2008-09シーズン開幕後、ムラデン・ペトリッチとトレードされる形で、マインツ時代の恩師ユルゲン・クロップ監督がいるボルシア・ドルトムントに移籍した。

2012年1月にかつて在籍した1.FSVマインツ05へ移籍したが、半年で退団。

2012年8月にUAEリーグバニーヤースSCに2年契約で移籍も同年末で退団。その後は所属チーム無しの状態が続いている。

2013年11月、エジプトの不動産会社に対して3つの不渡り小切手で支払いを行ったとして、詐欺罪で懲役6年の判決を受けた[1]

代表歴編集

エジプト代表としてアフリカネイションズカップに出場し、優勝に貢献した。

所属クラブ編集

個人成績編集

代表での得点編集

獲得タイトル編集

クラブ
ボルシア・ドルトムント
個人
代表

脚注編集

  1. ^ M・ジダン、懲役6年の刑を言い渡されるQuly football web magazine 2013年11月19日

外部リンク編集