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経歴編集

1941年、メンフィスにて生まれ、1953年にドラムを始める。17歳の時に両親とともにシカゴに引っ越してきた。シカゴ音楽院に通い、ベティ・エヴェレトのバンドからキャリアをスタートした。チェス・レコードより電話をうけ、バンドのオーディションを仕切ることになり、彼は専属ドラマーとなり教育を受けた[3]1966年にピアニストのラムゼイ・ルイスのバンドに加入する。この頃よりライヴでカリンバを演奏している。

1969年にラムゼイの下を離れ、自身のグループ、『ソルティ・ペパーズ』を結成し、キャピトル・レコードからシングルを残す。これがアース・ウィンド・アンド・ファイアー(以後EWF)の前身となる。1970年にモーリスは占星術によると土、風、火の要素があるからと言う事からと、宇宙論を結びつけ、Earth, Wind & Fire(土と風と火)と改名した。また拠点をロサンジェルスに変え、ワーナー・ブラザース・レコードと契約した。兄弟のヴァーダインフレッドを含めた10人の大所帯バンドとなる。2作リリースするがヒットはせず。

1972年に活動拠点をロサンジェルスに変え、コロムビア・レコードに移籍、フィリップ・ベイリーが加入。フィリップとモーリスのツインヴォーカル、重厚なホーン・セクションが特徴となる。コロムビアには以後1990年まで在籍する。1975年にはThat's the Way of the World暗黒への挑戦』を、同名の映画のサウンド・トラックとしてリリースするが、映画はヒットせず。この映画にはモーリスも出演している。

1976年に自己プロダクション、カリンバ・エンタテインメントを設立。"Boogie Wonderland"に参加しているエモーションズデニース・ウィリアムスラムゼイ・ルイス等をプロデュースしている。1978年にはCBS/コロムビアの元、ARCレコードを設立。

1983年に発表したElectric Universeより、その大きな売りであったホーン・セクションを捨て、打込みによる電子音が特徴となる。このアルバムをリリース後、活動を一時停止、各メンバーはそれぞれソロ活動に移る。モーリスは1985年に、生涯唯一のソロ・アルバムとなる、Maurice Whiteを発表、"I Need You"がヒットチューンとなる。

1987年に"Touch the World"をリリースし、活動を再開。1990年代に入ると、プロデューサー業にも力を入れるようになる。1994年の全米ツアーには参加せず。1996年にライヴ活動を辞め[3]、自主レーベルのカリンバの活動、プロデュース業に専念。1997年にモーリスは神経性障害と診断される。「パーキンソン病ではなく、元々神経質であることと、度重なるストレスから、震えが伴うことがある」とモーリスは発言していたが[3]、後にやはりパーキンソン病を患っていたことが明らかになる。以降のEWFの活動はフィリップが中心となっている。またモーリスは同年にラムゼイ・ルイス等のグループアーバン・ナイツの立ち上げにプロデューサーとして関与している。

2004年にモーリスと共にEWFは来日公演したが、これがモーリス込みでの最後の公演となった。2007年にはスタックス・レコードコンコード・レコードにより復活)より、EWFのトリビュート・アルバムInterpetationsをリリース。モーリスはエグゼクティヴ・プロデューサーとしてこのプロジェクトに参加。2008年にはフュージョンミュージシャンのブライアン・カルバートソンのアルバムにもエグゼクティヴ・プロデューサーとして参加している。

2016年2月3日に74歳で死去した[1][2]。様々なミュージシャンを始め、バラク・オバマアメリカ大統領も追悼のコメントを寄せた[4]

エピソード編集

日本ではDREAMS COME TRUEがEWFに影響を受けていることで知られる。特に中村正人は「僕の音楽の父(いや、神様)」と公言するほどモーリスを崇拝しており[5]1994年には中村のたっての希望により『WHEREVER YOU ARE』のレコーディングにモーリスがバックボーカルで参加している。中村はモーリスの訃報に接し悲しみを吐露した[6]

1992年発売の小比類巻かほるのアルバム『FRONTIER』で、「タンジェリン・ムーンナイト」「Frontier」をモーリス・ホワイトがプロデュースをしている。

注釈編集

  1. ^ a b Maurice White, leader and founder of Earth, Wind & Fire, dies at 74 CNN英語版サイト、2016年2月5日閲覧。
  2. ^ a b モーリス・ホワイトさん死去 アース・ウィンド・アンド・ファイアーのバンドリーダー パーキンソン病患う 産経ニュース、2016年2月5日閲覧。
  3. ^ a b c アルバムgratitude(2004年、日本再発盤)のウィリアム・C・ローデンによるライナー
  4. ^ モーリス・ホワイトへの追悼コメントまとめ‐ソニーミュージック オフィシャルサイト
  5. ^ ドリカム・サウンドにブラス・セクションは欠かせない。 - ドリブログ・2007年5月23日
  6. ^ モーリスが、逝ってしまった。-MASABLOG(中村正人公式ブログ) 2016年2月5日投稿。

外部リンク編集