不変面

質点系の重心を通り、全角運動量ベクトルに垂直な平面

不変面[1](ふへんめん、: invariable plane)とは、孤立した質点系の全角運動量ベクトルに垂直な平面である[2]。特に、天文学においては太陽系などの惑星系天体力学の計算を行う際に、基準面として用いられる[3]。太陽系においては、角運動量の殆どを占める軌道角運動量の99.69%以上が、木星土星天王星海王星の4つの巨大惑星の寄与によるものである[4]。太陽系の不変面は、黄道面に対して約1.58°傾いており、木星軌道と土星軌道の間に収まっているが、太陽系に存在するありとあらゆる天体質量と運動がわかっているわけではないので、不変面の正確な位置を決定することはできていない[5]

不変面と黄道の関係を表す概念図。

経緯編集

太陽系の天体力学を扱うに当たっては、一般に黄道面が基準とされていたが、これにはそうすべきという物理学的な根拠がない[4]。これに対し、フランス数学者天文学者ピエール=シモン・ラプラスは、太陽系の全角運動量ベクトルに垂直で、太陽系の重心を通る平面が一意に決められることを発見し、これを「不変面」と定義し導入した[6][7]。系に外力が働かない場合は、全角運動量ベクトルは時間空間に対し常に一定となるので、不変面は文字通り不変となる[8]。不変面は、決定することができれば、恒久的で自然な系の基準面となり得る[4]

ラプラス以降、何人かの天文学者が太陽系の不変面を求めてきた。その間に、海王星、冥王星などが発見され、更に探査機などの観測成果によって、太陽系内天体の質量と運動を計算する精度は大きく向上し、理論的な概念だった不変面が、真の不変面に限りなく近いものを求められるようになっている[7][8]

過去の不変面の導出例
計算者 黄道面に対する傾斜角 (°) 昇交点黄経 (°) 備考
1802 ラプラス[9] 1.5919 102.9581 1750.0分点
1.5919 102.9542 1750.0分点
但し惑星は1950.0
1834 ポンテクーラン英語版[10] 1.5711 103.1458 1800.0分点
1.5708 103.1472 1800.0分点
但し惑星は2000.0
1872 ストックウェルドイツ語版[7] 1.5788716 106.235000 1850.0分点
1903 シー[7] 1.5854847 106.1463022 1850.0分点
1920 イネス[11] 1.5831 106.5836 1900.0分点
1955 クレメンス&ブラウワー[12] 1.6469
± 0.0061
107.222
± 0.035
1950.0分点
1982 ブルクハルト[8] 1.589706 107.12736 1950.0分点
1.587183 107.60856 2000.0分点
2012 Souami & Souchay[4] 1.57869 107.5822 2000.0分点

性質編集

定義編集

孤立した(外力が及ばない)質点系における不変面は、質点の全角運動力ベクトルに垂直で、かつ系の重心を通る平面と定義される。外力が働かない限り、全角運動量ベクトルは時間に対しても空間に対しても一定であるので、「不変」面と呼ばれる。不変面は、惑星の摂動によって時間と共に変化する黄道面と比べ、単純な幾何学的特性に従い、孤立系の力学における必然的な帰結として導かれるもので、より自然で理に適った天体力学の基準面となる[4]。不変面は、ラプラスが定義したことにちなんで「ラプラス面」と呼ばれる場合もあるが、一般的に「ラプラス面英語版」といえば、衛星などの歳差運動の軸に垂直な平面のことであり、両者を混同すべきではない[13]

定式化編集

ニュートン力学の下では、質点が 個の質点系における全角運動量ベクトルは、

 

と表される。ここで、   はそれぞれj番目の質点の、質量、系の重心を原点とした位置ベクトル、系の重心を原点とした速度ベクトル、を表す。これに、相対論的効果を加味すると、質量の は、

 

で置き換えられる。ここで、 真空中の光速 重力定数である[8][4]

太陽系の例編集

太陽系において、全角運動量に対する各惑星の寄与は、木星が最も大きく61.368%から61.515%。次いで土星が24.925%から24.957%、海王星が7.994%、天王星が5.406%から5.407%となっている[4]。ただし、これらは太陽系の重心を中心とした公転運動だけを考慮した、軌道角運動量における内訳である。実際には、全角運動量といった場合には、天体の自転による角運動量、衛星の公転による角運動量も含まれる。特に、圧倒的な質量を持つ太陽の自転による回転角運動量はそれなりに大きく、全角運動量に対しおよそ1%程度の寄与があるとみられる。しかし、太陽内部の構造と対流などの運動の不定性と、太陽の自転の差動回転から、誤差は寄与以上に大きく、精密な計算にはとても用いることができない。また、太陽以外の天体の自転や、衛星の公転は、惑星の公転に比べたら影響は非常に小さい。そのため、これらは全て無視し、公転軌道角運動量だけで計算するのが、実用的な不変面の求め方である[14][15]

全ての惑星の公転軌道面は、惑星間の重力の影響による摂動で、不変面に対して時間変化を示す[16]地球の場合、およそ10万年の周期で振動しており、不変面に対する軌道傾斜角は0°から3°まで変化する[17][16]。木星の場合は、不変面に対する軌道傾斜角は14'から29'まで変化する[16]

太陽系惑星軌道傾斜角および自転軸傾斜角[18][19]
分類 天体名 公転軌道面の傾き 公転周期
(年)
自転軸(赤道)
傾斜角[20][21]
自転周期
(日)
軌道傾斜角[22] 対太陽の赤道 不変面[23]
地球型
岩石惑星
水星 7.01° 3.38° 6.34° 0.241 0.01° 58.7
金星 3.39° 3.86° 2.19° 0.615 177°[24] 243[25]
地球 0° 基準面 7.16° 1.57° 1.00 23.4° 0.997
火星 1.85° 5.65° 1.67° 1.88 25.2° 1.03
木星型
天王星型
木星 1.31° 6.09° 0.32° 11.9 3.12° 0.414
土星 2.49° 5.51° 0.93° 29.5 26.7° 0.426
天王星 0.77° 6.48° 1.02° 84.0 97.8°[26] 0.718[25]
海王星 1.77° 6.43° 0.72° 165 28.3° 0.671
準惑星
小惑星
冥王星 17.1° 11.9° 15.6° 248 120°[27][28] 6.39[25]
ケレス 10.6° 9.20° 4.60 0.378
パラス 35.1° 34.4° 4.62 84°±5° 0.326
ベスタ 7.14° 5.56° 3.63 0.223
衛星[29][30] 5.15°[31] 27.3日 6.69°[32][33] =公転
ガニメデ 0.195° 7.16日 0-0.33° =公転
カリスト 0.281° 16.7日 =公転
タイタン 0.306° 15.9日 1.94° =公転
恒星 太陽 該当せず[34] 7.25°[35][36] 27.3[37]


脚注編集

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  1. ^ 『学術用語集 天文学編』(増訂版)https://jglobal.jst.go.jp/detail?JGLOBAL_ID=201606016799031898 
  2. ^ 福島登志夫編 『天体の位置と運動』 13巻 日本評論社〈シリーズ現代の天文学〉、2009年1月15日、181-183頁。ISBN 978-4-535-60733-0 
  3. ^ ジャクリーン・ミットン 『天文小事典』、【翻訳・監修】北村正利・木村直人・黒星瑩一・佐藤勲・白尾元理・長沢工・山越幸江・山田陽志郎 地人書館、1994年7月1日、268頁。ISBN 4-8052-0464-8 
  4. ^ a b c d e f g Souami, D.; Souchay, J. (2012-07), “The solar system's invariable plane”, Astronomy & Astrophysics 543: A133, Bibcode2012A&A...543A.133S, doi:10.1051/0004-6361/201219011 
  5. ^ Ridpath, Ian (2012), A Dictionary of Astronomy (2 rev. ed.), Oxford University Press, ISBN 9780199609055 
  6. ^ Laplace, Pierre-Simon de (1878), Oeuvres complètes de Laplace, 11, Paris: Gauthier-Villars et Fils, pp. 548-553, https://gallica.bnf.fr/ark:/12148/bpt6k77599c/f553.image 
  7. ^ a b c d See, T. J. J. (1904-01), “On the Degree of Accuracy Attainable in Determining the Position of Laplace's Invariable Plane of the Planetary System”, Astronomische Nachrichten 164 (11): 161-176, Bibcode1904AN....164..161S, doi:10.1002/asna.19031641102 
  8. ^ a b c d Burkhardt, G. (1982-02), Astronomy & Astrophysics 106 (1): 133-136, Bibcode1982A&A...106..133B 
  9. ^ Laplace, P. S. (1802), Traité de mécanique céleste (t. 3), Paris: Chez J.B.M. Duprat, pp. 162-163, https://www.kyoto-su.ac.jp/lib/kichosyo/laplace/pages/00524333/00524333_095.html 
  10. ^ Pontécoulant, Gustave de (1834), “Formation des Tables astronomiques par la comparaison des observations et de la théorie. Détermination du plan invariable. Conclusion de la théorie des inégalités planétaires”, Théorie analytique du système du monde, 3, Paris: Mallet-Bachelier, pp. 521-537, https://books.google.co.jp/books?id=e0crAAAAcAAJ 
  11. ^ Innes, R. T. A. (1920-07), “The Invariable Plane of the Solar System”, Circular of the Union Observatory Johannesburg 50: 72, Bibcode1920CiUO...50...72I 
  12. ^ Clemence, G. M.; Brouwer, Dirk (1955-05), “The accuracy of the coordinates of the five outer planets and the invariable plane”, Astronomical Journal 60: 118-125, Bibcode1955AJ.....60..118C, doi:10.1086/107172 
  13. ^ Tremaine, Scott; Touma, Jihad; Namouni, Fathi (2009-03), “Satellite Dynamics on the Laplace Surface”, Astronomical Journal 137 (3): 3706-3717, Bibcode2009AJ....137.3706T, doi:10.1088/0004-6256/137/3/3706 
  14. ^ Owen, William Mann, Jr. (1990), A Theory of the Earth's Precession Relative to the Invariable Plane of the Solar System (Ph.D. thesis), University of Florida, pp. 20-45, Bibcode1990PhDT.........3O 
  15. ^ Owen, William Mann, Jr. (1991), “Precession Theory Using the Invariable Plane of the Solar System”, IAU Colloquium 127: 323-326, Bibcode1991resy.coll..323O, doi:10.1017/S0252921100064113 
  16. ^ a b c Fitzpatrick, Richard (2016-03-31), Introduction to Celestial Mechanics, University of Texas at Austin, http://farside.ph.utexas.edu/teaching/celestial/Celestialhtml/Celestialhtml.html 
  17. ^ Muller, Richard A.; MacDonald, Gordon J. (1997-08), “Spectrum of 100-Kyr Glacial Cycle: Orbital Inclination, not Eccentricity”, Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 94 (16): 8329-8334, Bibcode1997PNAS...94.8329M, doi:10.1073/pnas.94.16.8329 
  18. ^ 21世紀初頭における数値
  19. ^ なるべく数値を有効数字3桁に揃える。
  20. ^ IAU, 0 January 2010, 0h TT, Astronomical Almanac 2010, pp. B52, C3, D2, E3, E55
  21. ^ 回転の方向を考慮した数値。
  22. ^ 地球の公転面(黄道面)が基準
  23. ^ "en:Invariable_plane" - すべての惑星の軌道を加重平均した仮想面
  24. ^ 180°-177.36°=2.64°(正味)
  25. ^ a b c 逆向
  26. ^ 180°-97.8°=82.23°(正味)
  27. ^ 180°-119.59°=60.41°(正味)
  28. ^ CNN.co.jp 「冥王星、自転軸の傾きと揺らぎで地表の環境が激変 観測結果」 冥王星の自転軸の傾きは数百万年の間に約20度の幅で変動している。
  29. ^ Planetary Satellite Mean Orbital Parameters”. Jet Propulsion Laboratory, California Institute of Technology. 2019年1月28日閲覧。
  30. ^ 衛星の公転軌道の傾斜は対「ラプラス面英語版」の値。例外は月の対黄道面。
  31. ^ 地球の赤道面に対しては18.29°から28.58°
  32. ^ 対月の公転面。対黄道面=1.54°、対地球の赤道面=24°
  33. ^ Lang, Kenneth R. (2011), The Cambridge Guide to the Solar System Archived 1 January 2016 at the Wayback Machine., 2nd ed., Cambridge University Press.
  34. ^ 太陽には公転という意味での主星は存在しないが、銀河面内で天の川銀河の中心である銀河核の周りを約2.2億年余り(銀河年)をかけて回っている。
  35. ^ 理科年表 平成22年版、国立天文台、丸善 「太陽、惑星および月定数表」、対黄道面。
  36. ^ 銀河面に対しては67.23°である(en:sunより)。
  37. ^ 赤道面で。緯度75度で31.8。

参考文献編集

関連項目編集