中国国民党主席

中国国民党の党首

中国国民党主席(ちゅうごくこくみんとうしゅせき、: 中國國民黨主席)は、中国国民党(国民党)の党首全国代表大会中国語版中央委員会中央委員会常務委員会(中常委)中国語版の主席を兼任する。

中国国民党主席
中國國民黨主席
Chairman of the Kuomintang
中国国民党の党章
現職者
朱立倫(第11代)

就任日 2021年10月5日
地位党首
所属機関中国国民党中央委員会
任命党員による直接選挙
任期4年(1度まで再選可)
前身中国国民党中央委員会主席
創設1976年11月16日
初代蔣経国
職務代行者中国国民党副主席中国語版

現在の主席は2021年(民国110年)の主席選挙中国語版で選出された朱立倫

概要

編集

国民党の党首職の名称は党の歴史の中で何度も変更されている。1919年(民国8年)の結党当初の党首は総理であり、孫文が就任した。1925年(民国14年)に孫文が死去して党首が不在になると、中央執行委員会常務委員会中国語版による集団指導体制へと移行した。1926年(民国15年)には中央執行委員会常務委員会主席が設置されたが、1927年(民国16年)から1935年(民国24年)までの間は不在となり再び集団指導体制となった。1938年(民国27年)、党則が改正されて新たに総裁が党首職として設置され、1975年(民国64年)に死去するまで蔣介石がその地位にあり続けた。なお、1939年(民国28年)に汪兆銘南京で新たな中国国民党を設立して自ら中央執行委員会常務委員会主席に就任したが、これは正統な国民党として認められていない。蔣介石が死去すると中央委員会主席が新設され、蔣経国が就任した。1976年(民国65年)に現行の党首職である主席が新設され、蔣経国が初代主席に就任した[1]

現行の「中国国民党党章」(党則)の規定では、総理職は孫文が死後も永久に保持し、同様に総裁職も蔣介石が永久に保持するとされている[2]連戦呉伯雄は主席退任後に名誉主席の称号を授与されたが、2015年(民国104年)に「党則にそのような称号の規定が存在しない」として、朱立倫主席により撤回された[3]

2001年(民国90年)以降、主席は全党員による直接選挙で選出されている。かつては、国民党が与党である場合は中華民国総統が国民党主席を兼任するとされていたが、2019年(民国108年)に開かれた第20期党大会第3次会議で行われた党章改正でこの規定は削除された[4]。主席選挙は、主席の任期満了の年に開催される全国代表大会の開催3ヶ月前に、全国代表大会代表選挙と同時に行われる。任期は4年で、連続2期までと規定されている。

歴代中国国民党党首一覧

編集

中国国民党総理

編集
氏名 写真 就任 退任 備考
1 1 孫文   1919年10月10日 1925年3月12日 中央執行委員会主席との兼任
在任中に死去

中国国民党中央執行委員会常務委員(集団指導体制)

編集
1 1 廖仲愷
戴季陶
譚平山
1925年3月12日 1926年1月16日 第一次全国代表大会中国語版で選出
廖仲愷は1925年8月20日に暗殺された。
2 2 汪兆銘
譚延闓
蔣介石
林伯渠
胡漢民
陳公博
甘乃光
楊匏安中国語版
1926年1月22日 1926年5月19日 第二次全国代表大会中国語版で選出

中国国民党中央執行委員会常務委員会主席

編集
1 1 張静江   1926年5月19日 1926年7月6日 第二次中央執行委員会全体会議で新設・選出
2 蔣介石   1926年7月6日 1927年3月11日 北伐中であったため、張静江が全期間代理を務めた。

中国国民党中央執行委員会常務委員(集団指導体制)

編集
3 2 汪兆銘
譚延闓
蔣介石
孫科
顧孟余
譚平山
陳公博
徐謙
呉玉章
1927年3月11日 1928年2月7日
4 戴季陶
丁惟汾
于右任
譚延闓
蔣介石
胡漢民
孫科
1928年2月7日 1929年3月28日
5 3 蔣介石
胡漢民
譚延闓
孫科
戴季陶
于右任
丁惟汾
陳果夫
葉楚傖
朱培徳
1929年3月28日 1931年12月28日
6 4 胡漢民
汪兆銘
蔣介石
于右任
葉楚傖
顧孟餘
居正
孫科
陳果夫
1931年12月28日 1935年12月7日

中国国民党中央執行委員会常務委員会主席

編集
3 2 胡漢民   1935年12月7日 1936年5月12日 在任中に死去
代理 蔣介石   1936年5月12日 1938年4月1日 中央執行委員会常務委員会副主席

中国国民党中央執行委員会常務委員会主席(汪兆銘政権

編集
1 1 汪兆銘   1939年9月20日 1944年11月10日 第六次全国代表大会中国語版で選出
在任中に死去
2 陳公博   1944年11月20日 1945年8月16日 日本の敗戦に伴い解党

中国国民党総裁

編集
1 1 蔣介石   1938年4月1日 1945年5月17日 臨時全国代表大会中国語版で新設・選出
2 1945年5月17日 1952年10月18日 第六次全国代表大会中国語版で選出
3 1952年10月18日 1957年10月20日 第七次全国代表大会で選出
4 1957年10月20日 1963年11月21日 第八次全国代表大会で選出
5 1963年11月21日 1969年4月8日 第九次全国代表大会で選出
6 1969年4月8日 1975年4月5日 第十次全国代表大会中国語版で選出

中国国民党中央委員会主席

編集
1 1 蔣経国   1975年4月28日 1976年11月16日 第十次中央委員会臨時全体会議で新設・選出

中国国民党主席

編集
1 1 蔣経国   1976年11月16日 1981年4月2日 第十一次全国代表大会で選出
2 1981年4月2日 1988年1月13日 第十二次全国代表大会中国語版で選出
在任中に死去
代理 李登輝   1988年1月27日 1988年7月8日 中央常務委員会で選出
2 3 1988年7月8日 1993年8月18日 第十二次全国代表大会で選出
4 1993年8月18日 1997年8月26日 第十四次全国代表大会中国語版で選出
5 1997年8月26日 2000年3月24日 第十五次全国代表大会で選出
2000年総統選挙での敗北の責任を取り辞任
代理 連戦   2000年3月24日 2000年6月18日 中央常務委員会で選出
3 2000年6月18日 2001年7月29日 第十五次全国代表大会臨時会議選挙で選出
6 2001年7月29日 2005年8月19日 2001年主席選挙で選出
4 7 馬英九   2005年8月19日 2007年2月13日 2005年主席選挙中国語版で選出
経費の横領容疑で起訴されたため辞任[注 1]
代理 呉伯雄   2007年2月13日 2007年3月14日 副主席中国語版
2007年主席補選中国語版に出馬するため辞任
代理 江丙坤   2007年3月14日 2007年4月11日 副主席
5 呉伯雄   2007年4月11日 2009年10月17日 2007年主席補選で選出
6 8 馬英九   2009年10月17日 2013年11月10日 2009年主席選挙中国語版で選出
9 2013年11月10日 2014年12月3日 2013年主席選挙中国語版で選出
2014年統一地方選挙での敗北の責任を取り辞任
代理 呉敦義   2014年12月3日 2015年1月19日 副主席
7 朱立倫   2015年1月19日 2016年1月18日 2015年主席補選中国語版で選出
2016年総統選挙立法委員選挙での敗北の責任を取り辞任
代理 黄敏恵   2016年1月18日 2016年3月30日 副主席
8 洪秀柱   2016年3月30日 2017年7月3日 2016年主席補選中国語版で選出
代理 林政則   2017年7月3日 2017年8月20日 副主席
9 10 呉敦義   2017年8月20日 2020年1月15日 2017年主席選挙中国語版で選出
2020年総統選挙立法委員選挙での敗北の責任を取り辞任
代理 林栄徳中国語版   2020年1月15日 2020年3月9日 中央常務委員会委員
10 江啓臣   2020年3月9日 2021年9月25日 2020年主席補選中国語版で選出
11 11 朱立倫   2021年10月5日 現職 2021年主席選挙中国語版で選出

党首の年表

編集
江啓臣林栄徳 (政治家)林政則洪秀柱黄敏恵朱立倫呉敦義江丙坤呉伯雄馬英九連戦李登輝蔣経国胡漢民蔣介石張静江孫文

脚注

編集

注釈

編集
  1. ^ のちに無罪が確定した[5]

出典

編集
  1. ^ 中國國民黨大事記” (中国語). 中国国民党. 2009年8月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年7月26日閲覧。
  2. ^ 中國國民黨黨章” (中国語). 中国国民党. 2024年5月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年5月11日閲覧。
  3. ^ 施曉光 (2015年1月23日). “朱立倫定調 不再有榮譽主席” (中国語). 自由時報. オリジナルの2015年1月23日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20150123045355/http://news.ltn.com.tw/news/politics/paper/849873 2015年1月23日閲覧。 
  4. ^ 全代會通過黨章修正案 刪除總統兼任黨主席條文內容” (中国語). 中国国民党 (2019年7月28日). 2024年5月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年5月11日閲覧。
  5. ^ 馬台湾次期総統、経費横領問題で無罪確定”. フランス通信社 (2008年4月24日). 2024年5月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年5月11日閲覧。

関連項目

編集