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中村祐人

日本のサッカー選手

中村 祐人(なかむら ゆうと、広東語イェール式:Jūng Chyūn Yauh Yàhn、普通話拼音:Zhōng Cūn Yòu Rén、1987年1月23日 - )は、千葉県出身で、日系中国人香港永久性居民)のサッカー選手。ポジションはフォワード香港代表

中村 祐人 Football pictogram.svg
Yuto Nakamura.JPG
名前
カタカナ ナカムラ ユウト
ラテン文字 NAKAMURA YUTO
基本情報
国籍 香港の旗 香港
生年月日 (1987-01-23) 1987年1月23日(32歳)
出身地 千葉県浦安市
身長 173cm
体重 73kg
選手情報
在籍チーム 香港の旗 和富大埔
ポジション FW
背番号 4
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2009
2009-2010
2010
2011-2014
2014-2016
2016-2018
2018-2019
2019-
TSWペガサス
ポルティモネンセ
TSWペガサス
公民
南華足球隊
和富大埔
傑志
和富大埔(loan)
12 (7)
2 (0)
4 (1)
18 (5)
21 (10)
19 (4)
11 (2)
代表歴2
2018- 香港代表 1 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2017年5月6日現在。
2. 2018年10月16日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

父は浦和レッズゼネラルマネージャーを務める中村修三


来歴編集

父の影響で、5歳でサッカーを始める。

柏レイソルジュニア6年時に全国少年サッカー大会8強。浦和ジュニアユースに進み、3年時に日本クラブユース選手権優勝。

西武台高校に進学し、浦和レッズユースに昇格。1、2年時には、日本クラブユース選手権準優勝を果たすが、浦和レッズユースでは、スーパーサブとしての起用が多かったため、高校2年生の9月に浦和ユースを退団し、西武台高校サッカー部に入部。規定により、6ヶ月公式戦への出場が認められなかったが、ラストチャンスで臨んだ第83回全国高等学校サッカー選手権大会に西武台の主力として出場を果たす。青学大時代は関東大学2部リーグで17得点を挙げ、得点王とベストイレブンに選出されるなど活躍した。

2009年1月に香港リーグ1部TSWペガサスに入団し、移籍4日後のデビュー戦(アウェイの傑志戦)でいきなりゴールを決めると安定した活躍を見せ、結局チーム2位となる公式戦12ゴールを記録してプロ1年目のシーズンを終えた。

2009年7月に当時ポルトガル2部ポルティモネンセからオファーを受けていることが判明。「欧州は夢だったので本当に嬉しい。2部から1部、そして欧州主要リーグにステップアップしたい」と語り、移籍に前向きだと報じられていたが、同年9月1日、ポルティモネンセと正式契約した事が明らかになった[1]

2010年7月、ポルティモネンセから契約延長の打診を受けるも、古巣からの熱烈オファーを受け、出場機会を優先して香港リーグ1部のTSWペガサスに復帰するも、2010年11月に退団 [2]

2011年6月、香港リーグ1部の公民入団が決定。

2014年、南華足球隊に移籍。

2016年、和富大埔に移籍。

2018年、傑志に移籍。同年10月、中国国籍を取得し香港代表に選出され[3]、10月16日に行われた親善試合・インドネシア戦で先発出場し代表デビューを果たした[4]

2019年9月、2020年5月までの期限付き移籍で和富大埔[5]

エピソード編集

  • TSWペガサス時代には毎日のように凍檸茶(ドンレンチャ・いわゆるアイスレモンティー)を飲んでいた事から、当時チームメイトだった岡野雅行ブログ内で「ドンレンチャ祐人」などと呼ばれていた。

所属クラブ編集

個人成績編集

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
香港 リーグ戦 リーグ杯FA杯 期間通算
2008-09 ペガサス 30 香港1部 12 7 4 4 4 1 20 12
ポルトガル リーグ戦 リーグ杯ポルトガル杯 期間通算
2009-10 ポルティモネンセ 14 ポルトガル2部 2 0 1 0 3 0
香港 リーグ戦 リーグ杯FA杯 期間通算
2010-11 ペガサス 7 香港1部 4 1
2011-12 公民 14 20 4
通算 香港 1部 16 8 4 4 4 1 24 13
ポルトガル 2部 2 0 1 0 3 0
総通算 18 8 5 4 4 1 27 13

脚注編集

関連項目編集

外部リンク編集


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