メインメニューを開く

伊藤 英成(いとう えいせい、1941年昭和16年)12月1日 - )は、日本政治家。元衆議院議員(6期)。建設政務次官衆議院安全保障委員長民主党次の内閣」の外務大臣などを歴任した。

伊藤 英成
いとう えいせい
生年月日 (1941-01-21) 1941年1月21日(78歳)
出生地 愛知県渥美郡渥美町(現・田原市
出身校 名古屋大学経済学部
所属政党民社党→)
新進党→)
新党友愛→)
民主党
称号 旭日重光章

選挙区旧愛知4区→)
愛知11区
当選回数 6回
在任期間 1983年12月19日 - 2003年10月10日
テンプレートを表示

経歴編集

愛知県渥美郡渥美町(現・田原市)出身。1964年(昭和39年)、名古屋大学経済学部卒業。同年、トヨタ自動車工業株式会社に入社。

1974年(昭和49年)9月から1976年(昭和51年)8月までトヨタ自動車労働組合の副委員長を務めた(非専従)[1]

1982年(昭和57年)4月23日民社党衆議院議員の渡辺武三が議員在任中に死去。トヨタ自動車工業社長の豊田英二とトヨタ自工労組委員長の話し合いにより、渡辺の後継者に選ばれる[2]

1983年(昭和58年)12月に行われた第37回衆議院議員総選挙に立候補し、初出馬ながらトップ当選を果たした。1993年(平成5年)8月に発足した細川内閣において建設政務次官に就任。

1998年(平成10年)1月、新党友愛が結成され、幹事長に就任。同年4月、新党友愛は民主党に合流。同党の副代表や「次の内閣」の外務大臣などを歴任した。2000年(平成12年)6月の衆院選で6選。

2003年(平成15年)3月24日、次期衆院選に出馬せず引退することを表明した[3]。伊藤の後継には、全トヨタ労働組合連合会の専従職員などを勤めた古本伸一郎が選ばれた。

引退後はトヨタ車体の常勤監査役などを歴任した[2]2012年(平成24年)4月29日旭日重光章受章[4]

選挙の記録編集

選挙 選挙区 所属党派 当落
1983年(昭和58年) 第37回衆議院議員総選挙 旧愛知4区 民社党
1986年(昭和61年) 第38回衆議院議員総選挙 旧愛知4区 民社党
1990年(平成2年) 第39回衆議院議員総選挙 旧愛知4区 民社党
1993年(平成5年) 第40回衆議院議員総選挙 旧愛知4区 民社党
1996年(平成8年) 第41回衆議院議員総選挙 愛知11区 新進党
2000年(平成12年) 第42回衆議院議員総選挙 愛知11区 民主党

所属団体編集

備考編集

  • 選択的夫婦別姓制度導入に賛同[6]
  • 衆議院議員在職中、年5~6回は豊田英二社長や豊田章一郎社長と会い、国内外の政治情勢をレクチャーしていたという。「会社と労組の相乗り候補」という図式は伊藤までであり、後継の古本伸一郎の時代からトヨタ自動車は、組合員は民主党、管理職は自民党という役割分担を行っている[2]

脚注編集

  1. ^ トヨタ企業サイト|トヨタ自動車75年史|労使関係|歴代三役・組合員数の推移
  2. ^ a b c 『週刊東洋経済eビジネス新書 合本版 101~200 Kindle版』東洋経済新報社、2017年4月14日。
  3. ^ 中日新聞』2003年3月25日付朝刊、29面、「伊藤英成衆院議員 正式に引退表明」。
  4. ^ 徳島新聞』2012年4月29日
  5. ^ 評議員、役員等”. 日本国際フォーラム. 2014年2月25日閲覧。
  6. ^ 第142回国会 法務委員会 請願2920号

関連項目編集

党職
先代:
結成
民主党政策調査会長
初代 : 1998年 - 1999年
次代:
中野寛成
先代:
結成
新党友愛幹事長
初代:1998年
次代:
民主党
先代:
中野寛成
民社党政策審議会長
第7代 : 1994年
次代:
解党