佐田岬灯台

佐田岬灯台(さだみさきとうだい)は愛媛県西宇和郡伊方町四国西端に突き出た佐田岬半島の先端に建つ灯台である[1]

佐田岬灯台
Sadamisaki-lighthouse oct2001.jpg
佐田岬灯台の位置(愛媛県内)
佐田岬灯台
航路標識番号 4967 [M5424]
位置 北緯33度20分35.0秒 東経132度0分53.7秒 / 北緯33.343056度 東経132.014917度 / 33.343056; 132.014917座標: 北緯33度20分35.0秒 東経132度0分53.7秒 / 北緯33.343056度 東経132.014917度 / 33.343056; 132.014917
所在地 愛媛県西宇和郡伊方町正野字大島1371番地3
塗色・構造 白色 塔形 コンクリート
レンズ 第3等大型フレネル
灯質 群閃白光 毎20秒に3閃光
実効光度 250,000 cd
光達距離 19海里(約35 km)
明弧 265度から214度まで
塔高 18 m (地上 - 塔頂)
灯火標高 48.7 m (平均海面 - 灯火)
初点灯 1918年大正7)4月1日[1]
管轄 海上保安庁
第六管区海上保安本部
佐田岬灯台(右)と佐田岬砲台(中央)

目次

概要編集

光達距離は約35 kmで、対岸の佐賀関(約14 km)まで十分達する光力を備えている。1966年にはレーマーク・ビーコンが併置され、豊後水道伊予灘瀬戸内海)の間を往来する船舶の安全に寄与している。灯台は無人化されており、内部の一般公開は実施していない。駐車場からはアップダウンのある遊歩道を徒歩20分ほどで到達でき、途中には「佐田岬キャンプ場」もある。

歴史編集

1918年、対岸の関埼灯台からレンズ・灯器類一式を同灯台から移設し点灯したのが始まり。

  • 1918年大正7年)4月1日 - 初点灯[1]
  • 1923年(大正12年)3月30日 - 光源を750 W電球に変更。
  • 1966年昭和41年)5月1日 - 無線方位信号所設置。
  • 1976年(昭和51年)3月31日 - 黄金碆照射灯初点灯。
  • 1993年平成5年)4月1日 - 無人化。
  • 1998年(平成10年)3月20日 - 光源を1000 W白熱電球から250 W放電灯に変更。
  • 2017年(平成29年)3月10日 - 国の文化審議会は国の登録文化財に登録するよう文部科学大臣に答申を行い、指定される[2]

四国最西端の碑編集

灯台敷地の西側に四国最西端の碑が設置されている。しかし2017年4月に伊方町によって灯台先の更に西側にある大島(御籠(みかご)島)までの歩道が整備された為[1]、実際の最西端は灯台から200mほどの歩道を西に進んだ大島のモニュメントがある広場となる。

黄金碆照射灯編集

黄金碆(おうごんばえ)佐田岬の南沖合い650 m付近にある岩礁。潮流が速く座礁が絶えないことから、1950年9月に灯柱が立てられた。しかし、保守作業が大変危険を伴うものであったため、1976年に佐田岬灯台から岩礁を照射する方式に変更された。

佐田岬砲台編集

芸予要塞の一部として、佐田岬灯台周辺に合計12門の旧日本陸軍の砲台跡が残されている。2017年に観光用に整備が行われた[1]。灯台直前の階段を右に逸れて灯台先の大島に渡ると、灯台直下の2門と大島の2門の砲台を見ることが出来る他、「永遠(とわ)の灯」と呼ばれる灯台を東側から望むモニュメントが設置してある[1]

ギャラリー編集

交通編集

自家用車編集

松山自動車道大洲インターチェンジより国道197号愛媛県道256号佐田岬三崎線経由、八幡浜・伊方町三崎方面へ、佐田岬灯台駐車場まで1時間30分。佐田岬灯台駐車場から佐田岬灯台まで徒歩20分。

公共交通機関利用編集

伊方町三崎まで

佐田岬灯台駐車場まで定期運行されている公共交通機関は存在しないため、伊方町三崎からはタクシーを利用する必要がある。伊方町三崎から佐田岬灯台駐車場までタクシーで30分。佐田岬灯台駐車場から佐田岬灯台まで遊歩道を徒歩20分。

周辺情報編集

関連項目編集

出典編集

外部リンク編集